エンタープライズに戻ったユウたちは、これからの行き先を決めていた。
「アーガスに行ってみようぜ。何があったのか知りたいんだ」
 最初に口を開いたのはジョーだった。ユウとメグもまったく同じことを考えていたので、それはすぐに決まった。と、デッシュが、
「アーガスに行くんなら、グルガンの谷にも寄って行かないか?」
 と言って、アーガスから西に位置する谷を指した。城と谷とはさほど離れていないので、徒歩でもそんなにはかからないだろう。
「そういえば、この間もグルガンの谷の名前を出していたな。そこには何があるんだ?」
「おれも直接見たことはないからわからないが・・・グルガン族っていう盲目の集団が、人目をさけて住んでいるらしいんだ。なんでも、肉眼で見える光を失ったかわりに、心の眼で運命を見ることが出来るしい。要は、予言者だな。この先どこに行けばいいか、教えてくれるかもしれないだろう?」
 デッシュの言葉は、説得力があった。
「予言ねえ・・・何だか胡散臭いな」
 ジョーは半信半疑というような表情で返したが、メグはデッシュに賛同していた。
「谷に行ってみましょうよ。グルガン族がわたしたちを呼んでいるような、そんな気がするの」
 彼女の言葉が気にかかったが、ユウもジョーもその意味を問うことなく、その日の会議は終わった。
「じゃあ、夕飯の支度をするわね」
 と言って、メグが立ち上がった・・・とたん、目の前の景色がぐにゃりとゆがみ、激しく揺れた。平衡感覚を失い、立つことも困難になって膝をつく。異常が起こったのはメグだけではなかった。
「な、何だ!?身体が引っ張られる!」
「くそ、オレもだ!は、離せーっ!」
「お、おい、みんなどうしたんだよ!?」
 デッシュの目の前で三人の身体は白い光と化し、
「あ・・・ああああーっ!」
 叫び声を残して、そのまま忽然と消えうせてしまった。メグが伸びかけた髪をまとめようとして持っていた青いリボンがふわりと木の床に落ちる。ひとり残されたデッシュは、ただ呆然とするしかなかった。

 気がついたとき、ユウは闇夜に包まれた夜の森の中に立っていた。冷たい大気を胸いっぱいに吸い込むと、ようやく何があったのか思い出すことが出来た。・・・といっても、具体的には何ひとつ分っていない。エンタープライズの船室から、一瞬にしてここまで転移したということは何とか理解できたが。
「ユ、ユウ・・・」
 振り返ると、不安そうな表情のジョーとメグが立っていた。どうやら、三人揃ってここに来たようだ。
「ここはどこなの・・・?」
「それ以前に、何が起こったんだ?まさか、魔物に連れてこられたとかじゃないだろうな・・・?」
 ユウは無言のまま、あたりを見回してみた。深く静かで、生き物の鳴き声ひとつ聞こえない。それは逆に、息苦しささえ感じさせてしまう。この日は新月で、さまざまな種類の樹木はすべて闇色に染まって同化し、得体の知れない物体に見えてくる。それでも、魔物の気配などは感じなかった。
「行くぞ。離れるなよ」
 ユウがメグの右手を握り締めると、メグは左手をジョーに差し出した。
「子供じゃあるまいし・・・」
 ぶつぶつ言いながらも、ジョーはメグの手を握って最後尾についた。三人は縦につながった状態で、森の中を無言で進む。乾いた土をふみしめるザッザッ、という靴音だけがやたら大きく聞こえた。
 歩いていくうちに、ユウは先の緊張感が次第に薄れていくのを感じていた。森の雰囲気が、幼少時よく探検で行った、村のそばの森を思い起こさせるのだ。
 十分も歩かないうちに、それが見えてきた。
 ポウ・・・
 小さな小さな光。それが、蛍のように空を飛び交っている。光の正体をいちはやく知ったメグは、思わず声を上げていた。
「よ、妖精・・・!」
 光が消えるとそこには、宝石のように透き通った羽と、見た目は人間に近いが、掌に載るくらいの小さな身体、尖った耳をもつ妖精が浮かんでいた。メグの声に気づいた妖精がひとり、ユウたちの前に進み出た。
「もしかして、あなたたちがここに呼んだの?」
「そうです、光の戦士。無理に呼び出してしまってすみません・・・」
 妖精はそう呟くと、涙を流した。
「何の用で?」
 尋ねるユウに、妖精は答えた。
「連れ去られてしまった森の長老さまを、助けてほしいんです。長老さまがここに戻らなかったら、この森は死んでしまいます。私たち妖精も・・・」
「その長老をさらった犯人は?居場所はわからないか?」
「アーガスの神官ハインです。長老さまは、城の形に刻まれて、砂漠をさまよっています」
 この答えに、ユウたちは二重の衝撃を受けた。ひとつめは、ハインという名前を聞いたとき。もうひとつめは、砂漠で見た「悪魔の樹」が、実は森の長老だったと言う事実を知ったとき。
「じゃあ、あの樹がそうだったのか!でも、ハインさんがそんなことをするなんて・・・!」
 ジョーが言うと、妖精は、
「あのときのハインからは、人間離れした力が感じられたの。きっと、魔物に身体と心を乗っ取られたのだと思う。私たちはハインに対抗しようと、色々な攻撃を試みたのだけど、一蹴された。あいつは、弱点を自由自在に変える能力を持っている。その魔力もおそろしく強大だった・・・。お願い、ハインを倒して長老さまを助け出して!」
 メグが口を開きかけたときだった。ユウが、
「話はよくわかった。だが、今はまだ何もしてやれないんだ。悪いけど・・・」
と言った。
「ユウ!そんな言い方って・・・」
 メグが抗議の声をあげたが、それより先に妖精が言った。
「いいえ、いいんです。これからグルガンの谷に行くのでしょう?あなたたちはご自分の使命を優先させてください。長老さまが戻られるまで、私たちで力をあわせて護ります。この森を枯れさせたりはしないわ。さあ、お戻りください・・・」
 妖精が涙を拭いてそう言った瞬間、また視界がぐらぐらゆがみ始めた。

「・・・おい!」
 肩を揺さぶられ、ユウはようやく我に返った。目の前にはデッシュの顔がある。エンタープライズに戻っていたのだ。隣では、メグが物憂げな表情で青いリボンを見つめ、さらにその向こう側では、ジョーが苛立ったように爪を噛んでいた。
「デッシュ・・・あれからどれくらいたった?」
 ユウの問いに、デッシュは不思議そうな顔で答えた。
「どれくらいって・・・ついさっき消えたと思ったら、すぐに戻ってきたじゃないか。それより何があったんだ?」
「詳しい話はあとでする。それより・・・大急ぎで谷に向かったほうがいいな、船の速度を上げよう」
 ユウは立ち上がった。ジョーがいち早く説明しようというのか、
「ひとことで言うと、妖精の森とアーガスの危険が危ないんだ!」
「変な言葉を使うな」
 操舵室に向かいながらも、ジョーへの突っ込みは忘れなかった。