「汝、凍結と静寂の鎖でつながれよ!」
 とっさにジョーが一歩前に飛び出し、習得したばかりの冷気系最大魔法ブリザガを放った。吹雪と氷の刃が炎を包み込み、更にはハインをも餌食とする。だが、突き刺さったはずの刃は、マントやハインの身体の中に吸い込まれるように消えてしまった。
「無駄だ!魔法は利かん!」
「ジョー、攻撃しないで!」
 メグはハインの弱点を見破るため、精神を集中し始めた。時間稼ぎのため、ユウがキングスソードを構えてつっこむ。
「食らえ!」
 宝剣の刃が、狙いたがわずハインを捕らえる。だが感じたのは、予測していた感覚とは程遠いものだった。それに戸惑うユウを、骨の拳が殴り飛ばしていた。
「うわあっ!」
「ユウッ!メグ、何やってるんだよ!?」
 ジョーが苛立ったように怒鳴ると、メグは無言のままで前髪をかきあげてみせた。それを横目で見たジョーは、
「よし・・・天空の長ゼウスよ、怒りの矢を降らせよ!」
 ユウはすばやく床を転がってハインから離れ、直後にサンダラの雷が魔物を襲った。
「ぐうっ!」
 メグが髪をかきあげたのは、「今の弱点は雷」という合図だったのだ。ハインのところにたどり着く前に、あらかじめ相談して決めておいたのだ。
「おのれ・・・!」
 ハインがマントで自分の身体を包み込んだ瞬間、ハインの周りの空気が一変した。
「弱点を変えたか・・・だが、おれには関係ない!」
 再びユウが斬りかかり、メグが分析を始める――が、ハインが腕を広げると荒れ狂う吹雪が巻き起こり、
「あーっ!」
 メグの身体を壁に勢いよく叩きつけた。そのまま動かなくなる。
「メグッ!」
 立ちすくむユウとジョーに、ハインは嘲笑を浴びせかけた。
「ふはは、あんな幼稚な手で余を欺けるとでも思ったか?学者さえいなければこっちのものだ!」
 ハインが両手を前に突き出すと、雷撃がふたりの身体を貫いた。
「わあああっ!」
 その場に崩れ落ちたが、ユウはすぐさま身を起こして剣を構えなおした。彼の目の前に電撃が迫る。
「うっ・・・」
 ジョーは気を失ったわけではない。雷をまともに浴びたため、苦しみと痛みで動けなかったのだ。それでもなんとかメグのほうに顔を向けると、メグは自分のイヤリングをつかんだまま倒れていた。
「・・・わかったよ」
 ジョーは倒れたままの姿勢で、必死に精神を集中した。
 一方ユウは、右に左に飛び交わして、必死に魔法から逃れていた。ハインは攻撃する暇を与えようとせず、矢継ぎ早に魔法を唱え、執拗にユウを追う。ユウは倒れているふたりから敵の目を逸らせるため、広いとはいえない部屋を駆け回る。
「ちょこまかと小賢しい奴め!これでも食らえ!」
 ハインが、拳にした右手を前に突きだすと、指輪の赤い石が深紅の閃光を放ち、とっさに飛びのいたユウの頬をかすめた。さっと血の線が走る。
「うっ――!」
 閃光の威力にたじろいだユウの身体を、さらに強力な光線が捕らえ、
「うわああっ!」
 凄まじい衝撃が全身に走り、ユウはその場に崩れ落ちた。ハインが勝ち誇ったような笑声をあげながら近づいてくる。ちょうど倒れているメグに背中を向ける格好になった。
「ここまでだな!」
 ハインが人差し指をユウに向け突き出すと、小さな火球が灯り、みるみるうちに膨らむ。そして、灼熱の炎がユウに向けて放たれた、そのときだった。
 ユウの背後から発せられた火球が、ハインのそれに激しくぶつかった。倍近くの大きさに膨れ上がった火球は、そのままハインの身体をも飲み込む。
「大丈夫か、ユウ!」
 駆けつけたジョーがユウを助け起こした。ハインは苦しげに膝をつきながら、
「なぜだ・・・学者はいないはずなのに」
「メグがちゃんと教えてくれたんだよ!あいつは意外に根性あるからな!」
 メグはブリザラの魔法に襲われながらも、弱点を教える合図を出すことは忘れなかったのだった。
「運のいいやつめ。だが、二度同じ手は使えんぞ!」
 ハインは再び弱点を変えた。メグが目を覚まさない限り、弱点を調べることは不可能だ。ユウは剣を拾い上げると言い放った。
「構わない。魔法が使えなくても、力で倒してやるさ!」
 ハインが魔法の構えを取ったときだった。突然背後から飛び出してきた人影が、ハインの身体を羽交い絞めにした。
「ぐおっ!?」
「メグ!?」
 人影の正体はメグに相違なかった。普段の彼女からは信じられない力で、ハインを押さえつけている。と、
「ユウ、ジョー!ヤツの今の弱点は氷だ!剣に氷の魔法をかけるんだ!」
 メグが叫んだ。が、声はメグでも話し方が明らかに違っていた。ユウは戸惑ったが、ジョーはそれに気づかず、
「何言ってるんだ!?そんなことしたらおまえもただじゃすまないぞ!?」
「私なら大丈夫だ、ちゃんと避ける。だから早く!」
 この会話が交わされている間にも、ハインはメグから逃れようと必死に抗っていた。ためらっている時間はない!ユウは意を決した。
「本当だな?・・・ジョー、ブリザガをおれの剣にかけろ!」
「えっ?そ、それは・・・」
「早くしろ!」
 ユウが剣を突き出したまま走り出した。
「くそっ・・・もうどうにでもなりやがれ!」
 ジョーは半ばやけのようにブリザガを唱えた。ユウの腕ごと剣が凍りつく。一瞬顔をしかめるが足は止めなかった。
 氷の剣が差し込まれる直前、メグの身体がハインから離れる。そして次の瞬間には、刺された部分を中心にビシビシとヒビが広がり、
「ぐ・・・ぐわあああっ!」
 凄まじい絶叫を残してハインの身体は完全に崩れ、ほんのひとつかみほどの灰の山になってしまった。