「くそっ・・・くそおおっ!」
 火のクリスタルによって見知らぬ地に追いやられたグツコーは、八つ当たりのように落ちていた木を放り投げたあと、拳で思い切り木の幹を突いた。だが、
「痛ええっ!」
 悲鳴をあげながら痛めた拳をさする。ユウたちに倒された影響からか、力がまったくなくなってしまったのだ。自分の中にあったはずの魔力も感じない。
「み、水だ・・・!」
 夢中でそばにあった滝つぼに飛び込み、赤く腫れあがった拳と身体を冷やした。サラマンダーになっていたのが原因なのか、全身が高熱を帯びたように熱いのだ。いくら水を飲んでものどの渇きが癒えることはない。それでも、数分後には少し気分が落ち着いてきた。滝からあがると草原に腰をおろし、
「くそっ・・・あのガキどもめ!」
 小石を滝に投げつけることを繰り返して、ユウたちに邪魔をされたことへの苛立ちをぶつけた。
「このまま負けてたまるか、いつか必ず・・・!そのためには、悪魔に魂を売ってでも・・・!」
「光の戦士たちに復讐したいのか?」
 突然聞こえてきた声にギクリとして振り返ると、グツコーの背後に白い衣をまとった女が立っていた。ヘキナだった。
「き、貴様いつの間に・・・!?」
 グツコーは思わず身構えた。ヘキナの気配に気づかなかったのは気が立っていたからではなく、ヘキナが気配を殺していたからだった。
「そんなことはどうでもいい。おまえは、自分を痛めつけた光の戦士たちに復讐したいのだろう?・・・ああ、安心しろ。私にとっても光の戦士は倒すべき敵だからな。つまり、おまえの味方にもなりうるということだ」
 グツコーはフン、と鼻を鳴らし、
「敵の敵は味方、とでも言いたいのか?貴様がいったい何をするんだ。クリスタルの力をくれるでも言うのか?」
「クリスタルとは比べ物にならない、もっと強大な力だ。どうだ、私と組まないか?悪いようにはしないぞ」
「断る。今までずっとひとりでやってきたんだ、今更そんな真似できるかよ!ほかを当たるんだな」
 グツコーは立ち上がって――はじめて自分が置かれている状況に気づいた。
「・・・はめたな」
 自分のまわりを、強靭な魔物がぐるりと取り囲んでいたのだ。ざっと見ただけでも百匹は下らない。到底逃げられそうになかったし、魔物の大群相手に戦いを挑むほどグツコーは無謀ではなかったので、諦めて再び座り込んだ。
「・・・で、何をさせたいんだ?」
 グツコーの問いに、ヘキナは、
「いや、たいしたことではない。ただ私と組んでほしい、それだけだ」
 グツコーは考えた。今変に逆らってみせても自分の生命が脅かされるだけだから、ここは承諾するふりだけでもしておいたほうがいいだろう。「強大な力」とやらをもらっておいてさっさと逃げるという手もあるし・・・。
「わかった、組むよ。というより、選択肢がそれしかねえじゃねえか・・・」
「じゃあ、契約成立ということだな」
 ヘキナが宙に何かの模様を描くと、指の動きに従って黒い閃光が走り、やがてその中から毒々しい紫色に染まった腕輪が現れた。
「なんだ、これは?」
「おまえに強大な力を与えるものだ。身に着けてみろ」
 グツコーは言われるがままに腕輪をはめてみた。腕輪からすさまじい力の奔流が身体に流れ込んできたのと、意識がぷっつり途切れたのはほぼ同時だった。最後に聞こえてきたのは、
「おまえは炎の力でしくじった。だから、水の力を与えよう」
 というヘキナの声だった。
 そして、次に気がついたときには、「力だけ手に入れて逃げる」という己の企みのことはすっかり忘れていた。感じるのは今までにない強大な力、頭の中にあるのは「これで復讐がはたせる・・・」という確信だけだった。自分の姿が異形のものに変貌したことも、今のグツコーにとっては、さほどたいした問題ではなかった。とにかく強くなりさえすればそれでよかったのだ。

 三人が、取り返した角を持っていくと、ドワーフたちは大喜びだった。
「本当にありがとう!なんてお礼を言ったらいいのか・・・」
 今度こそ二本の角を祭壇に戻したあと、守り手のドワーフは改めて結界をはった。
 また、三人のために宴を開くからしばらく留まってくれともいった。
 義理堅いドワーフたちに、三人の方が恥ずかしくなった、そのときだった。
「大変だ!」
 門番のドワーフふたりが、ひとりの男を支えるようにして連れてきた。男は全身血まみれで、左足は不自然な方向に折れ曲がり、右の二の腕からは、折れた骨が皮膚を突き破って外に飛び出していた。その男にユウたちは見覚えがあった。
「あなたは・・・!確か、トックルの・・・」
 ユウたちがトックルを訪れたとき、彼らをアーガスの手先と思いこんで刃を向けた男、シュウだった。
「しっかりして!」
 メグが呼びかけ、ケアルラの魔法を施すが、回復には程遠かった。それでもシュウは必死に火傷だらけの顔をあげる。
「トッ・・・クル・・・が・・」
 言いかけた唇から、赤黒い液体がこぼれ出た。紙のように蒼白な顔が、赤い血でさらに汚れる。
「喋っちゃダメだ!」
 ユウが言ったが、シュウは構わず続けた。
「村に・・・兵士たちがやってきて・・・もう奪う物がなくなったので、村を焼き払おうとしているのです・・・私は・・・なんとかここまで来られましたが、ほかの人たちが・・・」
 シュウはせき込み、
「お願いします!・・・どうか、村の人たちを、助けて・・・」
 シュウはそう言うと、目を閉じて動かなくなった。ユウは彼をドワーフに託し立ち上がった。
「要するに、トックルの危険が危ないということだな!?」
「ああ、急ぐぞ!」
 ユウは突っ込むのも忘れて駆け出していた。
 
 トックルの村について、三人は愕然とした。
「これは・・・」
 前来たときも、村はほぼ壊滅状態だったが、いまは、さらにそれを上回る酷さだった。
 家という家はみな焼き払われ、人の気配は感じられない。茫然と立ちすくむ三人の側を、一陣の風が吹き抜けていった。メグが青ざめた顔で呟いた。
「ひどい・・・ひどすぎるわ・・・」
 三人は、ひとりでも残っている人間がいないかと、集落のほうへ歩き出そうとしたときだった。ヒュッ、というかすかだが風を切るような音が耳をついたかと思うと、背後で何かが落ちる音がした。
 反射的に振り向いたユウとジョーの目に、倒れているメグの姿が映った。
「おい、どうしたんだ!?」
 ジョーが彼女の身体を揺すったが、メグは完全に気を失っていた。
「どうなっているんだ?」
 二人は、訳がわからず顔を見合わせた。と、ヒュッ、ヒュッと、さっき聞いた音が連続して聞こえた。一瞬の後、二人は首筋に鋭い痛みを感じていた。
「あ・・・」
「な、何だよ、これ・・・」
 全身が痺れ、感覚がなくなった。あたりの景色がひどく揺れて見えた。が、その景色も闇に閉ざされた。二人はたまらず、地面に突っ伏した。自分たちのところに駆け寄ってくる足音が、いくつも重なって頭の中に響く。
「捕まえろーっ!」
「ハインさまの城で、奴隷として使ってやるわ」
 意識を失う寸前、そんな声を聞いたような気がした。