ギサールをあとにしたユウたちは、最初の目的どおり航路を北西に向けた。火のクリスタルが眠る洞窟に行くためだった。
 数日後、エンタープライズは洞窟のある小島に到着した。だが、ユウたちはそこに入らず、代々火のクリスタルの番人を務めているドワーフの住処に向かった。ドワーフ族の宝である「氷の角」が、炎の洞窟に入るために必要な鍵だと聞いていたからだ。
 ユウたちは、氷の牙を借りるためドワーフたちの元を訪れた。
「断る!バイキングのときみたいに、いきなり襲われちゃたまらねえからな!」
「つべこべ言わない!」
 中に入るのを渋るジョーをひきずり、ユウとメグはドワーフの洞窟をくぐった。と、聞こえてきたのは、
「どうするんだ!?」
「しかし、相手が湖の中では・・・!」
「じゃあこのまま、グツコーに好き勝手させるのか!?」
 数人のドワーフが言い争う声だった。温厚で知られるドワーフ族にしては珍しいことだった。と、ひとりがユウたちに気づき、
「ラリホー、人間の人。だが、今取り込んでいるんだ。何の用かは知らんが、あとにしてくれないか?」
「そういうわけにもいかない。おれたちは『氷の角』を借りるために来たんだ」
 「氷の角」と聞いて、ドワーフたちはどよめいた。
「まさか、あんたたちが光の戦士?」
「そうみたいだ」
 ユウがうなずくと、ドワーフたちは両手を合わせ、
「頼む、どうか角を取り返してくれ!」
「どういうことだ?」
 彼らの話によると、角はグツコーと名乗る盗賊に奪われてしまった。どうやら、火のクリスタルの力を奪い取ることを企んでいるらしい。角を手に入れたグツコーは、奥にある地底湖のほうに逃げていったという。泳げないドワーフが追いかけてこられないことを考慮してのことらしい。それを聞いたジョーは腕を組み、
「ずるがしこいヤツだ」
「そういえば・・・グツコーはなぜ、氷の角を奪ったのに火の洞窟に行かなかったんですか?」
 メグがふと思いついたことを訊いてみると、ドワーフは三人を中央の広場に案内した。そこには祭壇が据え付けられていて、上には真珠のような色の角が祭られている。
「氷の角の片割れだ。角は二本揃って、はじめてその効力を発揮する。グツコーは一本しか盗まなかったために、洞窟に入ることはできないのだ」
「でも、こんなところに置いておいたら、また狙われちゃうんじゃ?」
「心配ご無用。この角が盗まれることはないよ」
「なんで。こんなに無防備じゃ、『盗んでください』と言ってるようなものじゃねえか、ほら・・・」
 ジョーは祭壇に近づき、そのまま階段を昇ろうとした・・・が、その行為は額がぶつかるゴンという音で遮られた。祭壇の周りは、何か見えない壁が張り巡らされているようだ。
「誰も踏み入ることが出来ないよう、まじないの結界を張っておいたのだ。これを解除出来るのはわしらドワーフ族だけだから、いくらグツコーといえども祭壇に昇ることは不可能だ」
「だったら、先にそう言えばいいじゃねえか・・・」
 強くぶつけた額をさすりながら、ジョーが文句を言った。
「要は、地底湖にいるグツコーを見つけて、氷の角を取り返せばいいんだよな?湖の場所を教えてくれ」

 ドワーフに教えられた地底湖に行ってみると、湖底は洞窟とつながっているようだった。グツコーはそこに隠れていると見て間違いなさそうだ。さっそくメグがトードの魔法を使い、ユウたちはオーエンの塔のときと同じく、湖に潜って洞窟に入ることに成功した。途中、何度か魔物に襲われたが、退けることに成功していた。
 進んでゆくと、やがて奥のほうから奇妙な音が聞こえてきた。警戒しながらさらに歩を進める。
