激しく吹き荒れる吹雪の中、少年は真っ白な褥に倒れていた。横殴りの雪は、少年の身体に覆いかぶさり、残り少ない体力と体温を容赦なく奪い取ってゆく。
 ひどく眠い。この場で眠ると、どんな結果が待っているか。それは、当人にも良くわかっていた。だから、眠りにつくのだ。
「もう疲れたんだ。じいちゃん、母さん、今行くよ・・・」
 少年は目を閉じた。もはや、雪の冷たさも感じなかった。いや、逆に暖かいとすら思っていた。
 と、空から金色の光が静かに舞い降りてきた。光は少年をやさしく包み込み、そのまま上昇していく。雪とは違ったその暖かさに少年は目を開けた。そして、顔をぱっと輝かせた。
「ああ・・・天使サマ・・・」
 黄金の光に導かれるように天に昇る少年。その光景は、幻想的ですらあった。
 自分の名を叫ぶ声が聞こえてきたが、それも次第に遠のいていく。
 少年にとって、今まで過ごしてきた日々の中で、一番平安な瞬間だった。
 そして――。

 ユウは、剣を買い換えるためサロニア北東の街の武器屋に寄っていた。今使っている剣は度重なる戦闘で切れ味が悪くなっていたのだ。だが、
「これもダメだ・・・軽すぎる・・・」
「そうですか・・・では、これはどうですか?」
 店主は五本目の剣を差し出した。受け取り、二、三回振ってみる。柄の握り心地がしっくりこない。ユウは剣を返した。
「すみませんね・・・。今ので最後なんです」
「うーん・・・。あ、じゃあ、この剣を研いでくれないか?」
 ユウは佩いていた剣を差し出した。
「いや、うちはそういうのは不得手で・・・」
 言いかけて思い出したように、
「あ、そうだ。ハーズのところに行くといい」
「ハーズ?」
「ええ。ここから東にある小さな村に住んでいる鍛冶屋なんですがね。研ぎ師も兼ねてるんですが、腕がいいと評判で。わざわざ遠くから訪れる人もいるそうですよ」
 店主からその村の詳しい場所を聞き、ユウは武器屋をあとにした。

 翌朝。サロニアを発ったノーチラスは風を切り雲を突き抜けて突っ走っていた。その姿は、さながら空を席巻せんとする大鳥だった。
「――飛ばし過ぎだ」
 ユウが、甲板から操縦桿を握るジョーを見ながら言った。インビンシブルの速度に不満がたまっていたのか、率先して操縦を引き受け、速度をどんどんあげている。
「行き過ぎなきゃいいけど・・・」
 髪を押さえながらメグが呟いたとき、
「敵だ!」
 ユウが指したほうを見ると、鳥の姿をした魔物――ハルピュイアの大群が不気味な鳴き声をあげながらノーチラスを追いかけてきた。それに気付いたジョーが更に速度をあげるが、魔物の集団は執拗に追い続ける。
「やるしかないな」
「舞い踊れ、聖風の使徒。吹き荒れよ、風刃の嵐。エアロガ!」
 メグが修得したてのエアロガを唱えると、強烈な真空の竜巻が現れ、魔物を容赦なく襲った。黄土色の体液が飛び散り、ほとんどがそのまま地面に墜落していったが、魔法をうまく避けたもの、致命傷を負わなかったものがひるまずに突っ込んでくる。
 再び杖を構えたとき、上空から雲を突き破って現れた巨大な手が、生き残りの魔物を一息に握りつぶしてしまった。バキボキと響く鈍い音の後、指の間から血が滴る。メグは思わず目を逸らした。
「――済んだぞ」
 顔を上げたメグの目に、召喚魔法のオーブを手にしたユウの姿が映った。
「やっとこいつを使いこなせるようになったよ」
「『タイタン』の魔法?すごいわ、ユウ」
「おまえほどじゃない」
 ユウが謙遜したとき、ノーチラスの速度が急激に落ちた。
「わっ!」
 弾みでユウとメグはよろけ、慌てて手すりをつかんで持ちこたえた。
「――着いたようだな」
 前方に見える村。目的地のハリック村だった――。

 ノーチラスを村から少し離れたところに止め、三人は徒歩で村に向かった。入り口の門を潜ったのは夕方のことだった。
 村の規模は中ぐらい。そのわりに、旅装束の者が多く見られる。そのほとんどが剣を携えていた。
「よっぽど腕がいいんだな、その鍛冶屋」
 ジョーが周りを見ながら呟いた。宿の建物が、村には不釣合いなくらいに大きいのは、それだけ訪れる者が多いということなのだろう。
「あのおじいさんに訊いてみましょうか」
 リラの樹の下の縁台に腰掛けて読書をしている老人に近づいた。声を掛けると、
「ハーズのところかい?それなら――」
 と言いかけて、メグを見るや目を見開いて立ち上がった。そして叫んだ。
「メ・・・メリジェお嬢さま!帰ってこられたのですね!」