朝食後にシェルコ医師の家を訪ねてみると、彼の身体は既に完治していた。
「いやあ、君たちは生命の恩人だよ!シュルスから聞いたが、抜け道を使いたいんだってね、案内するよ」
 シェルコに見送られ、ユウたちは抜け道に入っていった。
 小人状態での戦闘に苦戦しながらも脱出できたのは、その日の夕方のことだった。
「あー、やっとすっきりした!もとに戻れるって、こんなに気持ちいいものだったのか!」
 ミニマムでもとの大きさに戻ったジョーは、その場で腕をふりまわしたり足を伸ばしたりと、柔軟体操を始めた。魔法しか使えなかったことにかなりいらだっていたらしく、道中ずっと「胃が痛い」とこぼしていたのだ。
「こうなったら恐いものなしだ、魔物が現れたらすぐにでも相手してやらないと!」
 抜け道内では攻撃力がないことを忘れて魔物に殴りかかってしまい、返り討ちにあったことも一度や二度ではなかった。そのときの悔しさを一刻でも早く解消したいらしい。
 そのまま放っておくと小躍りでもしだしそうな様子だったので、ユウは本題に入った。
「おい、シェルコ先生が言っていたことを覚えてるか?」
「もちろん。ここから北に進んだところの洞窟に、バイキングのアジトがあるんでしょ?その人たちに頼めば、カナーンまで送って行ってくれるはずだって」
 メグが言うと、ジョーとデッシュが不機嫌な顔になって、
「バイキングなんて、オレは信用できねえな。あんなの盗賊と大して変わらないじゃないか」
「そうそう。もし寝ている間に身ぐるみはがされて海に放り込まれたらどうするんだ?あっという間に魔物の餌だぜ。危ないものには近づかないほうが懸命だ」
「でも、シェルコ先生は『気性は荒いが、根はいい連中ばかりだから大丈夫』とおっしゃってたわ。そういう風に決め付けるのはよくないわよ」
「ちっ・・・何かあったらおまえらが責任取るんだぞ!」
 意見が割れたまま、四人は洞窟に向かった。方位磁石を頼りに北に歩き続けると、やがて岩壁に開いた洞窟と、そこからもれるランタンらしき灯りを見つけたのだった。

 ユウ、ジョー、デッシュ、メグの順に洞窟に入る。だが、生活臭はするものの、人の気配は感じなかった。
「お宝を盗みに出かけちまってるんじゃねえか?」
「だったら灯りをつけっぱなしになんてするわけないだろ。きっと奥にいるんだよ」
「おい、何か起こる前に引き返したほうが・・・」
 デッシュが言いかけたとき、突然後ろから大勢の足音が聞こえてきた。ユウたちが振り返るのとほぼ同時に、最後尾を歩いていたメグが悲鳴をあげた。
「メグ!」
「動くな!手をあげろ!」
 頭と腕に包帯を巻いた屈強な大男が、メグを押さえつけて喉元に短剣を突きつけていた。彼の両側に立っていた数人の男たちも、棍棒や鎖分銅など、それぞれの武器を手にユウたちを鋭く睨みつけている。ユウは一瞬既視感のようなものを感じたが、おとなしく男たちに従うことにし、両手をあげて頭の後ろに回した。
「・・・おい、これのどこが根のいい連中なんだよ」
 横でジョーが、皮肉をこめた口調で言った。

「申し訳ありませんでした!」
 先ほどメグに短剣を突きつけていた大男は、床に頭をこすりつけんばかりにしてユウたちに謝罪した。男の手下たちも同様に平伏していた。
「いや、それはいいが・・・」
 ユウの言葉に反発するようにジョーが、
「よくない!」
 ・・・と言おうとしたが、その言葉は次々に運ばれてきた豪華な料理の前に打ち消される。あっという間に、テーブルの上は食べきれないほどの料理や葡萄酒のビンで一杯になった。
 正直、何が起こったのかユウたちにもはっきりとは理解できていない。大男たちに捕まったユウたちは、武器を取り上げられて牢の前に連れて行かれた。ところが入れられる直前に抵抗したジョーが、自分を捕まえていた男に肘鉄を食らわせた。それが男たちを激昂させてしまい、その場は一触即発の状態になった。
「ちっ、まずいことになったな・・・」
「誰のせいだと思ってる!」
 やむなくユウとジョーが、メグとデッシュをかばうようにして身構えたとき、
「やめんか!」
 しわがれてはいるが、凛とした声があたりに響きわたった。声のほうを見ると、小柄な老人が立っていた。高齢そうだが、その目は研ぎ澄まされた刃物のように鋭く、隙を感じさせなかった。また、右足には義足をつけていた。老人の姿を認めると、男たちの様子が一変した。
「何をしとるのじゃ?」
「突然こいつらがやって来たんだよ、じいさん。ここには海からしか来られないはずなのに、怪しいなんてもんじゃないぜ!」
「違えよ、オレたちはトーザスの抜け道からここに来たんだよ!」
 トーザス、という地名を聞いたとたん、またもやその場の空気が変わった。男たちは一瞬どよめいたが、
「トーザスじゃと!?おい、すぐにこの人たちを放すんじゃ!」
 老人の命令でユウたちを解放した。そして気づけば洞窟の奥の部屋に通され、テーブルについていたのだ。その部屋は洞窟内と思えないほど広く、豪華な調度品が並べられていた。と、ユウたちを案内した手下が葡萄酒の栓を抜き、杯に注いで差し出した。ユウは礼を言いながら受け取り、一口啜った。ジョーも飲むふりだけしてみせ、杯を置いた。
「おい、おまえは飲むなよ。こんなところで寝込まれたんじゃたまったもんじゃないからな」
「わかってるよ」
「こんなところに連れてきてどうするつもりなんだ、あいつら・・・しかもこんなすごいご馳走まで出してきて・・・まさか、太らせて食べるつもりじゃないだろうな?」
 デッシュが囁くように言った。言葉とは裏腹に、料理の匂いと誘惑に負けそうになっている。おあずけを食らった犬のようだった。
「バイキングが人間を食料にするなんて話は聞いたことないけどな。あと、匂いからすると眠り薬や毒の類は入ってないようだ」
 冷静な表情のままでユウが返した。
「わたしは、ジョーがトーザスと言ったときに急に態度を変えたのが気になるわ」
「トーザスはわしの恩人だ」
 メグが自分の考えを言ったとき、後ろで声がした。振り向くと、先ほどの老人と、杖をついた髭面の男が部屋に入ってきていた。男の両腕を、ふたりの若い女性が支えるようにしている。
「頭領のビッケだ」
 ユウが訊ねる前に男――ビッケが名乗った。
「先ほどは手下が粗相をしたようで・・・勘弁してほしい」

