二日後。速度をあげたせいか天候に恵まれたせいか、エンタープライズは何事もなく沿岸にたどりついた。目的地のアーガス城は目と鼻の先だ。船が止まるなり、ジョーは外に飛び出して城に入っていった。
「待てよ!」
 三人も急いであとを追う。ジョーが城の門に手をかけると、あっさり開いてしまった。とたんにホコリのこもった空気が顔を直撃し、ユウたちは思わず咳き込んでしまった。人の気配はなかったが、それでもユウは用心して、剣を抜いておいた。
 ユウたちは城内を調べることにした。昔の記憶を頼りに部屋をまわってみる。最後にアーガス城に来たのは二年前のことだが、人間がいないこととホコリがうず高く積もっていること以外、何も変わったところはない。・・・といっても、ほとんどの部屋には鍵がかかっていたので、そう言い切ることは出来ないが。
「・・・とりあえず、魔物に乗っ取られたということはなかったな」
 最後に入った研究室で、ユウは剣を鞘におさめながら言った。机の上をそっとなでてみると、灰色を通り越して黒くなったホコリが指についてきた。
「このホコリの量からすると、昨日今日いなくなったわけでもなさそうだ。一体どこに行ってしまったんだろう?」
 それを聞いて、今までずっと黙っていたメグが口を開いた。
「あのね、ユウ。妖精の森に行ったとき、長老をさらって城を作り、砂漠に浮かべたのはハインさんだって聞いたよね?もしかしたら、その『悪魔の樹』の中にいるんじゃないかしら?王さまたちはどうかわからないけど、ハインさんがそこにいるのは確実だと思う」
 この考えに、ユウは納得したように顎に手を当てた。
「なるほど。そう考えたほうがつじつまが合うな。あの妖精たちはハインさんが長老をさらったとは言っていたが、王さまのことは何も言わなかったよな・・・」
 ユウは、様々な可能性を考えてみた。まずひとつは、長老をさらったり、トックルを襲ったりしたのはハイン(を乗っ取った魔物)の独断ということ。ふたつめは、魔物が王を乗っ取り、そしてハインをも操っているということ。三つめは、トックルを襲ったのは王自身だが、それに便乗した魔物がハインを乗っ取り、長老をさらわせたということ。今考えられるのはこれくらいだった(三つめはさすがに認めたくなかったが・・・)。妖精の言うとおり、魔物が絡んでいるのは紛れもない事実だ。いずれにせよ、アーガスの人間が全員行方不明というのは看過できない。城に血のあとがないことから、ここで血が流されたということはないようだ。
 ユウは自分の考えを話そうとして――ジョーとデッシュの姿が見えないことに気づいた。
「あ、あいつらどこに行ったんだ!?」
 探そうと、ふたりが研究室を出たとき、
「いいもんあったな!」
「さすがは城の宝物殿だ!」
 向こう側から上機嫌のジョーとデッシュが歩いてくるのが見えた。ただし手ぶらではなく、両手に大きな袋をさげていた!
「ジョー、デッシュ、何してるのよ!」
 メグが思わず声をあげるとふたりは、
「いや、宝物殿の扉がたまたま開いてたから、お宝がないか探してたんだよ」
 ユウはそれを聞いて、それは嘘だと思った。ジョーは昔から手先が器用なのだ。もしかしたら、鍵をこじ開けたのでは?先ほど、一番最初に城に入ったのはこれのためだったのでは・・・?
「いくらなんでも、そりゃまずいだろ。もとのところに返してこい」
「そんなこと言っても、ここは無人だぜ?お宝は有効に使うのがお宝にとっても幸せってもんだ。こんなものもあったんだぞ」
 言いながらジョーは、一振りの剣を取り出した。
「それは・・・」
 見覚えがあるものだった。正装した王が帯剣していたものだ。名前は・・・確か、キングスソードといったか。歴代のアーガス王が引き継ぐ宝剣だ。柄には、アーガスの紋章に使われている鳥の姿が刻まれており、目には赤い宝石が埋め込まれている。その刃先は青々としていて、しっとりとした光沢を放っていた。
 ユウはつばを飲み込み、呼吸をするのも忘れてキングスソードに見とれていた。たとえ絶世の美女が目の前にいたとしても、これ以上ポーッとした表情をすることはないな、とジョーは思った。
 今使っている剣は、刃が少し欠けていて、切れ味が鈍っている。この美しい剣を使ってみたい、切れ味を試してみたい・・ユウがその思いにとらわれてキングスソードに手を伸ばしかけたとき、
「返してきなさい!」
 メグの大声に、現実に引き戻された。彼女の表情を見て、ユウはこりゃやばいな、と思った。普段は大人しいが、一度箍が外れると別人のように容赦はしないのだ。相手がジョーの場合はとくに、だ。
「わ、わかったよ・・・」
 トックル村に着く直前の出来事を思い出し、ジョーとデッシュは床に並べていた宝物とキングスソードを袋に戻し、一目散に走り去ってしまった。だがその途中で、道具をいくつか懐に入れるのは忘れなかった。

 アーガス城を出た四人は、そのまま西の谷に向かった。setstats