三日後。ようやく砂漠を抜けることができた四人は、古代人の末裔が住むという小さな村に辿り着いた。トックルと違い、こちらはのどかな空気が流れていた。アーガスは、こちらには攻めてこなかったらしい。
 ユウたちは門をくぐって入ろうとしたが、デッシュは彫像と化したように立ち尽くしていた。
「デッシュ、どうした?」
 ユウに揺すられて、デッシュはようやく我に返った。
「い、いや・・・ちょっとな・・・この村の名前、なんだっけなと思って・・・」
「だから、古代人の村だろ?この間そう言ってたじゃないか」
 ジョーが怪訝そうな顔で言うと、デッシュは首を振り、
「いや・・・オドルだ。『古代人の村』は通称で、本当の名前はオドルっていうんだ。それにこの雰囲気、なんだか懐かしい。身体中の血がざわざわ騒ぐような、そんな感じがするんだ」
 ためしに通りかかった村人に訊いてみると、村の正式名称はデッシュの言ったとおり「オドル」だった。・・・とはいっても、これを知っているのは村の住人だけらしい。
「もしかして、デッシュはこの村出身じゃないのか?」
 ユウが言った。確かに、そう考えるのが一番自然だろう。買い物ついでに、デッシュのことを知っている人がいないか聞き込みをしてみた。だが、何の手がかりもつかめなかった。
「長老さまに会っていくといいよ。この村の知恵袋で、ここの歴史のことにも詳しいからね」
 宿の予約を取りにいったときの女将の言葉に従い、ユウたちは村の中心部にある長老の家を訪ねた。
 いきなり行っても相手にされないのではないかと危惧したが、応対した家政婦に身分と用件をつげると、あっさりと応接間に通してくれた。どうやら長老はヒマを持て余しているらしく、とにかく話相手がほしかったようだった。
 数分もしないうちに、長老が孫にあたる男性に付き添われて現れた。デッシュが「古代について教えてほしい」と言うと、待っていたかのように、嬉々として口を開いた。
「わしたちの祖先は、遥か昔に超文明を築き上げた古代人だ。『機械の進歩は人類の進化』というのが古代人の間の標語で、機械を使ってクリスタルの持つ光の力を自由に操り、自分のものとした。飛空艇や船の技術はその遺産みたいなものじゃ。当時は、ものを空に浮かべる技術なんてものもあったようじゃ。今でもその技術は残されている」
「それはどこに?」
 興味津々といった表情でジョーが訊いた。先ほどまで退屈そうな顔をしていたのだが、いつの間にか気が変わったようだ。すると、長老の孫が代わりに答えた。
「それは、この大陸です。・・・とはいってもすぐには信じられないでしょうね。でも事実なんです。大陸全体が、雲のように空中に浮かんでいるんですよ」
「え」
 ジョーが、慌てて自分の足元を見た。長老は笑って、
「心配するな、落ちゃせんよ」
「あの・・・この大陸を浮かす動力源みたいなものはあるんですか?」
 メグがふとわいた疑問を口にした。自分たちが乗っている飛空艇やエンタープライズには、必ず動力源があった。だから動いたり、空を飛んだりすることが出来るのだ。だとすると、この大陸が浮かんでいるのも何か特別な力が働いているからと考えられるのだ。
「その通りです。この大陸を浮かす動力源は、ここから北東にあるオーエンの塔にあります。もともとは、大陸の監視のために作られた塔だという言い伝えがあるんです」
「ふーん、機械ってすごい便利なんだな。で、なんでそんな便利なものが、ここには残っていないんだ?」
「利用しすぎて、しっぺ返しを食らったんじゃよ。ある日、光が突然暴走して世にはびこった。皮肉なもんじゃな、文化を作り上げてきた機械が、今度は文化どころか世界や人類を滅ぼさんとしたのじゃからな。古代人のほとんどが滅びてしまったこの出来事を、『光の氾濫』と呼んでいる」
「光の氾濫?今とは逆だな。とすると・・・」
 ユウは風のクリスタルが言ったことを思い出していた。「闇の力が世界を覆いつくそうとしている」・・・これは闇の氾濫と呼んでもいいだろう。そして自分たちは光の戦士だ。遥か昔光の氾濫が起こったにもかかわらず、こうして世界は存在している。これはどういうことかというと・・・。