「恩人?シェルコ先生が?」
 食事を進めながら、メグが聞き返した。老人がうなずいて、
「ああ、今から五十年ほど前のことじゃ。船が嵐にあってわしは海に投げ出された。さらに鮫に襲われて右足を食われてしまった。陸にあがれたものの、わしはここで死ぬんだと思っていた。が、たまたま通りかかったシェルコに魔法の水を飲まされて助かったのじゃ」
「五十年前、ですか?シェルコ先生はそんなお年に見えませんでしたが・・・」
「小人族は人間より寿命が長いんじゃよ。だから、わしはトーザスになみなみならぬ恩義を感じているわけじゃ。あと、海竜にもな」
 それを聞いたデッシュが少し考えて、
「海竜?じいさん、そりゃもしかして、ネプト竜のことか?」
「おお、知ってるなら話は早いな。鮫に食われそうになって観念したわしを助けて陸に送ってくれたのは、そのネプト竜なんじゃ。幻覚を見たんだと言って信じないやつもいるが、わしは信じておる。海竜への感謝を忘れないために、北の岬に神殿を建てたんじゃ」
「ところが、だ。その海竜が最近おかしなことになったんだ」
 それまで黙っていたビッケが口を開いた。
「あの大地震以来、狂ったように暴れだすようになっちまったんだ。船を出しても、たちまちのうちに壊されて、海に放り出される。血の気の多い奴らは、まともに向かっていって痛い目見ている。それきり帰ってこなかったのが五人もいる・・・おれもこのザマだ。ここのアジトは入り江の奥にあるから、海竜が暴れ続ける限り、ここから出ることも入ることも出来ない。頼む、どうか海竜を鎮めてくれないか?」
「つまり、オレたちに海竜を倒してほしいと?」
「それははっきりいって無理じゃな。倒すんじゃなくて鎮めてほしいんじゃ。もしかしたら、神殿に何か手がかりがあるのかもしれん。あそこには、竜の力と精神が眠っていると言われているからな」
 ユウは考えていた。確かに、海竜の件を解決しない限りここから出ることは出来ないようだ。海竜が暴れだすきっかけになったのが大地震・・・ここにも影響が出ていたのか。いや、これも闇の力で・・・?だとすると、自分たちにも関係ある。どちらにしろ、避けては通れないだろう。メグのほうを見ると、同じことを考えていたのかうなずいてみせた。
「わかった、神殿に行ってみる」
「そうか・・・ありがとう。だが・・・絶対無茶はしないでくれよ。これ以上死人が出るのはごめんだからな」
 ビッケは空になったユウの杯に葡萄酒を注いだ。

 ユウたちはアジトの大広間に行った。とたんにその場にいたバイキングたちの視線がユウたちに向いた。好奇、賞賛、羨望、猜疑心・・・さまざまな感情が入り混じった視線だった。と、
「あんたたちかい、親分の言ってた戦士ってのは」
 かなり酩酊した様子の男が、果実酒のビンと杯を持ったまま近づいてきた。年は自分たちとそう変わらなさそうだ。
「どんな輩かと思えばまだガキじゃないか。おまえらなんかに任せるなんて、親分もやきが回ったな」
 熟柿臭さに、ジョーがあからさまに顔をしかめるが、男は全く気にしない様子で杯を呷り、酒を注ぐ。みかねたバイキングのひとりが、
「やめろよ!」
 と止めに入ったが、
「うるせえ!どうせおまえらもバレルやルークみてえに無駄死にするに決まってんだ!さっさと諦めちまったほうが楽ってもんさ」
「おい!そんな言い方は・・・」
 言いかけたジョーを制し、ユウは無言のまま男から酒瓶を取り上げると、その場で傾けた。血の色をした液体はたちまちのうちにユウの胃に流し込まれる。唇から瓶が離れたのは、中身がすっかりなくなった後だった。左手で口をぬぐい、右手で空き瓶をテーブルに置いた後、
「おれたちは諦めたりなんかしない。そういうのが嫌いな性分でね」
 顔色ひとつ変えずに言い切った後、呆気にとられている全員を尻目に広間を去る。男も酔いがさめてしまったようでぽかんとして微動だにしなかった。
「さすがは、ウル随一の酒豪だ」
ジョーが、呆れたように言った。