ユウたちが海岸にエンタープライズをとめたのはその日の昼過ぎだった。ここから三十分ほど南に歩けば、目指すトックル村に着く。
まっさきに船を降りたユウは、空気の中に異様な匂いを感じ取った。
「血の匂いがする・・・」
それを聞いたジョー、メグ、デッシュは一瞬首を傾げたのち、一斉に否定した。
「おれにははっきりと匂うけどな」
「おまえの鼻は犬なみだからな」
ジョーが茶化すように言った。当のユウは、ジョーの台詞も耳に入っていない様子で、神経を鼻に集中させている。
「これは人間の血の匂い・・・。しかも、かなり多そうだ・・・」
「えっ、どこからかわかる?」
「いや。だが、そんなに遠くはないな。調べてみよう」
四人は手分けしてあたりを歩きまわった。ジョー、メグ、デッシュは何の手がかりも見つけることが出来なかった。だが、船の前に集まったときだった。最後に戻ってきたのはユウだったが、彼だけ大急ぎで走ってきたのだ。両手に何かを抱えている。ジョーが最初に気づいて愕然とした。
「ユウ!そいつは・・・!?」
ユウが抱えていたのは、血まみれになった幼い少年だった。魔物に襲われたらしく、肩から腰にかけて、鋭い爪傷がザックリついている。
「リンクスに食われそうになっていたんだ。それよりメグ、早く魔法を!」
「あ、うん!」
メグは少年にケアルラの魔法を施した。ユウたちが見守っているなか、メグの両手から発せられた白色光が、傷を綺麗に塞いでゆく。
少年が意識を取り戻したのは、それからすぐのことだった。メグは微笑みながら、穏やかな口調で話しかけた。子供の相手には慣れているのだ。
「心配しないで、もう大丈夫よ。わたしはメグ、あなたは?おうちはどこ?」
「シ、シグラ・・・トックルから、来た・・・」
少年シグラは、何かにおびえているような表情をしていた。そして突然目を見開くと、堰を切ったように喋りだした。
「お父さんたちを助けて!」
「えっ?」
シグラは泣きじゃくりながら、
「お父さんやお兄ちゃんが、兵士さんたちに連れて行かれたの!何も悪いことしてないのに!」
ユウたちは困惑して顔を見合わせた。
シグラを落ち着かせ、なんとか詳しく話を聞き出すと、今朝、武装した兵士の一団がトックル村を急襲し、食料や金目のものを奪った挙句、村の男性たちを無理矢理連れさっていったらしい。その中には、自分とさほど年の変わらない少年もいた。シグラは、母親の助けを借り、兵士たちの目をかすめて脱出した。
必死に逃げ続けたが、魔物に襲われていたところをユウに発見されたのだ。もう少し見つけるのが遅かったら、手遅れになっていたかもしれない。
「ぼく、家に帰りたいよ・・・でも、魔物が・・・」
「じゃあ、一緒に行こう。魔物ならおれたちに任せろ」
ユウたちはシグラを連れ、トックルへの道を急いだ。道中、何度か魔物に襲われたが、今までに戦ったことのあるものばかりだった。しばらく歩くと、建物の形が見えてきた。どうやら、めざすトックルについたようだ。だが、近づくにつれて、異常さがはっきりと伝わってきた。そこここから黒煙がたちのぼり、家は家の形を保っていない。そして、地面には血のしみや折れた剣などが散乱していた。おまけに、人の気配もほとんど感じない。
「――まさか」
ジョーは言いかけた言葉を慌てて飲み込んだ。シグラの前でそれを言ってしまうのはあまりにも不謹慎だ。
ユウたち五人は早足で村に入っていった。
「ギョエーッ!もう持っていくものは何もないぞい!」
「殺さないでくれ!」
「えっ?あ、ちょっと待ってくださいよ!」
村の中に入った途端、近くに集まっていた老人たちが悲鳴をあげながら集落のほうに逃げ去っていった。
トックル村の木造家屋は、ほとんど全部といっていいほど、壊されたり、焼かれたりしていた。住人がいなければ、廃墟と見まがってしまいそうなほどだ。
集落はひっそりと静まりかえっていたが、ユウたちの様子を伺っている気配が感じられた。窓の隙間から目が見えていたが、ユウと目が合うと慌てて窓を閉める。見知らぬ人間に警戒しているのだ。
「家はどこだ?」
「こっち・・・」
ユウたちはシグラに案内されて、比較的マシな状態の建物の前に着いた。シグラが扉を開けようとしたとき、中から若い男が飛び出してきた。だがそれだけではない。
「動くな!」
男は、剣を構えて眼光鋭くユウたちを睨み付けた。と、男の後ろから出てきた女性が、シグラに気づき、すばやく抱きしめた。まるで、急がないと消えてしまうのではないかと危惧するかのように。
「シグラ、無事だったのね!よかったわ、本当に・・・」
「母さん、恐かったよ・・・でも、この人たちに助けてもらったんだ」
シグラの母親と男はそれを聞いて、弾かれたようにユウたちを見た。男が目を見開き、
「おまえは、アーガスの手の者じゃないのか・・・?」
