メグは、闇夜に覆われた村をひとり歩いていた。あの話を聞いた後では、眠れそうになかった。心は鉛のように重い。
 ジョーの言うとおり、自分が悩み、気にかけていたところで過去に戻れるわけでもないし、リーアとメリジェが現れるわけでもない。それはわかっているのだが。
 ふと、思った。光の戦士の役目って、何?ただ敵を倒しさえすればそれでいいの?
 アーガス神官ハイン、水の巫女エリア、前サロニア国王・・・脳裏に浮かぶのは、救えなかった人々。いくら悔やんでも悔やみきれない。あのとき、もっと力があれば。
 わたしは戦士にふさわしい人間なのだろうか?わたしが戦士である意味って・・・。
 考えながら歩いているうちに、いつしかコージュスの屋敷の前まで来てしまっていた。夜の中で見ると、その大きく黒い物体は不気味さすら感じてしまう。
 同じ村に住む人間に、なぜあのような仕打ちが出来たのか。いくら自分の娘が大事だからって・・・。自分の独りよがりの結果、コージュスは娘から一番大切な友人を奪ってしまったのだ。リーアは生死不明、メリジェは失踪、コージュス夫妻は病死。最悪の結末だ。みんな不幸のどん底。
 まるで最初からいなかったかのように・・・。お嬢さまのことは気にかけておきながら・・・。
 どうして忘れられるのか。家柄が違うというだけでどうして態度を変えられるのか。
「わたしたちは恵まれていたな」
 ウルの人たちは皆親切で優しい。トパパも人格者で慕われている。困ったときには助け合うのが当たり前のようになっている。土地は肥沃で、食べるに困ったこともなかった。それに比べて・・・。
 メグはリーアの家に向かった。途中、咲いていた野の花を摘む。今更何も出来ないが、せめてデレクの墓に花を手向けておこうと思ったのだ。だが、墓前には、先客がいた。ひとつの影が、ひざまずいて祈りをささげている。メグが近づくと、その人物ははっと顔を上げる。雲の切れ間から差した月光に、短く切った亜麻色の髪がきらめいた。
 慌てて逃げようとするその人物に、メグは声をかけた。
「ま、待ってください、メリジェさん!」

 その少女――メリジェは驚いてメグを見た。
「な、なんでわたしの名前を・・・」
「そ、それは・・・」
 彼女がメリジェという確信があったわけではなかった。気がついたらその名を口にしていたのだ。
「ここに来たとき・・・あなたに間違われたんです。それで・・・」
 ふたりの少女は、互いに相手を見た。顔立ちは酷似しているが、小柄なメグと比べてメリジェは背が高いほうだ。瞳はメグが碧眼、メリジェのそれは明るい茶色。髪は同じ色だが、メリジェのほうが若干濃い。童顔のメグと大人びたメリジェ。ひとつ違いとは思えない。
「確かに似てるかもしれない。ここを出る前のわたしに」
 メグは、花を手向けながら、
「ラミレさんから全部聞きました。リーアのことも・・・」
「そう・・・」
 メリジェは、遠くを見るような目つきになって、
「あれから・・・リーアがいなくなってから六年も経つのね。変ね・・・二度とここに戻ってくるつもりはなかったのに」
「この村を出たのって、もしかしてリーアを捜しに・・・」
 メグの問いに、メリジェは首を振った。
「あのときは、リーアを追い詰めた人たちの顔を見たくなかったから出て行ったの。パパや村の人が憎くて憎くて仕方がなくて・・・死にたかった・・・でもその度にリーアの顔が浮かんできて、どこかで生きているかも知れない、そう自分に言い聞かせてきた。でも、その一方でこんな修道女みたいな格好をして・・・矛盾してるわね」
 メリジェは、黒いローブと十字架の首飾りという自分の服装を見下ろしながら言った。
 この人は、六年間ひたすら自分で自分を責め、罰し続けているのかもしれない、とメグは思った。ただ死を選ぶことより、罪悪感を背負って生きてゆくことのほうがより苦しいから。
 それが、リーアへの贖罪の証なのだと信じて・・・。
「あの日・・・わたしは村を出たリーアを捜しに、外に飛び出した。この地方では今までにないほどすごい吹雪で、一寸先も見えないほどだったわ。それでも必死に走り回って、リーアの名前を叫んで・・・いつの間にか倒れてしまって、気がついたのは三日後の事だった。肺炎で、完全に治るのに一月かかったわ」
 お嬢さま、すっかり治ったみたいだ・・・よかったねえ、これで旦那さまも安心だろう・・・。
 村人たちはメリジェの全快を心から喜んだ。その反面リーアを案じる気持ちは微塵も感じられなかった。あの日だって、リーアを捜す者は皆無だったのだ。村人たちの頭の中からは、リーアのことは綺麗さっぱり消し飛んでしまったようだった。その態度は、メリジェに憎悪と哀しみを植えつけた。心が凍りついたような、空白ができたような不思議な感覚が芽生えた。だが、他人にそれをぶつけることも出来ず、家出という形で爆発してしまった。
 そして五年。メリジェは生きてきた。生と死の狭間に立ち、心に解けない氷を抱えこんだまま。
「でも、パパもママも死んじゃったのね・・・。わたし、本当に独りぼっちになったんだ。わたしの居場所、どこにもないんだ」
「メリジェさん・・・。これからどうするんですか?」
「また旅に出るわ」
「そんな・・・魔物がいるんですよ!」
 女性一人で、ここまで辿りつけたこと自体奇跡に近いようなものなのに・・・。
「構わない。むしろ・・・」
 メリジェはそこで言葉を切った。メグの胸が痛んだ。息が詰まる。
 彼女はこんなにも苦しんでいる。なのに、何も言えない、何も出来ない。「死に急いだりしないで」と、一言口にするのはたやすいことだが、あまりにも無責任で軽々しすぎる。それだけで彼女の心を解かすことなどできるわけがない。だが、メリジェが生命を捨てるのを看過するのも、また不可能なことだった。
「じゃ、さよなら」
 メリジェはメグに背を向けた。
「待って、メリジェさ・・・」
 言いかけたときだった。あたりの空気が一変した。吐き気がするほどの不快な瘴気と、強大な魔力を感じる。闇の中を、閃光が走るのが見えた。
 魔物――!直感的に悟った。そばのメリジェも口を押さえて青ざめている。
「メリジェさん、ここにいて!絶対どこにも行かないで!」
 強い口調で言うと、メグは駆け出した。