「・・・で、どうやって入るんだよ?」
 ジョーはグルガン族が住むといわれる谷を見て、誰にともなくぼやいた。その谷は、一面にしぼりたてのミルクをなみなみと流しこんだかのように、真っ白な濃霧で覆われていたのだ。一寸先さえ見ることが出来ない。

 ためしにユウが、霧の中に手を突っ込んでかきまわしてみた。普通の霧なら、手の動きに従って渦を巻いたり割れたりするはずだ。だが、霧はユウの手をすっぽりと飲み込み、何の異変も見せなかった。
「これはただの霧じゃないわね。幻覚の魔法か何かかもしれない」
「それじゃ入る方法なんかないってことじゃねえか。どうすんだよ、このまま帰るのもシャクだし・・・」
 とジョーが言ったときだった。音もなく、霧が劇場の幕のようにサーッと消失した。すぐ目の前には、洞窟がぽっかりと口をあけている。そして、
 ――待っていたぞ、クリスタルに選ばれし戦士。そして、運命を変える者よ。今こそ予言を明かすとき――
 四人の頭の中に声が響いてきた。
「グルガンか?」
 ユウが声に出して訊いてみたが、答えは返ってこなかった。
「チッ・・・予言が聞きたきゃ来いってことか。じゃ、さっさと行こうぜ」
 ユウ、ジョー、デッシュの順番で暗い洞窟に入る。最後に行こうとしたメグは、何かの気配を感じて振り返った。だが、人も魔物も、自分たち以外の生物は何もいなかった。
「おい、何やってるんだ、置いていくぞ!」
「あ、ごめん、ジョー・・・」
 メグは小走りで洞窟の中に入っていった。いつの間にか、自分でも気づかないうちに瞳から一筋の涙がこぼれていた。ゴミでも入ったのかしら、と思いながらメグは涙を拭った。 

  ポツン・・・ポツン・・・。
  天井から落ちる水滴が地面を湿らす。
 不意に、四人の前に、白いローブをまとい、フードをかぶった男が現れた。だが、その双眸は閉じられたままだった。
「待っていた、光の戦士ユウ、ジョー、メグ、そして運命を変える男デッシュよ・・・。私はグルガン族の長だ」
 驚きを隠さないユウたちに、長は低い声で言った。
「皆が待っている。こっちだ・・・」
 ユウたちは、長の後を促されるがままについていった。 

 ボッ――。
 燭台に刺さった蝋燭が、いっぺんに火をつけた。
 炎の向こうには、四人の男が円陣を組んで座っていた。全員が全員とも、異なる色のローブとフードをつけている。やはり全員、目を閉じていた。
  ユウたちを案内してきた長が振り返り、俯かせていた顔をあげた。
「われらグルガン族は、生来盲目。この目で見ることは出来ぬ。だが、心の目で感じることは出来るのだ。さあ、聞くがいい。おまえたちへの道標となろう」
 ユウたちは暗示にかけられたように、ゆっくりと男たちに近付いていった。男たちが音もなく立ち上がる。長もそれに加わり、合唱するかのように横一列に並んだ。
 最初に長が、床に置いてあった白い竪琴を拾いあげ、弦に指を絡めた。そして、ときには激しく、ときには穏やかに奏でる旋律に乗せるように唄いはじめる。いつしかユウたちの意識は、音のさざなみに静かに飲み込まれていった。
「おまえたちが光を受け継いだクリスタルは風を司っている。炎、水、土のクリスタルのもとへいけ。さらに大いなる力を手にするだろう・・・」 
 次に、茶褐色のローブの男が、ピンと張りつめた緊張の弦をかき鳴らすように唄った。
「土の力が他の三つの光を封じた・・・そして、自らの力も・・・?」
 黒のローブの男。

「ドワーフの住む島に炎の力が眠っている。おまえたちを待ちながら・・・」
 紫紺色のローブの男。
「塔が赤い炎をだして崩れ去ろうとするとき・・・運命を変える男は目覚める・・・オーエンの塔が、そなたを呼んでいる・・・」
 デッシュが息をのんだ。
 そして最後に、緑色のローブの男がユウたちに近づいた。
「この魔法を持っていくといい。水底の壁を打ち砕いてくれよう」
  男は、袖から緑色に輝くオーブを取り出し、メグに差し出した。
「トードの魔法ね」
 四人が振り返ったとき、長はこう告げた。
「さあ行け、戦士たちよ・・・。おまえたちは旅の過程で、様々な障害と出会うことになる。だが・・・けっしてそれらに押し流されてはならぬぞ・・・未来を決め、創るのは、ほかでもない自分たちなのだからな・・・」
 その声を聞いた次の瞬間、ユウたちは谷の入り口に立っていたのだった。谷は元通り、真っ白な霧で覆いつくされていた。
「オーエンの塔へ行こうぜ。手遅れにならないうちに!」
 デッシュは駆け出していた。

 ユウたちが去ったあと、長は円陣の中に入り座った。未来を見るため、ではない。何より、自分たちの力をもってしても、未来は見えなくなっていたのだ。なんとか断片的に見ることができたのが、たった今ユウたちに告げた予言だった。それ以外はすべて真っ暗だったが、このとき長は思った。
 未来を見る力なんて、本当は不必要なのではないか――と。未来がいいものと知ったら、人は努力を怠る。未来が悪いものと知ったら、人は努力を諦める。だから、自分たちはこうして日陰者の生活を営んでいるのだ。
 それでも、ひとつだけいい未来が見えたことがあった。ユウたちにはあえて告げなかったことだが・・・。
「まだまだ先の話だが・・・あの方は必ず目覚める」