灰の山のかたわらにはメグが倒れていた。ブリザラで負った裂傷や凍傷以外、とくに傷を負った様子はないし、顔色も正常だ。
「メグ!」
 ユウが呼びかけると、メグはうっすらと目を開けた。ジョーが彼女の首元をつかんで揺すぶり、まくしたてた。
「このバカ!なんであんな無茶したんだよ!?たまたま成功したからよかったものの、下手すりゃ串刺しになっていたんだぞ!」
 さらに何か言おうとしたが、ユウに止められた。
「まあ待て。さっきのおまえ・・・本当におまえだったのか?おれには別人に見えたぞ」
「別人・・・?おい、そりゃどういう意味だ?」
 ジョーは首を傾げたが、
「ええ、そうよ。あのとき、わたしの身体にはハインさんの魂が乗り移っていたの」
 思いがけない言葉に、ふたりは愕然とした。
「ハインさんって・・・まさか、『本物の』ハインさんか!?」
 思わず声を荒げるユウ。メグは頷き、今までの出来事を話し始めた。

 ――メグはブリザラの魔法を受けて吹っ飛ばされたとき、誰かの気配が近づいてきたのを感じていた。そして身体が気絶したあとに、その「誰か」はメグの意識に直接語りかけてきたのだった。
 ――驚かせてすまない。私はハインだ。魔物に身体をのっとられてしまった愚かな人間だ――
 その声は、記憶の中にあるハインの声と変わりなかった。驚くメグに、ハインは事情を語った。
 大地震が起こったとき、ハインはひとり城の礼拝堂で祈りを捧げていた。突然の出来事に逃げる間もなく、祭壇の後ろに鎮座していた神像が彼の身体を押し潰した。直後、飛び込んできた兵士に必死で助けを求めた。だが、
「なんだ、まだ死んでいなかったのか・・・」
 口元に冷たい笑みを浮かべた兵士は、近くに転がっていた燭台でハインの頭を打ち据えた。
 次に気がついたときには、ハインの魂はハインの身体を離れてしまっていた。魂のまま現世をさまよう呪いをかけられてしまったのだ。そして、兵士に化けていた魔物はハインの身体に憑依すると、大声で助けを呼んだ。
 ――やめろ、そいつを助けるな!――
 ハインは駆けつけた兵士たちに何度も叫んだが、魂である自分の声に気づく者はなく、ハインの姿をした魔物を救出してしまった。そのあとに地獄が待ち構えているとも知らずに・・・。

「――『それからは、自分の偽者が好き放題やるのを見ていることしか出来なかった。生きることも死ぬことも出来ない、こんな状態が続くくらいなら消滅したほうがマシだ・・・何度そう思ったか。だがそのたびに、ヤツは私を見て嘲笑っていた・・・』」
 メグは目を閉じて、ハインが話したことを正確に思い出そうとしていた。
「な、なんて性悪な・・・オレたちはそんなヤツと戦っていたのか・・・生き返ったりしないだろうな?」
 ジョーは、灰の山をにらみつけながら言った。
「わたしと話せたことで、ハインさんはすごく喜んでいたわ。そして頼まれたの。『きみの身体を貸してくれ。私ならヤツの弱点をすぐに見つけることが出来る』って。でも、ジョーの魔力とあいつの魔力じゃ比べ物にならないから、たとえ弱点が見つかっても魔力がなかったら意味がない」
 ジョーはムッとした表情で、
「おまえ、たまに毒舌になるのな」
「それで提案したの。『あいつにしがみついて、動けないようにして。その間にユウに攻撃させればいい』って」
 ユウとジョーは一瞬唖然とした。
「はあ!?じゃあ何だ、あれはおまえがハインさんにやらせたことだったのか!?」
「・・・ハインさんは反対しなかったのか?」
「もちろんされたわ。でも、あいつを倒すにはユウの力で一気に倒すのが最善の方法だと思ったの。それに、ユウは寸止めの天才だから、きっと上手くいくと信じていたわ」
 かすかな笑みを浮かべるメグを見ながら、ユウはため息をついた。確かに、剣をギリギリのところで止めるつもりでいたし、小柄なメグに刺さらないようにハインの首もとを狙った。それでも絶対成功するという保証はどこにもなかったが・・・。
「・・・確かに、そのおかげでヤツを倒せたことは事実だ。だが、それはたまたま上手くいっただけの話だ。だから、二度とこんな真似はするなよ、わかったか?」
 ユウが少しきつい口調で言うと、メグは神妙な顔になって頷いた――とたんに地面に突っ伏しそうになり、ジョーが慌てて抱きとめた。
「おい!」
 すぐにメグは目を開けた。が、彼女の口から出たのは、
「きみたちに一言礼を言いたくて・・・また身体を借りさせてもらったんだ」
「あ、ひょっとしてハインさん?」
「ああ・・・呪いは解けた。これでやっと向こうに逝ける・・・本当に、ありがとう・・・」
 そう言ってメグは微笑んでみせた。ふたりの目の前にいるのは間違いなくメグのはずなのに、どこか雰囲気が違っていた。
「今度のことで、陛下やミリーブさま、トックルの人々に迷惑をかけてしまった。そしてきみたちにも。すまない・・・」
「いえ・・・ハインさんのせいじゃ、ありません・・・」
「そうだよ、悪いのは魔物に決まってんじゃねえか・・・あいつら、絶対に許さねえ。・・・必ずぶっ倒してやる!」
 ジョーが決意を新たにすると、メグは目を閉じた。
「光の戦士・・・どうか、世界に、平和を・・・」
 こう言った直後、メグの身体から何か白いモヤのようなものが離れ、枝の間をすり抜けて天に昇っていってしまった。ユウとジョーは呆然として見上げていたが、
「ハインさん・・・逝ってしまったのね・・・」
 というメグの声でわれに返った。彼女の頬を、一筋の涙が滑り落ちていった。