「やめるんだ、リーア!」
「ユウッ!」
 ふたりの間に立ち、エアロガを喰らったのはユウだった。両腕を広げ、リーアの魔法を阻んでいる。
「邪魔するな、どけ!」
 二発目、三発目のエアロガが飛ぶ。だが、ユウは体勢を崩すことはなく、魔法を一身に受け続ける。リーアを見据えたまま、うめき声すらもらさない。
「自分のためなら平気で他人を嵌める、おまえはそんな奴を助けるのか!?」
「違う!」
 ユウは鋭く叫んだ。リーアが一瞬ビクッと震える。
「助けたいのはおまえのほうだ!おまえを人殺しにしたくないだけだ!・・・確かにハーズのやったことは、おれだって絶対許せない!でもな、こんな奴のためにおまえが汚れることはないんだ!今すぐ憎しみ全てを捨てろとまでは言わないが・・・これ以上自分を追い詰めるな!」
「う、う・・・」
「待って、ユウさん・・・」
 メリジェが進み出た。そしてリーアの目をじっと見つめると、その場に座った。地面に手をついて、
「悪いのはわたしなの!リーア、わたしを殺して!その代わり、村の人を許してあげて、お願い!」
「だめよ、メリジェさん!」
「待て!」
 メグが飛び出そうとして、ジョーに止められた。
「あの人は死を望んでいるのよ!自殺じゃなくて、誰かの手にかかって死にたい・・・そう言っていたように聞こえたの!」
 或いは、リーアの手にかかることが一番の望みだったのかもしれない。
「いいから、黙ってろ!」
 メリジェは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、
「ごめんね、リーア・・・ごめんね・・・。わたしが弱虫だったせいで・・・パパにも何も言えなかった・・・最低だよね」
 ユウは、おや?と思った。リーアの瞳の中にある棘が、すっと収縮されたような気がしたのだ。突き出されていた右手が下ろされる。そのままへたりこみ、
「そんなの、やだよ・・・」
 激しく首を振った。乾いていた頬が、再び濡れ始めていた。涙と一緒に、邪気も洗い流されたように見えた。
「そんなこと、できるわけない。メリジェが死ぬなんて、いやだ!」
「リーア・・・」
「メリジェ、死んじゃだめだよ・・・」
 悪夢から目覚めた幼子のように、泣きじゃくりながらメリジェに抱きついた。
「メリジェ・・・ずっと会いたかったんだよ・・・」
 一方メリジェも、先程とは豹変していた。悲しみと自責の念に冷たく、硬く凍り付いていた表情が、まだ戸惑いこそ残っているが、雪解けを迎え始めている。リーアを優しく抱きしめながら、新たに涙をこぼした。
「リーア・・・わたしもだよ。ずっと、捜してた・・・」
 ふたりのやり取りを見ていたユウは脱力してへたり込んだ。ジョーとメグが慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
「あ、安心したら、急に力が抜けたみたいだ・・・」
「普段は無茶するなとか言っておきながら・・・」
「今治すわ」
 メグが、ケアルラの魔法を使ってユウの傷を癒し始める。ユウもジョーも安堵しきっていた、まさにそのときだった。
 ブシュッ!
 リーアとメリジェの身体から、紅い飛沫が噴き出したのは――。

 一瞬、何が起こったか理解できなかった。だが、ユウの身体越しに見えた光景は、幻でもなんでもなかった。視界が真っ赤に染まり、不快な耳鳴りがした。ふたりが重なり合って倒れる。ユウとジョーが駆けだしても、メグは、両手を突き出した格好のまま縛り付けられたように動けなかった。
「リーア!メリジェ!」
 瀕死のリーアとメリジェの全身が血に染まり続けている。自分があげた悲鳴がひどく遠くで聞こえた。と、
「腐った種だったか・・・」
 背筋がゾッとするような気味の悪い声が聞こえてきた。リーアの傷口の中から黒く光る珠が飛び出し、空中で膨らみ、声の主が姿を見せた。その姿はまさに、
「天使――!?」
 何よりもユウたちの目を引いたのは、背中に生えた白金色の翼だった。それを見たリーアが、
「あいつだ、ボクを、騙したのは・・・。あんな奴の・・・言いなりに、なるなんて、ボクは・・・なんて・・・」
 そこまで言ったとき、吐血した。ユウはリーアの口をふさいで横たえ、
「喋るな!おいメグ、魔法だ!」
 当のメグは、蒼白な顔でガタガタ震えている。ジョーは、メグの肩をつかむと、
「バカ、しっかりしろ!」
 怒鳴りつけた。メグが目を見開く。
「ふたりを助けられるのはおまえだけなんだぞ!」
「う、うん!」
 メグはうなずくと、ふたりのもとへ行った。一方、ユウとジョーは天使を睨みつけ、
「てめえ・・・何者なんだ!?」
「余は、『種育てし者』さ」