ふたりはアムルに帰るべく、扉に足を向けた。が、ジョーは振り向き、睨み付けた。ちょうど、玉座のあたりを。
「誰だ!?」
 ユウが叫んだ。彼も、邪悪な魔物の気配が漂っていることに気付いていたのだ。
「ほほう。鋭いな」
 低く冷たい声があたりの空気をゆらしたと思うと、音もなくひとりの魁偉な男が姿をあらわした。
 ユウよりかなり背が高い大男で、筋肉ははち切れんばかりに隆々としている。背中には大剣をさげている。ティターンだった。
「何者だ!?」
 ユウは素早く剣を構えながら叫んだ。だが、ティターンはふっと笑うと、
「答える必要なぞない――」
「何だと!?」
 ティターンは、ふたりをじっと見たまま目を離さなかった。ユウとジョーは、言いしれぬ威圧感と恐怖を感じていた。剣が小刻みに震えていた。
「それに、今日は戦いに来たのではない。光の戦士というお前らを見に来ただけだ――」
「ふざけるなっ!」
 ユウは、動揺をごまかすかのようにティターンに斬りかかった――が、寸前でティターンの姿は消えていた。
「ユウ!後ろだ!」
 ジョーが叫んだが、一瞬早くティターンの剣が、ユウの腕を斬りさいていた。ユウが斬りかかる直前に、素早く後ろにまわりこんだのだ。
「あっ・・・!」
 ユウの腕から真っ赤な血が流れ出し、指の間を伝って床にしたたり落ちた。
「ユウ!」
「だ、大丈夫だ・・・!」
 ジョーは、ティターンを睨みつけ、身構えた。だが、
「いつか決着をつけようじゃないか。全てがはっきりしたときにな!」
 と言って、現れたときと同じように、音もなく姿を消した。
 ユウとジョーは、傷の痛みも忘れて、その場に呆然と立ち尽くしていた――。

 廃墟と化したゴールドルの館を出たユウとジョーは、近くをくまなく探索した。やがて館のそばの森で、白骨死体を発見した。上半身だけで、その骨もところどころ砕けていた。頭蓋骨の一部分が欠け、衣服もぼろぼろに崩れていたが、身につけていたいくつもの派手な首飾りと、宝石をちりばめた指輪や腕輪から、この白骨こそが本物のゴールドルだと確信した。ユウとジョーは、白骨を埋葬して墓を作ると、アムルに戻った。

「おかえり」
 翌日の昼。デリラに浮遊草の靴を返して宿に戻ったユウとジョーを、メルチェットが笑顔で出迎えてくれた。
「さっき見に行ったんだけど、飛空艇の鎖が消えていたよ。あのがめついゴールドルをどうやって説得したの?」
「あ、ああ・・・まあ、ちょっと・・・ところで、メグは?まだ寝てますか?」
 言葉を濁しておいて、ユウは話題をそらした。
「あの娘なら、さっき目を覚まして出て行ったよ。エリアさまのお墓の場所を訊いてきたから、そこに行ったんじゃないかしら?」
「エリアの?・・・そういえば、ここの出身だって言ってたな・・・」
「おい、おれたちも行こうぜ」
 エリアの墓の場所を訊き、ユウたちは宿を出た。その前に、メルチェットに頼みごとをしておくのは忘れなかった。

