「――で、次の行き先だけど」
 宴がお開きになったあと、ユウは部屋で地図を広げていた。まずは、この大陸のことを知っておかなければならない。最初に指先でアムルの位置を指す。
「ここが、今おれたちがいるアムルだ。西に少し行くと『ダルグ大陸』という大陸に着く」
「でも、すごい風が吹いていて、入ることはできないんでしょ?」
 メグの言葉にうなずき、
「ああ。だから、今のところはここは外しておこう。・・・メグは気になるところ、あるか?」
「あ、資料館にあった本で読んだんだけどね」
 メグはそう前置きして、アムルからはるか北西に位置する一点を指した。サロニア大陸の北部のほうで、ここには「レプリト」という小さな村があるようだ。
「レプリト・・・幻獣が呼び出せる召喚魔法がある村だろ?実はおれも気になっていたんだ。水のクリスタルのおかげで、召喚魔法が使えるようになったみたいだし・・・」
「あ、そうなの?じゃあ行ってみましょうよ。ただ、ちょっと遠いみたいだけど・・・」
「そこは大丈夫。南東に行けば数日で着くそうだ」
 ユウの意外な台詞にメグはきょとんとして、
「え、なんで?反対方向じゃない」
「それがな・・・この大陸はこう見えて球体らしいんだよ。レプリトやサロニアといった北の地方に行くときは、あえて南に向かって進むことが当たり前のようになってるそうだ。だから・・・」
 ユウは地図の端と端をつなげ、予定している進行方向を説明して見せた。メグは半信半疑だったが、納得したような顔をした。
「確かにそっちなら、移動距離が短くてすむわね。ジョーもそれでいい?」
 メグがそう訊いて横を向くと――疲れからか満腹感からか、ジョーは腕を組んだままの姿勢で舟を漕いでいた。
「いやに静かだと思ったら・・・」
 ユウは呆れたような顔で言ったが、つられたのか途端に睡魔に襲われる。メグのほうを見ると、口を隠して小さくあくびをしていた。
「うーっ、おれも限界だ。今日はこれで終わりにしよう。明日の朝に出発・・・」
 とユウが言いかけたとき、ドスンと盛大な音を立ててジョーが椅子から落っこちた。

 翌朝。ユウたちは、メルチェットやアービンたちに世話になったお礼を言い、アムルを発った。晴れて自由の身となった飛空艇を操り、進路を南東に向ける。ユウの言ったとおり、それから五日後にレプリトに到着していた。
 レプリトは、サロニア大陸北部に位置する最北の地だ。この村は、八十人ほどの人が住む小さな村で、湿地農業で暮らしているごく普通の村に見えるが、ただひとつ違う点は、召喚魔法発祥の地ということだった。
 召喚魔法とは、「幻獣」と呼ばれる異世界の精霊を呼び出し、自らの戦力の糧にする魔法だ。とはいっても、召喚魔法の方が白魔法や黒魔法より強力というわけではない。術者の魔力の強弱によって引き出される力が決まるのはほかの魔法と変わりないのだ。
 三人は召喚魔法を入手するため、レプリト随一の召喚師の元を訪れた。七十才くらいの痩せた老人だった。
 三人が身分を明かすと、彼は四つのオーブを持ってきた。それぞれに封じ込められている幻獣の力は、氷の女神シヴァ、雷神ラムウ、炎神イフリート、巨人タイタン。このオーブに強く念じれば、幻界にいる彼らを呼び出すことが出来るのだという。
「なるほど、これを使えば、幻獣たちが攻撃してくれるわけだな?」
 ジョーがオーブを見ながら言うと、
「いつも攻撃するとは限らん。回復や補助の場合もあるぞ。まあ、攻撃してほしいときに補助が出てしまうときや、その逆もままあるが・・・そればかりは、こちらにはどうにもならんのじゃ。あ、だからといって使えないわけではないからな」
「幻獣って、気まぐれだなあ・・・うーん、何だか不安になってきた」
