ハインを乗っ取っていた魔物の死によって解放された「長老の木」は、ユウたちを乗せたまま妖精の森に戻った。長老の木と妖精たちが、口々にお礼を言う。
「ありがとう。そなたらのおかげで、ようやく、もとの姿に戻れることが出来た・・・」
「ありがとうございました」
「中の人たちはどうしたんだ?」
 ユウが訊ねた。外に出る際、魔物はもちろんだが、人の気配をまったく感じなかったのが気になっていたのだ。
「彼らは皆転送しておいた。今頃はそれぞれのところに戻っているだろう。・・・私はこれから、身体を癒すために千年の眠りにつかなくてはならない。森にも結界をはっておくので、そなたらとはこれでお別れだ。その前にこれを渡しておこう」
 長老の木の前に一瞬つむじ風が起こったと思うと、翠の石で出来た牙が現れ、風が中に集束されていった。ジョーが手にとって見ると、小さな羽が埋め込まれているのがわかった。
「風の精霊シルフィードが司る風の牙。光の力に選ばれたそなたらに、道を開いてくれよう・・・森の外に船を持ってきておいたから、それで行くがいい。・・・さらばだ、光の戦士」
 三人は妖精たちに別れを告げ、浜辺に止めてあったエンタープライズに乗り込んだ。先にトックルの様子を見に行くことに決め、航路を南に向けた。

 トックルでは、住人たちが村の再建に励んでいた。その中には、アーガスから派遣された兵士たちの姿もある。
「ありがとう!お父さんたちが帰って来たんだよ!」
 トックルの門をくぐったユウたちを、身体中に包帯を巻き、松葉杖をついたシュウとシグラが出迎えてくれた。
「あなた方のおかげで、トックルは元に戻りました。このご恩は一生忘れません」
 シュウは深々と頭を下げた。
「いえ、あなたが自分の危険も省みず、わたしたちのところまで来てくれたから・・・」
 メグは、はにかむように言った。
 村長への挨拶をすませ、三人は村を後にした。と、シグラを含む村の子供たちが出てきて大きく手を振りながら、
「助けてくれて、ありがとーっ!」
「さようならー!がんばってねー!」
「おにいちゃんたちがくれた食べ物、すごくおいしかったよー!」
 ユウたちも手を振り返し、エンタープライズに乗り込んだ。子供たちの歓声や笑い声が、心の中にいつまでもいつまでも響いていた。

 一方、アーガス城でも兵士や住人たちがせわしなく働いていた。・・・といっても、やっていることは大掃除が主だったが。
 ユウたちはまず、ミリーブに案内されて墓地に行った。建てられたばかりのハインの墓に参るためだった。
 ミリーブが、その墓に持ってきた花束を供える。ユウたちは一心にハインの冥福を祈り、助けてくれた礼を言った。
「――あ、そうだ」
 墓参を終えて城に戻る途中ユウは唐突に思い出したことがあった。腰にさしていたキングスソードをぬき、ミリーブに向き直る。
「悪い、これ借りっぱなしだった。返すよ」
 だがミリーブは首を振ると、怪訝そうな顔をするユウに剣を押しやるように、両腕を前に差し出した。
「ミリーブ?」
「いいんだ、それはおまえが使え。親父の許可は取ってある」
「で、でもこれはアーガスの王さましか持てない大事な剣でしょ?それを・・・」
 メグが慌てたように言うが、
「血筋とか地位とか、そんなの関係ない。今この剣を有効に使える人間が持つべきだ。でなきゃ何の意味もない。魔物の被害をこれ以上増やさないためにも・・・だから、おまえが使ってくれ。・・・これは親父の命令だ。背くことは許さない」
 ミリーブは真摯な表情でユウを見た。その顔は、いささか頼りなげだった二年前に比べると、見違えるくらい大人びていた。長期間強いられた幽閉生活の影響か、次期国王の自覚が出てきているのか・・・。
 ユウは唇を湿すとゆっくりと頷き、剣を持ち直した。
「わかりました。キングスソード、謹んで頂戴いたします」
「分かっているだろうが、売っ払ったりするなよ」
 それを聞いたジョーが残念そうに舌打ちした。

