三人が名前と身分を明かした後、ユウは本題に入った。
「ジンを封印するためには、ミスリルの指輪が必要と聞きました。それをお借りしたいのです。だからここはおれたちに任せて、あなたはお戻り下さい。王様が心配しておられました」
 それを聞くとサラはため息をついてまくしたてるように、
「お父様がそう言ってたの?でもあたし、ジンを封印するまでは絶対帰らない、そう決めたのよ!だって、あたしがやらないと、みんなずっとあの姿のままなんだもの!だから行く!」
「だめだ、危険すぎる!そもそも、あんたひとりでここまで来られたこと自体奇跡みたいなものだろうが!それがわからないのか!?」
 ここまで言って、ジョーはふとあることに気づいた。
「そういえば、あんたは城を出てから何やっていたんだ?」
 サスーン城から徒歩では約一日。単純計算すれば、三日前にはここに到着していたことになる。メグが素早くそれを悟って、
「もしかして、三日間ずっとここにいたんですか?よくご無事で・・・」
「違うの。迷ってたのよ」
 サラはあっさりと言った。意気込んで城を出発したまではいいが道に迷ってしまい、やっと洞窟にたどり着いたのは今日の明け方――つまり、ユウたちが着く直前だったのだ。その後は、出くわした死霊を倒しつつ(迷わずに)進んでいたが、死霊の大群が徘徊していて動きがとれなくなっていた。そのとき、地下墓地のほうから飛び出してきた光が死霊を消し去ってしまった。不審に思い戻ってみると、ユウたちがいたというわけだった。
三人は、その事実になんともいえない表情を作った。もし迷わず洞窟に着いていれば、今頃死霊かジンの餌食になっていたかもしれない。そういう意味では不幸中の幸いと言うべきか・・・。
「こう見えても、昔から運はいいのよ」
「いや、そういう問題じゃないだろうが・・・おい、どうする?このお姫さん、てこでも動く気はないようだぜ」
 ジョーはユウに意見を求めた。
「それは・・・」
 ユウは考えた。ミスリルの指輪がなければジンは封印できない。その指輪の持ち主であるサラは城に戻る気は毛頭ない。無理やり指輪を取り上げるという手もあるが、それはさすがに抵抗があるし、監獄行きは確実だろう。――少しして、ユウは顔を上げた。そして、
「それでは、ジンを封印するまでおれたちに同行していただけませんか?ただし、絶対に離れないでください。これが条件です」
 その言葉を聞いてサラの顔がぱっと輝いた。
「ありがとう!じゃ、行きましょ。あ、そうそう、あたしがサスーン王女だからって、敬語使うのやめてよ。サラでいいから」
「やれやれ・・・」
 ユウたちは、呆れたような顔をしてサラを見た。

 サラを仲間に加えた三人は、さらに進んでいった。先ほどの浄化魔法が効を奏したのか、その後魔物に遭遇することはなかった。
歩を進めるにつれ、汗が額を流れ落ちるのは緊張のためだけではなかった。はっきりと熱気を感じるのだ。そしてそれはどんどん強くなっていった。
「そろそろ、ジンのいる『祭壇の間』につくはずよ」
 サラが三人に、囁くような声で言った、そのときだった。
「フフフフッ」
 不気味な含み笑いが壁に反響して響きわたった。
「どっちにいるんだ!?」
 ユウは左右の道を見渡した。
「右だ!」
 じっと耳を済ましていたジョーが叫んだ。彼の聴覚は、人一倍鋭いのだ。
 最初に駆け出したのはサラだった。走りながら、はめていた指輪を引き抜く。
「待って!」
 三人が慌ててその後を追うが、サラは駿足で、すぐにその姿は見えなくなった。
「くそ、離れるなって言ったのに・・・!」
 が、先が一本道だったのが幸いだった。そして三人が開け放たれた扉を見つけたとき、
「きゃああっ!」
 部屋の中からサラの悲鳴が聞こえてきた。
 急ぎ飛び込むと、入り口近くにサラが倒れていた。ミスリルの指輪は、彼女より少し離れたところに落ちている。そして、部屋の中心部には石造りの祭壇が置かれてあり、その上から精霊ジンが四人を見下ろしていた。
「大丈夫!?」
 メグが駆け寄ると、サラはすすけた顔をあげて悔しそうに呟いた。
「指輪の力が効かなかった・・・なんで・・・!?」
 ジンはあざ笑うように、
「ふふん、そんなオモチャで余を封印できるとでも思っていたのか!?余には闇の力があるのだ、ミスリルごとき何でもないわ!」
「やっぱり、闇の力が・・・」
 ユウが言いかけたとき、ジョーが飛び出し、敢然と突っ込んだ。
「バカめ!」
 格好の獲物となったジョーに、ジンが炎の玉を吐きかける。と、ジョーは炎の一歩手前で大きく跳躍し、当惑するジンの顔面に、強烈なとび蹴りを食らわせた。サラと合流後、モンクになっていたのだ。
