老人の大声に、村中の視線が三人に集まった。
「メリ・・・ジェ?違います。わたしはメグといいます。旅の者です」
 メグは慌てて否定した。だが同時にもしかしたら・・・とも思っていた。
 それに構わず老人はメグの手を取る。いつの間にか滂沱と涙が流れていた。
「お嬢さま・・・。旦那さまも奥さまも亡くなられてしまいましたが、お屋敷はきれいにしてあります。どうかお戻りください。お嬢さまが村を出られてから五年間、わしらはずっと待っておりました」
「五年?」
 じゃあ違うんだ・・・メグは落胆した。自分の素性が分かるかもしれない、と思っていたのだ。
「だから爺さん、その『メリジェお嬢さま』じゃないんだよ。人違いだ」
 見かねたユウが助け舟を出す。途端に杖で突かれて、
「いでっ!」
「そうか、おまえらがお嬢さまをたぶらかしたんじゃな!?この人攫いが!痛い思いをしたくなかったら、とっとと出て行け!」
 老人が杖を高々と振り上げたとき、
「おじいちゃん!何してるの!」
 駆けつけてきた女性が、振り下ろさんとしていた杖をがっしりとつかんだ。
「旅の方に何やってるのよ!もう帰るわよ!・・・ごめんなさい、びっくりさせちゃって。ハーズさんの家ならあっちのほうです」
 女性は老人を半ば無理矢理連れて行ってしまった。
「何だったんだ?あの爺さん・・・」
 ジョーの台詞に、ふたりとも無言だった。

「さっきね、一瞬期待したの。『メリジェ』っていうのがわたしの本当の名前かと思って」
 村の中を歩きながら、メグが呟いた。先の出来事の影響か、村人の視線をいやというほど感じ、嫌でも会話が耳に入ってきた。
 ――メリジェお嬢さまじゃないのか・・・?
 ――そんなわけない。お嬢さまはリーアを捜しに行ったんだよ・・・
「やっぱり、気になるか?」
「うん。出来ることなら知りたい。自分の正体が分からないのって嫌だわ」
 ふたりの会話に、ジョーは内心ぎくりとした。自然に足が止まる。
「どうした?」
「あ、ああ、あの家が目に入って・・・」
 ジョーは慌てて小さな一軒家を指した。
 正に「廃屋」だった。屋根は腐り壁は崩れ落ち、朽ち果てたとしか言いようがない。板が打ち付けられた玄関の前には、砂塵が高く積もっていた。人が住まなくなって久しい証拠だ。
「指で突っついたらそのまま倒れちまうんじゃないか?」
 と、ジョーが冗談とも本気とも取れる口調で言った。
「あれは・・・」
 廃屋の横にある土山。その上に、枯れ枝を紐で括っただけの十字架が立てられている。ただ、それだけだった。
「随分粗末な墓だなあ」
「あれが墓か?」
「そうとしか思えないよ。でも、なんでこんなところにあるんだ?向こうにちゃんとした墓場があるのに」
「さあな。あ、何か彫ってある」
 ジョーがめざとく、玄関横に刻まれた二つの単語を見つけた。ここに住んでいた者の名前らしい。片方は打ち付けられた板に隠れて全部読むことは出来なかったが、
「こっちは・・・リー・・・かしら?えっと、最後が、ア・・・リーア?さっき聞いた名前だわ」
「こいつも村を出ちまったのか?」
「リーアは死んだよ」
 背後からの声に振り向くと、野菜の入った籠を抱えた中年男性が立っていた。
「お嬢さまが出ていった原因はリーアなのさ・・・」

「あれが『お屋敷』か?」
 ジョーが、前方の丘に建っているレンガ造りの館を指しながら言った。遠目からでもその館の荘厳さが手に取るように分った。だが、
「きれいにはしてあるんだろうけど・・・人がいないからかしら、なんだか暗くて寂しい気配がする」
「何だか幽霊屋敷って感じだな」
「同じ廃屋でもさっきのとはえらい違いだな」

 館を通り過ぎた三人は、ようやく鍛冶屋を見つけることが出来た。
 鍛冶屋の主人ハーズもまた、メグを見て驚いていた。三人は老人のときと同じ説明を繰り返すはめになった。
「明日の昼ごろまでには仕上げておくよ」
 ハーズはユウの剣を眺めてから言った。剣を預けて外に出ようとしたとき、
「なあ、あんた・・・。本当にお嬢さんじゃないのか?」
 メグは無言でうなずいた。
「そ、そうか・・・」
 ハーズはホッとした様ながっかりした様な、なんとも形容しがたい表情でうつむいた。と、
「ただいま、父ちゃん」
 泥だらけの幼い男の子が店に入ってきた。入り口のそばに立っていたユウとぶつかりそうになって、
「あ、ごめんなさい・・・」
「リュン、またそんなに汚して!風呂が沸いてるから入れ!あと、服は自分で洗うんだぞ!」
「はーい」
 リュン、と呼ばれた男の子が店の奥に入るのをなんとなく見届け、三人は外へ出た。
「あの子・・・小さいときのふたりみたいね」
 メグが笑いながら言った。
「一緒にするな。オレのほうがまだ大人しかったぞ。なあ?」
 ユウは答えを避けた。そこへ、
「あの・・・」
 出てくるのを待っていたのか、先程の女性が近づいてきた。
「さっきはすみませんでした。祖父は思い込みが激しい性格で、あのような無礼な真似を・・・」
「いや、別に気にしてないですから・・・」
「私、宿屋の者でラミレといいます。おわびといってはなんですが、今晩はうちにお泊まりください。お代は結構ですから」
 真っ先に口を開いたのはジョーだった。
「じゃ、遠慮なく!」
「ジョー!」
「人の行為は素直に受けとくもんだぜ」
 ジョーはさっさと歩き出した。
「メグ・・・」
「わかってるわ・・・」

「あの・・・わたしとメリジェさんという方はそんなに似てるんですか?」
 宿へ向かう道すがら、メグはラミレに訊いた。
「五年前に村を出られてそれきりなので、断定は出来ませんが・・・似てる方ですね。目の色は違いますが。今お嬢さまは十七になられているはずです」
「じゃ、わたしとひとつ違いか・・・」
 もっとも、それが本当の年齢かどうかもわからないが。
「リーアってのは誰?そいつが原因で出て行ったと聞いたけど」
 ジョーが単刀直入に訊いた。遠慮なくズバッと言うのが彼の性格である。ラミレはちょっとびっくりしたようにジョーを見たが、宿の前に着くと、
「詳しいことは、中でお話します。さあ、どうぞ・・・」