翌朝。ユウたちはデッシュをアジトに残し、バイキングに案内されて北の岬のネプト神殿までやってきた。
 ユウたちは、神殿まで案内されるとバイキングを帰し、入った。中は意外と狭く、数十歩歩いただけで奥につきあたってしまった。そこにあるのは竜の像だけだった。
「何もないじゃねえか・・・」
 ジョーがぼやいたが、メグはネプト竜の像に歩み寄って調べていた。と、
「見て、この像片目がないわ」
「あ、本当だ」
 像の右目には半透明の美しい青い珠がはめられている。が、左目は何も入っておらずぽっかりと空洞だ。ユウが穴をそっと覗き込むと、
「この穴、かなり深いな。風も感じる。小さくなれば、中に入れるんじゃないかな?」
 ジョーがぎくりとした表情をして、
「え・・・また小人か?」
「当たり前だろ。おい、メグ」
 メグは両手を組んでミニマムの魔法をかけた。
 たちまちのうちに身体が縮み、それと同時に力が抜け、宙に浮いているような不思議な感覚を覚えた。
 三人の身体は中指ほどの大きさまで縮んだ。そして、ひとりずつ竜の眼窩の中へと入っていく。
 三つの影は、闇に溶けこみ、完全に見えなくなった・・・。

 ポツン、ポツンと、時々塩気を含んだ水滴が床を濡らす。
 神殿の中は、初夏だというのに、異様なほど寒かった。
 ユウたちは慎重に奥へ奥へと進んでいった。松明を持ってはいるが、ほんの十歩ほど先までしか見通しが利かず、その先は漆黒と静寂の間と化していた。
 魔物に襲われた回数も、決して少なくはなかった。無駄な戦闘は極力避けるようにしていたが、それでも三人の体力は消耗しつつあった。
「デッシュを置いてきたのは正解だったんじゃないのか?」
 地下三階への階段を降りたところで、ジョーが唐突に口を開いた。
 デッシュをアジトに留まらせたのは、彼は戦闘時の護身の仕方を知らないためである。デッシュも、一緒に行けば足手纏いになることを分かっていたのか、すぐに承知してくれた。
「デッシュを巻き添えにするわけにはいかないものね。やると言ったのはわたしたちだもの」
 メグがそう言ったとき、ユウが、
「しっ!何か来る!」
 と言うと同時、バサバサバサッと羽音がして、何かが三人の頭上を通過した。振り向くと、牙をむいた蝙蝠型の魔獣ポイズンバットが旋回している。
「気をつけろ!」
 ユウが叫んだとき、魔物が急接近して襲い掛かってきた。
「うわっ!」
 ジョーはとっさに魔法の詠唱をした。初めて使うサンダラの魔法だった。
 掌に不思議な感覚が宿り、稲光が走ったかと思うと、黒こげになったポイズンバットが床に落下した。
「ったく・・・無駄に魔法使わせるんじゃねえよ・・・」
 ジョーは毒づいて――ぎょっとして、前方の闇を見た。
 気配が――それもかなり強大な気配が感じ取れたのだ。
「どうする?」
 ジョーはユウに尋ねた。先手を打つか、向こうの攻撃を待つか。そう言った意味での、「どうする?」だった。
 ユウは迷った。先に攻撃をしかければ、罠が待っていることもありうるし、だからといって待てば、不意打ちされる恐れもあるかもしれない。次の瞬間には、彼は決めていた。
「行くぞ。油断するなよ」