 アムルの街を出て徒歩数分。水の神殿がよく見える岬の上に、エリアの墓があった。春の陽光が、鏡のような薄い水色の墓石に反射してあたりを射る。
 ユウとジョーが草を踏み分けながら墓に到着したとき、あたりには誰の姿もなかった。
「いないぞ。行き違いになったのか?」
「いや・・・」
 ユウは、墓の周りを見ながら言った。
「足跡はおれたち以外にないだろ?草も踏まれずきれいなままだ。つまり、まだ来てないってことだよ」
「なるほど・・・でも、来てないなんていくらなんでも遅すぎやしないか?ここなんて街道に沿って歩けばすぐだし、迷うこともないのに・・・」
 と言いかけたとき、背後からザッザッと、草を踏み分ける足音が聞こえてきた。
「メグか?何やってたんだ・・・」
 ふたりが振り返ると、野の花を数本持った、長い髪の少女が立っていた。
「あ、悪りい。人違いだっ・・・」
 ジョーは謝りかけたが、
「人違いじゃないぞ」
 ユウに突っつかれて、一瞬ポカンとしてしまった。少女は少し顔を伏せると、
「ごめん・・・お花を摘みに行ってたの」
 ジョーが見間違えてしまったのもムリはなかった。数カ月前は肩につくかつかないくらいだった長さの髪が、背中の辺りまで長く伸びていたのだ。背が低いのは相変わらずだが、少し大人っぽくなったように見える。
「寝ている間に伸びちまったのか?そんなに?」
「うん・・・変?」
「べ・・・別に・・・」
 ジョーはそっぽを向きながら答える。メグは墓石の前に屈みこむと、持っていた花を供えた。ユウとジョーも座り込むと、心の中でエリアに礼を言い、冥福を祈った。
「・・・寂しいところね」
 しばらくして目を開けると、メグが呟くように言った。
「お墓はきれいにしてあるんだけど・・・それ以外何もしてない感じだわ。街の人は『エリアさま』とか『巫女さま』って呼んでいた。もしかしたら、エリアさんを必要以上に神格化しているのかもしれない。だからお墓をきれいにする以外のことは、畏れ多くてできないのかも・・・」
「下らねえ」
 ジョーがあっさりと吐き捨てた。ユウも同意するように、
「そうだな・・・エリアもひとりの人間であることには変わりなかった。ただ、ほんの少し特別な力を持っていたってだけなんだ。エリアだって、普通の暮らしを望んでたはずなのに・・・」
 言いながら、「これで・・・自由になれる・・・」というエリアの言葉を思い出していた。
「あ、そうだわ」
 ふとメグが、何かを思い出したように袖から紙の包みを出した。開けてみると、様々な種類の種が入っている。
「お花を摘んでいるときに拾ったの。これを蒔きましょうよ」
 三人は手分けして墓のまわりに種を蒔いた。一箇所に固まらないように気をつけながら種を埋めていく。最後に水筒の水を土にかけて作業は終わった。そして立ち上がったとき、
「あ、そうだ。オレ買い物してくる!またあとでな!」
 唐突にジョーが声をあげて、脱兎のように走っていってしまった。メグは一瞬呆気にとられたような顔をしていたが、彼の後を追おうとしてユウに止められた。
「おれたちは別行動だ。この大陸の地形や情報を仕入れておこう」

 ユウとメグが宿に戻ってきたのは夜になってからのことだった。ユウが情報収集に時間をかけていたからで、「いくら慎重とはいっても・・・」とメグが不審に思ってしまうくらいだった。
「きっと、ジョーが待ちくたびれているわ」
「そうだな」
 ユウはなぜか嬉しそうな表情で扉を開けた。と、空腹を刺激するような匂いがふたりを直撃した。そのまま食堂に向かおうとしたとき、中からジョーが出てきた。
「ちょうどよかった、今迎えに行こうと思ってたんだ。ほら、早く来いよ」
 ジョーはメグの手をぐいと引っ張る。
「え、な、何・・・!?」
 ジョーは答えずにメグを食堂に連れて行った。ユウも後をついていく。
 食堂に入って、最初にメグの目についたものは、食卓に置かれた大きなケーキだった。上には十五本のカラフルなロウソクが立てられている。そしてまわりには、海老の揚げものや白身魚のグラタン、魚介類サラダなど、新鮮な海の幸をふんだんに使った料理が並べられていた。
「これ、何のお祝い?」
 わけがわからず尋ねるメグに、ユウは笑いながら答えた。
「おいおい、今日は何の日だ?」
 メグは首を傾げたが、すぐにあっという顔をした。
「今日だ・・・わたしの誕生日」
 やっと思い出したメグに、ジョーがやれやれといった口調でからかった。
「自分の誕生日忘れちまうなんて・・・寝すぎてボケたか?人のこと言えねえよなあ」
「きょ、今日はたまたま忘れていただけよ!ジョーが覚えていないのはいつものことじゃないの!」
 照れ隠しなのか嬉しさなのか、顔を赤らめて言い返すメグに、ユウは席をすすめ、
「まあまあ・・・ほら、主賓なんだからメグは大人しく座ってろ」
 と、メルチェットが湯気の立つ皿を新たに運んできた。アービン四人衆も酒瓶や果物を持って入ってくる。ジョーはいくつかの料理を指して、
「ここにあるものは全部オレが作ったんだ。だから、ありがたく食うんだぞ」
「魚を生で食べるの?そんなの初めて・・・」
「新作揃いだな。本を見て早速試してみたくなった、そんなところだろう?肝心の味は大丈夫か?」
「おまえと一緒にするな」
 三人が言い合っている間に、メルチェットはロウソクに火をつけていった。アービンが明かりを消すと、光源はロウソクだけになる。
「ほら、火を消して」
 ユウの言葉に従い、メグはゆっくりと息を吹きかけ、火を消していった。十五本全部消し終えると同時に拍手が起き、再び明かりがついた。そのときになってユウたちはメグが泣いているのに気づいた。
「メグ?」
 怪訝そうな顔をするユウたちに、メグは顔を上げて微笑んで見せた。
「ありがとう・・・すごく、嬉しい・・・今日のこと、忘れない・・・」
「大げさ。おい、せっかくの料理がしょっぱくなるぞ」
「さ、料理はたくさんあるから、どんどん食べてね」
 メルチェットが言う必要もなく、料理の皿は次々と空になりつつあった。ユウたちは久々に安らいだ気分になれた。
 楽しい宴は夜更けまで続いた――。