閃光は村の西側の林に流れ着いた。メグが到着したとき、そこには赤いローブをまとった小柄な魔道師が立っていた。月明かりを浴びて、白い仮面が鋭く光った。
「誰なの!?」
「この村を消すために来た・・・」
 魔道師は、低く抑えた、抑揚のない声で告げた。メグはとっさに身構える。
「おまえ、ここの人間じゃないな。なら別に、戦う必要もないだろう。あんなクズ共のために生命を捨てる気か?」
 この台詞に一瞬戸惑ったが、すぐに魔法の構えに移った。
「そういうわけにはいかないわ」
「じゃあ、消えて」
 相手はいきなりエアロガの魔法を放った。すばやく竜巻から身をかわすと、精神集中の必要がないエアロの魔法を連発した。風の刃が、身体を捻った魔道師の横面に炸裂する。弾みで仮面が吹っ飛んだ。
「え――?」
 それを見たメグが目を見開いて立ちすくむ。構えた両手が細かく震えた。そのせいで、動くのが遅れた。我にかえったのと、爆発したファイラの火球に吹っ飛ばされたのはほぼ同時だった。木に勢いよく激突する。弾みで束ねていた髪が解けた。と、炎に照らされたメグの姿を見て、
「――ど、どうして・・・!?」
 今度は魔道師のほうが驚愕する番だった。が、メグが立ち上がるのを見て、慌てて拾い上げた仮面を付け直す。
「あなたは・・・」
 メグが言いかけたとき、背後でバキバキ・・・という鈍い音と共に、メグの背に降っていた月光が消えた。振り向くメグの眼前に、最前のエアロガを喰らって折れた木が迫る。間一髪で飛び退いたメグの頬を枝がかすめた。
「・・・そうだよ、あの方から聞かされたんだ。彼女は死んだ。こいつは何の関係もないんだ・・・」
 自分に言い聞かせるかのように魔道師が呟いたときだった。
「炎を御する帝よ、汝の紅い息吹で非情なる裁きを!」
 ユウが召喚したイフリートの火球が空を切った。身をかわした魔道師に、ジョーの飛び蹴りが炸裂する。
「ぐっ!」
 吹っ飛んだ魔道師に、木刀を構えたユウが打ちかかろうとしたときだった。
「ユウ!やめて!」
 とっさにメグは叫んでいた。
「え――?」
 ユウがメグのほうを振り返った瞬間、魔道師はファイラを放っていた。ユウの右腕を炎があぶって、
「う・・・!」
 ユウが膝を折る。メグは息を呑み、目を見開いた。一番驚いたのは攻撃した魔道師だった。
「なぜ止めた・・・?」
「おい、どうしたんだよ!?」
 ジョーが、メグの腕をつかんで怒鳴った。彼女の言動に戸惑いを隠せなかった。
「その人は・・・人間なの!だから・・・」
「傷つけちゃいけない、とでも言うつもりかい?・・・ああ、そうだよ」
 魔道師はせせら笑い、仮面をかなぐり捨てた。
「あっ――?」
 その中から現れたのは、見紛うことなき人間の――しかも、十二、三才位の、まだ年端もいかぬ少年だったのだ。
「確かに、ボクは人間だよ。正真正銘のね」
 明るい栗色の髪に、空色の双眸。声にも顔にも、まだあどけなさが残っていた。

 ユウたちは二の句が告げなかった。人間が、魔物の仲間になるなんて――!脳裏を、ギサールでの出来事がよみがえり、通り過ぎていった。
「あなたは――」
 メグが言いかけたときだった。
「リーア!?」
 別方向から声が飛んできた。
「メリジェさん!?」
 駆けつけてきたメリジェが、呆然と少年を見ている。呆然としているのは、ユウたちも同じだった。
「メリジェだって・・・?嘘だ・・・」
「リーア?メリジェ?」
「やっぱり、そうだったんだ・・・」
 メグは呟いた。メグを村の人間ではないと気付いた事や、自分を見たときの反応、そして何より仮面が外れたときの素顔・・・。一番想像したくないことではあったが――。
「リーア、リーアよね?生きててくれたのね・・・」
 近づこうとするメリジェに、
「来るな!おまえがメリジェだなんて、そんなの嘘だ!だってメリジェは死んだって・・・」
「その人はメリジェさんよ。ずっと、あなたを捜してたそうよ」
「リーア・・・」
 メリジェは、リーアの前で膝をついた。リーアが顔を背ける。
「ごめんなさい、リーア・・・今更謝ってもどうにもならないことだけど・・・。あのとき、わたしがもっと強かったら、あなたをあんな目に合わせずにすんだのに・・・恨まれて当然だわ」
「遅すぎるよ。あの日から、ボクは地獄に落ちたんだ」