 ぼやくジョーを横目に、ユウはオーブを丁重にしまった。と、メグが初めて口を開き、
「あの・・・幻獣はほかにもいるんじゃないですか?あ、いえ、なんとなくそう感じただけなんですけど・・・」
 この質問に老人は少し驚いたような顔をして、
「おお、その通りじゃよ。聖戦士オーディン、聖蛇リヴァイアサン、そして竜王バハムートじゃ。これらの召喚魔法を使えた者といえば、わしの知っている限り、ノア以外にはおらんのう。といっても昔の話なので、直に見たわけではないが・・・」
「ノア?そりゃ誰だい?」
「なんじゃい、ノアを知らんのか。・・・まあ、浮遊大陸から来たおぬしらが知らないのも無理はないな。ノアというのは伝説の大魔道師のことじゃ。白、黒、召喚を問わず、ありとあらゆる魔法が使えたらしい。この大陸の魔道師は、ノアを目指して修行するのじゃが、遠く及ばない。中には、ノアを神として崇敬する者もおる。それほどまでに強大な力の持ち主だったということじゃな。ただ、その正体は未だ謎に包まれている。本当は実在しない人間という説もあるくらいじゃ」
「へえ・・・」
 ユウが感心したように呟くと、老人は話を続けた。
「古い文献によると、ノアは亡くなる少し前に、リヴァイアサンとバハムートを、どこかへ封印したらしい」
「えっ、どこにですか?」
「いえ、そこまでは知らんが・・・おお、そういえば、ここから南西にあるダスター村に手がかりがあるという話を聞いたことがあるぞ」
「ダスター・・・確か、大陸の真ん中あたりにある小島の村ですね」
 メグが、アムルで得た知識を頼りに言うと、老人は肯定した。
「うむ。あの村は歴史が古いから、伝説や貴重な昔話が歌に変えられて、代々受け継がれているようだ。その中に、リヴァイアサンやバハムートの居場所がわかるものがあるのかもしれんのう」
 ユウたちはお礼を言い、村を後にした。

「ダスターに行く」
 飛空艇に乗り込んで開口一番、ユウがきっぱりと言った。
「おれが幻術師の力を得たのも何かの縁だと思う。だから召喚魔法を極めたい」
「おまえがそう言うならそれでいいけど・・・で、メグの意見は?」
 ジョーがメグに話をふると、当のメグは瞳を閉じ、俯いていた。
「おい、起きろ!立ったまま寝てるんじゃねえよ!」
 肩を乱暴に揺すぶると、メグははっと目を開け、
「あ・・・。ちょっと、考えごとしてただけよ。ユウ、ダスターに行きたいんでしょ?わたしは構わないけど」
 不審に思われない程度に返したが、心の底に引っかかるものがあった。老人の話を聞いてから、何かが気になる。
 魔道師ノア・・・聖蛇リヴァイアサンに、竜王バハムート・・・何か、何か聞き覚えがあるような・・・。
「――本当に大丈夫なのか?」
 気がつくと、ジョーが、ユウから受け取った召喚魔法のオーブを凝視していた。
「使う力を度々変えるくらい気まぐれなら、召喚しようとしても出てこないなんてことになったりするかもしれないぜ。『今日は気乗りしないから来ない』とか、『面倒くさいから嫌だ』とか言ったりして・・・」
「そんなことないわよっ!」
 おちゃらけたように言ったジョーの言葉を、メグが激しい口調で遮った。これは夜行動物が昼間に出現するくらい珍しいことだった。
「幻獣のことを何も知らないくせに、勝手なことばかり言わないで!あの人たちだってそれなりに一生懸命なのよっ!?それを・・・」
 ここまで言いかけてわれに返ると、メグは今の自分の言動に目を大きく見開いた。思いもかけない出来事に驚き、呆然としているふたりに、
「ご、ごめん・・・夕食の支度する!」
 戸惑いの表情を隠すように台所に駆け込んでいった。その後、気まずい雰囲気のまま一日が終わった。