「ぐ・・・っ」
 ジンは呻き、よろけた。続いてユウの剣が一閃し、精霊の足を傷つけた。血しぶきが上がる。
「・・・このガキめ!」
 立ち直ったジンは、連続してふたつの火球を吐き出した。
「うわああっ!」
不意をつかれ、火球の直撃を受けたユウとジョーはまともに床に叩きつけられた。
「ユウ!ジョー!」
 サラを後ろに下がらせたメグは、火傷を負いながらも攻撃を再開したユウたちに向けケアルをかけた。暖かな白色光が身体を包み込み、傷を癒す。それを見て、ジンは激昂した。
「小娘が・・・」
その気迫に、ユウははっとなった。ジンはメグに狙いをつけ、いちだんと大きな火球を放った。迫ってくる炎を映した青い瞳が大きく見開かれ、硬直したようにその場に立ち尽くしてしまう。頭の中を、様々な声の様々な台詞が飛び交う。
 ――魔女だ、こいつは魔女だ!――
 ――恐えよ、こんなヤツの近くになんていたくないよ!――
 ――バケモノめ!――
「何してるの、早く逃げなさい!」
 サラが叫んだが、メグは呆然としたまま微動だにしなかった。直後に火球が破裂する轟音が響き渡り、メグの姿が火の海に遮られて見えなくなる。
「これでひとり・・・」
「メグ・・・メグッ!」
 勝利を確信したジンの声も耳に届かないユウは、メグの名を叫んで――横にいるはずのジョーの姿がないことに気づいた。と、炎の幕をぶった切るように現れた無数の氷粒がジンを襲った。
「ぐがああっ!」
 ジンの悲鳴に我に返ったユウは振り返った。氷をまともに浴びたジンの胴の一部分が、完全に凍りついている。それを見たユウは、考えるより先に行動に移していた。
「覚悟っ!」
 狙いたがわず、凍りついた部分を突き刺した。やわらかい肉が氷で覆われ、かえって攻撃しやすくなったのだ。
「グオッ・・・」
 剣から鮮血がしぶき、ジンの巨体が崩れ落ちる。ユウが苦々しい顔で剣を鞘におさめたとき、
「ジョー!しっかりして、ジョー!」
 後方からメグの悲鳴のような声が聞こえてきた。
「メグ!?」
 振り向くと、背中に大火傷を負ってうつぶせに倒れているジョーに、メグが泣きそうな顔でケアルをかけていた。駆け寄り、メグのそばに座っているサラに、
「サラ・・・何があったんだ?」
「よくわからないけど・・・炎が収まったときには、メグをかばうように抱いたジョーが倒れていたの・・・」
「ジョーが・・・わたしをかばって・・・火傷したのに、『南極の風』を使ったのよ・・・」
 取り乱しているメグの話を要約すると、炎に包まれる直前、ジョーはメグの身体を抱いて床を転がろうとした。直撃は避けられたものの、飛び散った無数の火の粉と小さな火球は火傷を負わせるには十分だった。それでも必死に革袋を探って、ひとつだけ残っていた南極の風を取り出すと、倒れたままの体勢で使ったのだ。
「そうだったのか・・・」
 ユウが呟いている間にも、メグは繰り返しケアルの魔法をかけていた。その甲斐あって、ジョーの火傷はかなり治っていた。
「もう大丈夫だろう。次のケアルは自分に使え」
 ユウは、更に魔法を使おうとするメグの腕をつかんで止めさせた。メグも、ジョーほどではないが火傷を負っているのだ。と、
「おのれ・・だがこのままでは終わらんぞ。余には闇の力が・・・」
 祭壇のほうから声がした。胴の傷を押さえ、ジンが立ち上がろうとしている。だが、先ほどと比べると、明らかに力は弱まっている。ユウはサラに向き直り、
「サラ!」
 サラは頷き、ミスリルの指輪を高く掲げた。それに反応するかのように、指輪の放つ光が増す。そして、
「愚昧なる精霊に、ふさわしき粛清を!」
サラの呼びかけに呼応するかのように、指輪はいちだんと目映い光を放ち、ジンを包み込む。
「ぐわあああ!そ、そんなバカなああ!・・・さまあーっ!」
 悪しき精霊は、霧のように空間にとけて消えていった・・・。ユウとサラが安堵のため息をついたとき、
「お、おい・・・やったのか?」
 というジョーの声がした。彼のそばには、力を使い果たしたメグが倒れている。背中の傷はきれいに消えていた。
「ええ、終わったわよ・・・」
 サラが指輪を見せて微笑むと、ジョーは目を閉じて眠りについた。
「さて帰るか。問題はこのふたりだが・・・サラ、メグを任せてもいいか?ああ、こいつ軽いからなんとかなると思うよ」
「そんなことする必要はないわ。この指輪には、転移する力も含まれているのよ。これでサスーン城に戻りましょう」
 サラがそう言い終わると同時、まわりの景色がぐらぐらと揺れ始めた。揺れはだんだん大きくなり、やがて視界は闇と化した。