 一番奥は広い空間になっていた。そこに置かれてある簡素なベッドで、屈強なヒゲ面の男が眠っていた。奇妙な音の正体は、男のいびきだったのだ。そしてそばには空の酒壷が転がり、男からは酒のにおいがプンプンする。どうやら酔ったまま寝てしまったようだ。それでも、男の手は角をしっかりと握り締めている。ドワーフの洞窟で見たものと同じ色、同じ大きさだ。
「酔ってるんなら、ちょっとやそっとのことじゃ起きなさそうだな・・・」
 そっとグツコーに近寄ろうとするジョーを、ユウが止めた。
「待て、これは罠だ。・・・そうだろう、グツコーさんよ!」
 ユウは大声で叫ぶなり、短剣を投げつけていた。次の瞬間には短剣は枕に深々と刺さり、先ほどまで熟睡していたはずのグツコーは壁際に立ってニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていた。
「ほう、なかなか鋭いな」
「酒のにおいを服にしみこませていても、このおれの鼻はごまかせないぜ!」
「フン、せっかくの寝たふりもムダだったようだな」
「そういうことだ。なあ、その角を返してくれないか?それはドワーフの大事な宝だ、おまえが持つには荷が重過ぎる。大人しく返してくれれば、ドワーフたちも咎めたりしないそうだ」
「嫌だ、と言ったら?」
 グツコーの問いに、ユウはドワーフから譲り受けた剣を構えて答えた。
「力ずくで取り返すだけだ!」
「なら、やってみるがいい!」
 グツコーは枕に刺さっていた短剣を引き抜き、ユウに襲い掛かった。剣で受け止めたと同時に、グツコーの左の拳が腹部に食い込み、ユウの口から咳とともに赤黒い血が飛び出した。
「うっ・・・」
「おい、モンクなら武器に頼ってんじゃねえよ!」
 ユウをかばうように飛び出したジョーがグツコーに殴りかかる。だが、拳は難なく受け止められてしまい、
「うわああっ!」
 次の瞬間にはジョーは火だるまになって吹っ飛んでいた。ファイラの魔法を使ったのだ。
「ジョー!」
 回復魔法を使おうとしたメグにも、グツコーはファイラを放った。
「あっ・・・!」
 とっさに地面に倒れこんで直撃は避けられたものの、激しい熱風と高熱に襲われ、メグは悲鳴を上げた。髪と皮膚の焦げるにおいが鼻をつく。それでも必死にメグは手をかざし、グツコーめがけてエアロの魔法をかけた。風の刃に切り裂かれ、赤い血が飛び散る。その傷をさらにえぐったのは、突き出されたユウの剣だった。
「ぐっ・・・」
 グツコーは膝をついた。
「食らいやがれ!」
 そこを容赦なくジョーの飛び蹴りが襲う。足が右肩に炸裂すると、その拍子に握っていた角が吹っ飛んだ。
「くそっ!」
 グツコーが角の転がった方向に目を向けると、すでに角はメグが拾い上げていた。
「か、返せ!」
 飛び掛かるグツコーに対し、メグは反射的に角を向けていた。すさまじい冷気の渦と氷の針が角の先端から巻き起こり、
「ギャーッ!?」
 吹っ飛ばされたグツコーは岩壁に激突し、そのまま動かなくなった。一方角を使ったメグは、その場に呆然とへたり込んでしまった。ユウとジョーが駆け寄り、メグの身体をゆする。
「おい!」
 メグは数度まばたきをすると、手の中の角を見て顔をこわばらせた。そして、
「いやっ!」
 角を床に向かって投げつけ――ようとして、我に返ったように止めて手をおろした。その顔は蒼白だった。
「メグ・・・」
「ご、ごめん、大丈夫・・・それより、その人は?」
 ジョーは倒れているグツコーに、慎重に近づいてみた。
「気絶しているだけだ、放っといて行こうぜ。角を返すほうが先だ」
 三人は、来た道を戻っていった。ジョーはふと空気に違和感を感じたが、気のせいだと片付け、ふたりのあとを追った。