宿の食堂は、宿泊客で賑わっていた。その中には、ユウたちの姿もあった。だが、三人とも一様に暗い表情をしていた。特にメグは料理にほとんど手をつけていなかった。ユウが、
「おい・・・少しは食っとけよ」
「もういらない・・・」
「そりゃ、ラミレさんの話が忘れられないのは分るけど。おまえが悩んでたってどうにもならないだろ」
 ユウが、茹でた腸詰をかじりながら言った。真っ先に食べ終えたジョーは食後のお茶を飲んでいる。メグは、野菜スープ以外口に運んでいなかった。いや、運べなかった。
「だって・・・あんまりじゃない。リーア、可哀想すぎるよ・・・」

 幼い頃に母を亡くし、祖父デレクと暮らす少年リーア。村長で資産家のコージュス夫妻の一人娘メリジェ。ふたりは幼馴染だった。
 リーアの母エレノアは、昔サロニア北東の街で働いていた。ある金持ちの家に女中奉公していたが、突然村に戻ってきた。そのとき既に、彼女のお腹にはリーアがいた。
「村中の噂になりました。相手は雇い主の立場を利用したのだと」
 エレノアは、リーアが三才の時に死んだ。以来、リーアは祖父とふたりで細々と暮らしていた。生活はけして楽なものではなかった。人の畑を耕したり、洗濯をしたりして手間賃をもらい、糊口をしのいでいた。村で取れた作物をサロニアまで売りに行ったりもしていた。
 メリジェは家柄を鼻にかけることもなく、誰にでも分け隔てなく接した。同じ年頃の子供の中でも、リーアとは一番の仲良しだった。コージュスだけは、身分違いのふたりが仲良くする事を快く思っていなかった。いい家柄の者を娘婿に・・・と思っていたのだ。娘が十才になったときには、サロニアから教育係を呼び寄せ、リーアとの交際を禁じてしまった。
 そして今から六年前。リーア十二才、メリジェ十一才の時だった。
 ある冬の日の深夜、突然屋敷から出火した。火事そのものは、幸いにも小火ですみ、家人も無事だったが、事件はそれだけではなかった。
 金庫がこじ開けられ、中のお金が一部なくなっていたのだ。
 容疑は真っ先にリーアにかかった。確実な証拠は何もない。ただ、村で一番生活に窮しているというだけで・・・。
「ひでえよ、そんなの!」
 ジョーが憤然とする。
「みんな、それはわかっていました。リーアがそんなことするわけない・・・そう思ってたのに・・・誰も逆らうことは出来なかったんです。この村の人は、何かしら旦那さまの援助を受けていましたから。旦那さまに異を唱えることは、自殺行為に等しかったんです」
 リーアが犯人だと決め付けていたのは、コージュスと一部の腰巾着にしか過ぎなかったのだ。だが、噂が広まるのはあっという間だった。リーアは生活費を得る術を失った。
 事件の二日後デレクが病死した。だが、誰もリーアに手を貸そうとはしなかった。やむなく、リーアはひとりで祖父の遺体を家の前に埋葬した。家も出て行くように命じられた。吹雪が吹き荒れる中、リーアは姿を消した。
 一方、メリジェは塞ぎこみ、部屋からほとんど出ることがなくなった。両親や教育係も寄せ付けなくなり、外界との接触を断ってしまった。そんな状態がしばらく続いた後、十二才の誕生日に突然家を出て行ってしまった。服など身の回りの品がなくなっていたことから、自分の意志で行方をくらましたようだった。コージュスは血相を変えて娘を捜した。だが、何の手がかりもつかめなかった。
 コージュスは落胆と失望のあまり、痛々しいほどに憔悴しきっていた。そして病を患い、あっけなく死んだ。メリジェが姿を消してから半年後の事だった。その三月後、妻も後を追うように亡くなった。ふたりとも、最期までメリジェの名を呼び続けていた。
「いつかお嬢さまが戻ってくるかもしれない、そう思って時々あのお屋敷を掃除しているんです」
「リーアはどうなったんですか?」
 それまで、無言で話を聞いていたメグが、初めて口を開いた。
「結局、見つかりませんでした。身投げをしたとか、さまよった挙句どこかで凍え死んだとか、色々な噂がたちました。が、いつしか誰もリーアの事を口にしなくなりました。まるで最初からいなかったかのように・・・お嬢さまのことは気にかけておきながら・・・」
 ラミレの話は、ここで終わった。

「――本当、嫌な話を聞かされちまったよな」
 メグが早々と部屋に戻った後、ジョーは洋梨の皮をむくユウにぼやいていた。
「酒でも飲みたい気分だぜ。・・・飲めないけど」
「俺は酔えないけどな」
「コージュス、だったっけ?村長といっても、うちのじっちゃんとは大違いだな」
「そうだな。ウルに拾われて本当良かったよ」
 ジョーは、ユウから手渡された洋梨をかじり、そのすっぱさに顔をしかめた。
「あ、それすっぱかったか?こっちは・・・あ、大丈夫だ」
 新たに剥いた洋梨を一切れ味見してから、切り分けた実を小皿に盛った。
「これ、メグに持っていってやれ」
「ん」
 ジョーは皿を受け取り、二階へあがって行った。少しして戻ってくると、
「あいつ、部屋にいなかった。きっと散歩だ。あの分じゃ寝られねえだろうな」
「そうか・・・俺たちも部屋に戻ろうか?」
「そうだな」
 ユウは階段を上がりかけて――ピタリと足を止めた。
「気がついたか?」
 ジョーが訊いてきた。尋常ではない気配を感じ取ったのだ。直後、外から腹に響くような爆発音が聞こえてきた。反射的にふたりは宿を飛び出し、音のしたほうへと走っていた。周りの家からも次々に人が出てきた。