 その後、三人は魔物に遭遇することもなく最深部に到着した。と、
「ね、あれ・・・」
 メグが指したほうを見ると、半透明の赤い珠が転がっていた。ユウたちが普通の大きさのときなら手のひらにのるくらいだろうが、今は転がしでもしなければ運べないだろう。
「これ、なくなっていた竜の片目だと思うわ。色は違うけど見た目が似てるもの」
 メグが珠に近づき、持って帰りやすいようにミニマムをかけようとしたとき、前方からブリザラ級の氷の刃が襲いかかってきた。
「逃げろ!」
 ユウとジョーが吹雪に向かってファイラの火球をぶつけた。ふたつ合わせても完全に魔法を消すことは出来なかったが、メグは裂傷を少し負っただけで済んだ。
「誰だ、出てこい!」
 右手に魔力をためながらユウが叫ぶと、奥から術者がのっそりと現れた。
「待ちかねたぞ光の戦士!」
「ネズミ・・・!?」
 声の主は、大ネズミだった。背丈はユウの倍ほどもあり、全身は紅蓮色。
「こいつは余の物だ。他のヤツに渡してたまるか」
 ネズミは珠を拾い上げると、自分の後ろに隠すようにした。
「その珠は、ネプト竜の目だな?」
 ユウが、静かに尋ねた。
「そうだ。もともとはおまえたちを誘き寄せるために盗ったんだ。命令でな」
 大ネズミは、抑揚のない声で言った。
「誰に?まさか、闇の力を呼び寄せたヤツか!?」
 ジョーが訊いたが、大ネズミはふん、と鼻で笑うと、
「そんなこと関係ないだろう。どうであれ、おまえたちにうろちょろされては迷惑なんだよっ!」
 大ネズミはいきなりファイラを放ってきた。三人がとっさに伏せてよけると、炎の渦は遥か後方まで飛んでいき、耳障りな魔物の悲鳴がいくつも重なって聞こえた。
「ネズミのクセにやるじゃねえか・・・!」
 ジョーはサンダラを放った。一筋の雷がネズミを直撃し、あたりに肉の焦げる匂いが漂う。間髪いれずユウがファイラの炎をぶつけた。全身を焦がされながらも、ネズミは辛うじて立っていた。
「おのれーっ!」
 逆上したネズミは両手を広げ、いちだんと強いブリザラをぶつけてきた。
「うわああっ!」
 荒れ狂う吹雪に体力を奪われ、叩きつける氷の粒で身体を切り刻まれる。たまらずユウたちは膝をついた。
「生命の灯火よ、再び燃え上がれ・・・ケアルラ!」
 メグのケアルラが三人をやさしく包み込み、傷を癒す。
「邪魔だ、小娘!」
 大ネズミはメグに狙いを定め、再びブリザラを放った。
「キャーッ!」
「メグッ!」
 メグの身体は後方へ吹っ飛び、壁に激突した。駆け寄ろうとするユウとジョーに向け、大ネズミが炎を放つ。ジョーがブリザラで応戦している間、ユウはケアルの魔法を詠唱した。メグは目を開けると、
「バラバラに戦っているんじゃだめだわ・・・力をあわせないと・・・」
「そうか、同時に魔法を唱えるんだな?」
 と、ファイラの直撃を受けたジョーが、ふたりのそばに倒れこんだ。慌てて回復魔法をかけようとするメグに向かって、大丈夫だからと首を振ってみせる。
「どうした、もう終わりか?」
 動こうとしないユウたちに、大ネズミが余裕の笑みを浮かべながらゆっくり近づいてくる。が、動かないのは観念したからではなく、魔法を放つ頃合を計っていたのだ。上位魔法を連続して使ったために、三人とも精神力を予想以上に消耗していた。とくにジョーは、先ほどから無駄に魔法を使いすぎたことを後悔していたが、目をつぶって必死に精神を集中していた。
――この一撃にすべてを賭ける!――
「これで最後だ!ファイラ!」
「今だっ!ファイラ!」
「フ、ファイラーッ!」
「エアロ!」
 ほぼ同時に発された四つの声があたりに響く。ユウとジョーが放った火球が融合してひとつになり、火球はメグが放った風と合わさって、巨大な炎の竜巻と化した。竜巻は迫ってきた火球をたやすく飲み込んでさらに大きくなり、大ネズミに襲い掛かる。
「ぎゃあああ!」
 立ち尽くす大ネズミに竜巻がぶつかった瞬間、爆発音が轟き激しく燃え上がった。
 炎が消えたとき、大ネズミの姿はどこにもなかった。あとには美しい赤い珠が残されていた。これを竜の像に戻せば、竜はもとに戻ると思
れる。

「やった・・・」
 ユウたちはしばらく呆然と座り込んでいたが、やがてメグが立ち上がり、珠にミニマムの魔法をかける。が、小さくなった珠を取り上げたとたん、その場に倒れこんだ。
「メグ!?」
 ユウが急いで駆けつけてみると、どうやら精神力の使いすぎらしく、気を失ってしまったようだ。振り返ると、ジョーも壁にもたれるようにして動かなくなっていた。
「ふたりともか・・・参ったな」
 ユウは頭をかいて少し考えたが、
「あ、そうだ。あれ・・・初めてだけど試してみるか」
 ユウは何か思いついた様子で、メグを抱えあげるとジョーの横に寝かせた。ふたりの前に立ち、本で読んだ魔法をゆっくりと詠唱する。
「光の守護者よ。我らを異空間に招き、暗黒の淵からすくいたまえ――テレポ!」
 次の瞬間、ユウたちの身体が金色の光に包まれ、忽然と消えた。それと同時に、ユウの意識もまた、闇の海の中へと沈んでいった。

 ユウたちが姿を消すと同時に、満身創痍の大ネズミがよろよろと出てきた。炎の竜巻に巻き込まれたものの、なんとか逃げることに成功していたのだ。と、
「無様だな」
 冷ややかな声に顔を上げると、いつの間にか白い衣をまとった若い女が立っていた。腰までのばした黒髪が微風になびいている。
「ヘ、ヘキナさま・・・どうか、ご慈悲を・・・」
 ヘキナと呼ばれた女は、媚びた目で命乞いをするネズミを冷酷な紅蓮の目で見ていたが、指先を頭に突きつけた。
「ぐ・・・ふうっ!!」
 大ネズミは口の端から泡をふき出したと思うと、二、三度身体を痙攣させた。そして、大ネズミの手足がサラサラと音を立てて崩れ始める。それは全身に伝播していき、数秒後には粉塵の山しか残っていなかった。
「ふん、見苦しいぞ。おまえなんか捨て駒にもならなかったな。まあ、時間稼ぎにはなったが・・・」
 女が手をかざすと強風が起こり、粉塵の山を撒き散らしてしまった。それを見届けようともせず、女は闇の中に姿を消した。