 謁見の間に戻ると、王が待ち構えていた。長老の木で会ったときと比べると、少しだけ恰幅がよくなったような気がする。
「おお、戻ったか!今宴の準備をしている。それまではゆっくりしているといい。・・・助けてもらっておきながら、たいした礼も出来なくてすまないが・・・何か必要なものがあったら言ってくれないか?すぐに用意するぞ」
 王の言葉を聞いて、ユウは思い出したことがあった。
「カナーンのシドから、お城にある飛空艇の材料をもらってきてほしいと頼まれました。それを頂きたいのですが」
「おお、『時の歯車』のことか。わかった、今持ってこさせよう。・・・おい、エドをここへ」
 数分後、木箱を持ったひとりの技師が、兵士に連れられて入ってきた。三十歳前半くらいで、神経質そうな印象を受けた。
「アーガス技師団の主任、エド・ヘイズだ」
「ヘイズ?ひょっとして、シドさんの・・・」
「ああ、彼はシドの息子だ。エド、それを・・・」
 エドは無言で頷くと、ユウたちの前で木箱を開けてみせた。中には、手のひらにのるくらいの黒い箱が入っていた。ところどころから棘のようなものが生えているので、手づかみには出来なさそうだった。
「この箱が・・・『時の歯車』?」
「これをどうやって飛空艇にするんだよ?」
「違うでしょ・・・これが飛空艇の動力源になるんじゃないのかしら?」
 メグがエドのほうを見ると、彼は表情ひとつ変えず、あらかじめ用意していた台詞を読み上げるかのように話し始めた。
「その通りです。これは古代遺跡から発掘されたもので、『永久機関』とも呼ばれています。永久という名の通り、中の歯車は止まることなく回り続けているのです」
 箱に顔を近づけ耳をすましてみると、カリカリというかすかな音が休みなく聞こえてくる。歯車が回る音だった。
「これをあなたたちの船に取り付ければ、飛空艇として使うことが出来ます。どうぞお持ちください」
 ユウが木箱を受け取ると、エドは王に一礼し、用はすんだとばかりにさっさと謁見の間を出て行ってしまった。その無機質ともいえる態度に、ユウたちは冷たさすら感じていた。
「ああ、気を悪くしないでくれ。エドはもともとああなんだ」
 王が取り繕うように言ったが、あまり効果はなかった。

「あの人がシドさんの息子だなんて信じられない」
 城の廊下を歩きながら、メグは不機嫌そうな顔で言った。カナーンでの、シドの寂しそうな表情を思い出していたのだ。「ばあさんがいるだけで十分」と言っていたが、まるっきり本音でもなさそうだった。一緒に食事をしたとき、「十五年前に息子が家を出て以来、連絡はほとんどない」と聞いたのだ。エドから手紙が来たのは、結婚したとき、子供が生まれたとき、そして離婚したときだけだったという。
「なんで家を出ただけで、親のことを簡単に忘れてしまえるの?・・・わたし、おじいさんとお母さんのことを忘れたことはないわ」
「そりゃ、オレもだ。まあ、家を出た人間が全員そうとは限らないけどな」
「ひとつの例を見ただけで決め付けるのは極端ってもんだよ」
 三人が話していたときだった。
「あの・・・」
 声をかけられて振り返ってみると、若い女性が立っていた。エドが着ていたのと同じ白衣を着ていることから、城の技師と思われる。
「これ、主任から言付かったんです。カナーンに着いたら、シドさんに渡してください」
 女性は一通の手紙を差し出した。ユウは頷くと、胸ポケットにおさめた。
「あんたも大変だな、あんな冷血動物と一緒に働いてるんじゃ」
 ジョーが同情するように言うと、女性は首を振った。
「いいえ・・・主任は冷たそうに見られがちですが、本当はいい方なんです。一度仕事に没頭すると、周りが見えなくなるだけなんです。時の歯車の研究を任されたときもそうでした。絶対に原理を解明するんだ、と・・・それまでは何があっても帰らないと決めたそうです」
「え、じゃあ手紙を出さなかったのも?」
 ユウが訊くと、
「はい・・・でも、時の歯車をあなたたちに渡すようにと陛下に言われたとき、『原理が解明できなかったのは心残りだが、何かがふっきれたような気がする。今度の休みに一度家に帰ろうかと思うんだ』とおっしゃっていました」
 ユウたちは顔を見合わせ、エドを誤解していたことを恥じた。

 翌朝。三人は王やミリーブ、エドたちにお礼を言うと、エンタープライズでカナーンに向かった。