絵本で読む小人の国には、積み木で作られたような建物の絵が描かれていることが多い。そこで生活する小人たちは、生命を込めた人形のごとく可愛く描かれている。
だが、実際に見る住居や住人たちの姿は、人間のそれとほとんど変わらない。だが、自分たちが小人になっているせいからか、とくに違和感は感じなかった。
まずユウたちは、シュルス一家が営んでいる薬草屋に向かった。魔法の水のお礼に、ユウ、ジョー、デッシュは自分たちが持てる限りの水をくんでおいた。それを家に届けるためだった。
「ただいま・・・わっ!」
シュルスが扉を開けて中に入った瞬間、何かにつまずいて転びかけた。
「あぶない!」
ユウがとっさに腕をつかむ。
「あ、ありがとう・・・」
足元を見ると、薬草の詰まった革袋が転がっていた。他にも、医学書や魔法書、干した草の根っこなどが床に散乱している。と、奥から出てきた女性が、
「シュルス、遅かったじゃないか!・・・おや、その人たちは?村の住人ではないようだが・・・」
「あ、母さん。この人たちはね・・・」
シュルスは今までの出来事を簡潔に話した。
「・・・というわけで、シェルコ先生に抜け道を使う許可をもらいたいんだけど・・・」
「ああ、そうだったの・・・でも、今はそれどころじゃないのよ。さっき、先生が急病で倒れちゃってね・・・今薬草を探しているところ」
「ええっ!?」
「ちょっとたちの悪い食中毒みたいでね・・・高熱と吐き戻しがすごかったんだよ。毒消しを飲ませたら少しだけ落ち着いたけど、完全には治ってないようで今もお腹が痛いって呻いてる。原因が原因だからか、薬草があまり効かないのよ・・・」
「こいつを飲ませたらいいんじゃねえか?」
ジョーが、魔法の水が入った容器を掲げてみせたが、シュルスの母は首を振った。
「だめだよ。その水は外傷にしか効かないんだ。飲ませたところでほんのちょっと苦痛を和らげる程度さ」
「白魔法では、病気や精神の疲労を完全に治せないのと同じようなものですね・・・」
メグが暗い表情で言った。彼女は魔法に対して、ケガだけでなく病気や心の傷もすべて治せればいいのにと思いながらも、なにもかも治せるようになってしまうのは自然に対する重大な造反行為ではないかという、相反した気持ちを常々抱えているのだった。
「この間の薬がもうひとつあればなあ・・・アルベルトも気が利かねえなあ」
「無茶言うな」
ユウは、頭をかきながら文句を言うジョーをたしなめて・・・ふとあることに気づき、メグに話しかけた。
「おい、解毒の魔法は使えるか?」
「ポイゾナのこと?もちろん使えるわ。あ、もしかして・・・」
ユウはうなずき、
「病気の原因は食中毒なんだろ?つまり、体内が毒に侵されているのとほぼ同じような状態だ。毒消しも少しだが効きめがあったようだしな」
「わかった、やってみる」
ユウたち五人が診療所に行ってみると、うめきながら寝込んでいるシェルコのまわりを、数人の村人が心配そうに見ていた。鉢で薬草の葉をすりつぶしていた男性が顔を上げる。
「おおシュルス、帰ってきていたのか。今、特製の煎じ薬を作っているところだ」
そう言うシュルスの父親の顔には焦りが見え、目は充血し、机の上は謎の液体の入った器で埋め尽くされている。それらの個性的としか言いようのない匂いは、遠くからでも感じることが出来た。そして台所には、見たことのないキノコと、そのキノコが入っているらしいスープの鍋が置かれていた。どうやら食中毒の原因はこれらしい。
「父さん、ちょっと待って。・・・じゃあ、お願い」
シュルスが言うと、メグはベッドの横に座り、シェルコの手をとった。すぐにポイゾナの力を送り込む。すると、苦痛にこわばっていた顔がすうっと緩んだ。そのまま眠りに落ちたようだ。