「もしかして、当時もクリスタルに選ばれた戦士がいた?」
「その通り、いわゆる『闇の戦士』じゃな」
 長老はうなずいた。闇の世界にあるクリスタルに力を託されたという四人組が、光の暴走を食い止めたのだ。
「その後、わずかに生き残った古代人たちがここに逃れ、二度と機械の力には頼らない、という誓いをたてました。それが、ぼくたちの先祖なのです。『自然と共に生き、自然の理に逆らわない』・・・これが村の掟です。ちなみに、この村の『オドル』という名は、最初に機械文化を発展させた街の名です。自分たちの罪を忘れることがないように命名したと言われています」
「力がありさえすればいいというものでもないのね・・・」
「そうだな。強大な力を手に入れてしまうと、人はそれに溺れてしまう。そして、一度便利さを知ってしまえば、それから抜け出すことは難しい。自分で自分の首を絞めていることにすら気づけなくなるんだ・・・」
 メグとデッシュが静かに呟いた。とくにメグは、数日前エンタープライズでデッシュと交わした会話のことを思い出していた。
「光のクリスタルに選ばれしものたちよ・・・その力、誤った使い方をしてはならんぞ」
 ユウは長老の顔を見て、力強くうなずいた。
 四人はお礼を言うと、長老の家を辞した。砂漠の旅路で疲労困憊していたので、宿に戻って夕食をとると、さっさとベッドに入った。ぐっすり眠ったおかげで、翌朝の目覚めは爽快だった。

「色々、考えさせられたよなあ・・・」
 宿の食堂にて。朝食の卵料理をせっせと口に運びながら、ジョーは長老の話を思い出していた。
「途中までは、機械は便利で役に立つものなんだと思ってたけど・・・そればかりでもないんだな」
「自然と共に暮らす、か・・・でも最初はみんなそうだった。やがて火を使うことを覚え、家を建てたり武器を作ったりして、どんどん生きるための知恵をつけていった・・・」
 トマトジュースをまずそうに飲みながらユウが言った。
「・・・でもわたしは、機械や道具にまったく頼らない、というのは極論だと思うわ。だって、力と同じで、うまく使いこなせばいいだけ・・・とはいっても、世の中正しい使い方を知ってる人間ばかりじゃないのよね・・・」
 メグが現実的な意見を述べたが、すぐに自分で打ち消してしまった。そしてデッシュは、パンをひたすらちぎりながら、三人の会話には加わらずもの思いにふけっていた。ここに来てからそうすることが多くなったように見える。
「話はたくさん聞けたけど、結局デッシュを知ってる人はいなかったな・・・」
 鼻をつまむことでトマトジュースをなんとか飲み終えたユウが落胆したように言ったが、デッシュがそれを打ち消すように、
「いや、でも無駄足じゃなかったぞ。少しずつだけど、記憶が戻ってはいるんだ。あとは・・・何か大きなきっかけさえあれば、全部思い出せるかもしれない。おい、村を出たらチョコボの森に行こうぜ。あの長い砂漠をまた歩いて渡るなんてごめんだからな」
「あ、そりゃいいや!じゃ、そうしよう」
 真っ先に賛同したのはジョーだった。このふたりは、結構いいコンビかもしれない。素早く立ち上がったジョーに、ユウが釘を刺すように言った。
「おい、勝手に外に出たりするんじゃないぞ。おれたちが食べ終わるまで待っとけよ」
 ジョーの皿は既に空になっているのに対し、三人の皿はまだ半分ほどの量が残っている。これで別にユウたちが遅いのではなく、ジョーの食べる速度が早すぎるだけなのだ。

浮遊物体「悪魔の樹」の浮かぶ砂漠を、蜃気楼に揺らぐ四つの影が疾走していた。
四頭のチョコボと、それを操るユウたちである。
「はは、気持ちいいーっ!」
 ジョーが歓声を上げる。
 チョコボは砂漠の暑さにも足を緩めなかった。飛空艇やエンタープライズにも負けないくらいの早さで走りまくる。それが快感だった。途中魔物に見つかったが、追いつかれる心配もなかった。
 チョコボは、それからも一日たたぬうちにエンタープライズをとめた沿岸にたどり着いていた。