「アーガス?おい、そりゃどういうことだ!?村をこんなにしたのはアーガスだっていうのか!?」
思いがけない言葉にジョーが思わず声を荒げると、
「詳しいことはわしが話すよ」
いつの間にか近くに来ていた老人が話しかけてきた。トックルの村長だと、シグラの母親が紹介した。
「とりあえず、ここではなんだからうちへ来てくれないか?」
村長の家に入ると、妻らしき女性が出迎えてくれた。つやのない銀髪と、皺が深く刻み込まれて乾いた肌が、精神的疲労を感じさせた。ふたりとも、見た目ほどには年をとっていないのかもしれない。
村長が四人の向かい側の席につくと、ユウが、
「兵士が襲ってきたんだって?」
この問いに、村長は俯きながら答えた。
村長の話は、シグラから聞いたことと相違なかった。
「あの大地震以来、西のほうから兵士がやってきて、力に任せて村の若い者や食料を略奪していくのじゃ。今朝にもここに来て、奪うものがないと知ると、手あたり次第に家を壊して去っていった。『今度からは、もっと用意しておけ』と捨て台詞を残してな。シュウは――さっきぬしらを襲った男じゃが――唯一連れ去られずにすんだ奴なんじゃ」
「ひどすぎるぜ・・・で、ここを襲ったのは本当にアーガスの兵士なのか?」
「これは兵士たちが落としていったものなのじゃが・・・」
一枚の布きれを取り出した。
赤地の布に、金糸で刺繍された剣と銀糸で刺繍された鳥とが交わり、その下には、銅糸で古代文字が縫いつけられている。その紋章に、ユウたちは見覚えがあった。これがあったとなると、嫌でもアーガスの仕業と信じざるを得ない。しばし絶句したあと、ユウが口を開いた。
「アーガスの王さまは、とても思いやりのある方なんだよ。それが、なぜ・・・?」
「おや、アーガス王を知ってるのかい?」
デッシュの問いに、ジョーが口を開いた。
「知ってるも何も・・・オレたちは小さいころから、じっちゃんにくっついて何度もアーガスに行ってるんだ。王さまにも王子のミリーブにも面識があるんだよ。いろんな意味で王さまらしくない方なんだ」
ふとユウは、ある疑問に思い当たった。
「でも・・・アーガスがあるのはここから北のはずだ。どうして西から?」
と、それまで黙っていた村長の妻が、
「そういえば・・・兵士がやってくる直前、村の者が『西の砂漠で、でっかい木が動いているのを見た。悪魔の仕業だ』と喚いてたんだよ。わたしらは相手にしなかったが、今思えば、アーガスと何か関連があるのかもしれないね」
「西か・・・古代人の村とチョコボの森だな」
「古代人?」
デッシュの発言に、ジョーが尋ね返した。移動用に重宝されている鳥チョコボの住む森が世界に散布してることは知っているのだが・・・と、村長がデッシュの言葉を補足した。
「世界の歴史を作った、古代人の子孫だと自称している人間が住む村のことじゃ。彼らは博識だから何か情報が手に入るかも知れんぞ」
「おいユウ、アーガスの前にその村に寄ってくれないか?何かありそうな気がするんだ」
拒む理由もないので、次の行き先は古代人の村と決まった。焼け石に水なのかもしれないが、情報のお礼にと言って、ユウたちはエンタープライズに積み込んでいた食料を村に届けた。痩せこけた子供たちを見ているのが辛かったせいもあったのだ。これで数日は空腹をしのぐことができるはずだ・・・ただし、兵士が来なければ、の話だが。
「お気をつけて・・・」
行きしなに、村長がぼそりと言った。彼の口調からは、絶望感がありありと感じられた。
ユウたち四人は、トックルを発った後、古代人の村に行くために西の砂漠を渡ることにした。暑さに体力を奪われるのを防ぐため、昼間休んだあと、夜が明けるまで歩き続ける方法をとっているが、砂嵐や竜巻がひどいのは昼も夜も同じだった。昼夜逆転の生活は意外に身体に負担がかかるもので、順応力が一番高いジョーを除いた三人はいつもより疲労の度合いが高かった。
「あれかな?」
夜空を見上げたユウが言った。暗闇の中に、月明かりに照らされて何らかの物体がプカプカと浮遊している。
村長の妻が言っていた、「動くでかい木」というのは、これのことらしい。その正体は、巨木に無数の蔓がからまったものだった。おそらく、城ひとつくらいの大きさはあるのではないだろうか。それが、風船か何かのように、ふらふらと漂っている。待っていても高度をさげることはなさそうだ。
「くそ、気になるんだけどなあ・・・」
ジョーが頭をガリガリと掻きながらぼやいた。
「空でも飛ばないと無理ね。飛空艇があれば近づけそうだけど・・・でも何だかすごく嫌な気配を感じる。村の人が『悪魔の仕業』というのもわかる気がするわ・・・」
調べてみたいが、方法がない。悔しいが、今の時点ではそのまま看過するしかなかった。