「もう大丈夫です」
シェルコの手をベッドに戻すと、メグは村人たちに微笑みかけた。その場にほっとした雰囲気が流れる。シュルスの父親も笑みを返して、
「ありがとう、おかげで助かったよ。お礼に夕食をごちそうしよう」
ユウたちはシュルスの家で夕食をとったあと、宿屋に向かった。ここでは、「シェルコ先生を助けてくれたお礼に」という理由で、無料で泊まれることになった。これを聞いたジョーは、「情けは人のためならずって本当だな」と大喜びしていた。
「ジョー、これ・・・」
メグは、部屋で寛いでいるジョーに魔法書を差し出した。
「なんだよ?」
「抜け道には魔物が出るって聞いたでしょ?小人状態だと攻撃力がなくなるから、魔道師になるしかないの。だから、魔法の勉強をしておいて」
ジョーは本を受け取ると、渋々めくり始めた。だが、めくっている速度を見ていると、真剣に読んでいるとは言いがたかった。要は単なる流し読みだ。
「真面目にやれ」
横にいたデッシュが釘を刺した。ユウはといえば、無言のままで魔法書に目を通している。今の彼は赤魔道師になっていた。
「面倒臭えんだよ・・・こういうのはオレの肌にあわねえんだ。やっぱりオレにはこれが一番なんだ」
言いながら、自分の腕を叩いてみせた。
「でも、封印の洞窟では魔法使ってたじゃない。それにファイアの魔法をもらったとき、『魔法に興味がわいた』って言ってなかったっけ?ねえユウ、言ってたよね?」
ユウは本から顔を上げ、
「ああ、おれも確かに聞いたな。それに、飛空艇に乗ってきたときはすでにファイアを習得してたんだから、魔法はちゃんと出来るんだよ。単に、今まで面倒がってしなかったってだけじゃないか?」
ジョーは舌打ちし、
「そんなことよく覚えてるな・・・あのときは左腕が使い物にならなかったから、仕方なく黒魔道師になってただけだ」
「でも、あの威力を見てると、ジョーにも黒魔法の資質があることは間違いないのよ。それに、風の洞窟のときだって・・・」
「うるせえな・・・当人がやりたくないと言ってることを無理強いするのは、ただの自己満足だろ。おまえがオレの親だったら、絶対家出してるぞ」
「そういう問題じゃない。魔法が使えない状態で抜け道に入ったんじゃ、おまえは足手まといになるに決まってる。だから、おまえのためを思って忠告してやっているんだ。それに、今後また小人で行動するということがあるかもしれないんだからな。身につけておいて損はないだろう」
「そうそう。じゃ、がんばれよ」
デッシュはそう言うと、布団をかぶってさっさと寝入ってしまった。ジョーは彼をにらみ、
「くそ、自分が戦うわけじゃないから気楽なもんだな。あーあ、『南極の風』みたいな道具がもっとあればなあ・・・」
「道具は上手に使うのはいいけれど、頼りきるのはだめよ。それじゃなんにもならないじゃない」
「あーはいはい」
それからジョーは、わからないところはメグの解説つきで、おとなしく本に目を通していた。メグは本の内容をすべて覚えてしまっているらしく、ジョーがページ数を言うだけで、その部分に書いてある文章をわかりやすく説明してくれた。
この日の夜は、ジョーにとってはやたら長く感じられた。後に彼は、「今まで生きてきた中で一番疲れた日だった」と語っていた。
早朝。ジョーはまだ暗いうちに外に出て、村のはずれにある小さな湖の側まで来ていた。汚れのない、冷たく白い霧を吸い込むと、身体中の血液が浄化されるような気がして眠気も一気に吹っ飛んでいった。軽い運動をしたあと、
「さて、と・・・これでいいか」
近くに立っていた木から、適当な大きさの枝を一本折り取ると地面に突き刺した。そして十分な距離をとる。
カズスでもらったオレンジ色のオーブを取り出すと左手に乗せる。精神を集中してオーブを見つめると、中心に赤い小さな炎が燃え上がっているのが見えた。すかさず口を開き、
「裁かれよ、ファイア!」
詠唱とともに突き出した指先が赤く光り、炎の球がほとばしった。大人の拳ほどの大きさのそれは、即席の的を一瞬のうちに焼き尽くしてしまう。
「よし、バッチリだ!」
魔法の成功に思わずニヤリとした瞬間、背後から両手を叩く音がした。振り向くと、デッシュが立っていた。
「お見事」
「デッシュか。なんでここに?」
「いや、早く目が覚めたから散歩でもしようと思ったら、おまえを見つけてな。ゆうべ魔法の勉強を嫌がっていた割にはやるじゃないか」
「あいつみたいに本を読んで学ぶのは性にあわないんだ。理屈を頭に詰め込むより身体で覚えるほうが余程気楽だ」
ジョーの言葉に、デッシュは不思議そうな顔をして訊いた。
「メグちゃんは、本を読むだけで魔法を使えるのか?」
ジョーは肯いて、
「ああ。ケアルのときなんかは、本を読んですぐ『ケアル!』で使えちまったからな。さすがに高等魔法はまだだけど、内容を理解してはいるらしい。まったく、変なヤツだよ」
「ふーん、確かに変わってるな。あ、今の魔法をメグちゃんに見せてやったらどうだ?きっと喜ぶんじゃないか?」
デッシュの提案に、ジョーはなぜか渋い顔をした。
「いや・・・それはやめておく。あいつ黒魔法苦手だから。とくに火がだめなんだ」
ジン戦のときを思い出しながら答えた。彼女の炎や黒魔法に対する嫌悪感は昔に比べれば大分マシになったほうで、煮炊きをしたり暖炉や焚き火に当たったりは平気らしいが、ユウたちが黒魔法を使うのを見ると、硬直はしないまでも顔を強張らせることがある。だから、戦闘など必要なとき以外はメグに黒魔法を見せないようにしよう、とユウとふたりで決めておいたのだ。
「・・・なんだか深いわけがありそうだから、突っ込んでは聞かないことにするけど・・・随分あの娘のことを気遣ってるんだな。もしかして惚れてる?」
デッシュの唐突な質問に、ジョーは一瞬キョトンとした表情をしたが、すぐ否定した。
「はあ?ちょっと気遣うくらいで、何でそんな発想が出来るんだ。残念だけど、何とも思っちゃいねえよ。まあ、おまえみたいなヤツには、女に惚れないなんて考えられないだろうけどな」
「当たり前だろ、世の中は男と女しかいないんだから。惚れるというのは自然の理みたいなもんだ。惚れた相手と結ばれ、人生をともに歩み子孫を残すのは、生きとし生きる者に課せられた大切な使命でもあるのだぞ?」
演説ぶった口調で言うデッシュを見ながらジョーはため息をついた。
「おまえに言われたってな・・・ユウならまだわかるけどさ」
「え、ユウも誰かに惚れてるのか?」
「厳密に言えば、『惚れていた』だな。ああ見えて三年くらい前に大恋愛をしたんだ。まあ、色々あって別れちまったけどな」
この言葉に、デッシュはわかりやすい反応を示した。
「へえ、固そうに見えて結構やるんだな。相手は?」
「それくらいは言ってもいいか。年上でな・・・」
ジョーが言いかけたとき、横から大きな咳払いの音がした。反射的に顔を向けると、そこにはまさに噂の張本人が立っていて、ふたりをにらみつけていた。デッシュが慌てて取り繕うように、
「やあ、ユウくん、おはよう。気持ちのいい朝だね」
と言ったがもちろん通じない。ユウは冷めた表情で、
「誤魔化すな。おまえらは人の噂をするだけのために早起きしたのか?いい趣味だな。・・・朝食が出来ているからさっさと来いよ」
必要なことだけ言うとさっさと背を向けた。ユウについて行くようにふたりは歩き出したが、
「さっきの話、今度聞かせろよな」
デッシュはジョーに、こっそり耳打ちするのを忘れなかった。
