翌朝。ユウたちは闇の口を開ける、封印の洞窟に到着した。サスーン王の言葉どおり、そこは死霊の巣窟と化していた。全身に包帯を巻きつけた者や、身体がドロドロに腐乱した者、先ほど戦ったスケルトンと同じく、さびた甲冑と剣を持った骸骨たちが三人に迫ってきた。
「うひゃ・・・」
 悪臭に顔をしかめながらも、ユウはワイトスレイヤーを、ジョーはファイアの魔法を使って、亡者をもとの世界に帰していく。浄化の光を浴びた死霊たちが次々に消滅していくたびに、ユウの頭の中には走馬灯のように、亡者の過去や最期の瞬間が浮かんでは消えるのだった。また、そのほとんどが、不本意な死を迎えていた。
「くそ、キリがねえ!」
 ジョーは愚痴をこぼしながら、新たに現れた死霊の群れにファイアの炎を浴びせかけた。乾いた包帯がいっせいに燃え上がり、爆発するような勢いで群れを包み込む。と、炎を免れた骸骨戦士が素早い動きでジョーに切りかかってきた。
「わあっ!」
 ジョーは咄嗟にまわし蹴りを食らわせた。だが、黒魔道師になったせいで力が落ちていたのか、骸骨は何事もなかったかのように更に迫り、ジョーは思わず目をつぶった。
「ジョー!」
 ユウが駆け寄ろうとしたとき、横から飛んできた白い光が骸骨を包んだ。今しもジョーの胸に突き刺さろうとしていた剣が地面に落ち、骸骨はその場に崩れ落ちて一握りの灰となってしまった。光の飛んできたほうに目をやると、杖を構えた姿勢のままのメグがいた。
「メグ、今のは?見たところ、ケアルみたいだったが・・・」
 我に返ったユウが、メグに訊ねた。
「そうよ。ケアルは、生きてる人には回復の効果があるけど、死霊を浄化する力もあるの。・・・実はついさっき思い出したんだけど」
「どうせなら、もっと早く思い出して欲しかったけどな・・・てっ!」
 ぼそっと本音を言ったジョーの背中に、ユウの拳がドスンとぶち当たった。
「どうしたの、どこか怪我した?」
「大したことない。石が背中に当たっただけみたいだから」
 「黙っておけ」と言わんばかりにジョーを思い切りにらみつけておいて、ユウが代わりに答えた。
「行くぞ」
 明らかに人の手が加わっている階段をおりると、その空間には一面地下墓地が広がっていた。だが、墓標はことごとく破壊され、地面は穴だらけで見るも無残だった。ユウがかがみこんで墓標を調べながら、
「そうか・・・さっきの死霊どもの正体は、ここに埋葬された人たちだったんだな。何者かが闇の力で無理やり蘇らせて利用したんだ。多分、あいつも・・・」
 昨日倒したスケルトンを思い出しながら呟いた。メグもそれを聞いて何かを考えていたが、
「ねえユウ・・・今更遅いかもしれないけど・・・」
 と言いかけたときだった。突然墓標の下の地面が盛り上がり、飛び出してきた手がユウの首をつかんだ。
「うわああっ!?」
 ユウが驚いて後ろにひっくり返ると、地面が更に大きく盛り上がって、全身が腐乱した死霊が姿を現した。そのままのしかかるようにしてユウの首をしめつける。
「ユウッ!」
 ジョーは即座にファイアの魔法をかけようとした。
「ま、待って、だめよっ!」
 メグが慌てて止めた。今の状態でファイアを使ったら、死霊の下にいるユウも無傷ではすまない。メグはケアルの魔法を使おうとした。と、「は、離せーっ!」
 ユウは首を絞められながらも、足を振り上げて死霊を思い切り蹴飛ばした。ぐじゃっ、という嫌な感触とともに首にかかった手が緩んだ、その機会を逃さなかった。地面を転がりながらワイトスレイヤーを抜き、一気に死霊に突き立てたのだ。死霊が消え去るのと同時に、頭の中に記憶が流れ込んできた。
 その死霊は、大洪水で死んだ男が蘇ったものだった。一番ユウの印象に残ったのは、その男が、イカダにすがりつこうとする男を涙ながらに振り払った光景だった。その直後に襲ってきた津波に飲まれて生命を落としたのだ。振り払われた男は、スケルトンを倒したときに見た男に相違なかった。
 ここにいたのか・・・。とユウが思ったとき、
「おい、ユウッ!」
 ジョーに肩を強く揺すられた。メグも心配そうな表情で自分を見ている。
「正気だったのか。ボーっとしてたから、また気絶したんじゃないかと思ってたぜ・・・」
 ユウは首をふると、
「大丈夫だよ。いきなりのことで、少しばかり混乱していただけだ。・・・それよりメグ、さっき何を言おうとしたんだ?」
「え?ああ、この場所を清めたほうがいいんじゃないかなと思って。たとえ身体がなくなっても、まだ魂はここをさまよってるかもしれないし・・・」
 ジョーは一瞬あっけに取られたような顔をしたが、
「清めるって・・・まさか墓を作り直すというのか?そんな暇、オレたちにあるわけないだろう!」
「ケアルを使うだけよ、すぐすむわ。だから、ユウ・・・」
 ユウは許可するように頷いてみせた。メグはそれを確認すると墓地の中心部に移動する。座り込んで両手を組むと、目を閉じて詠唱を始めた。
「浄めの光よ、安らぎの雨となりて降り注ぎたまえ。迷える魂に永き眠りあらんことを・・・」
 メグの身体が淡い白に輝き始めた。白光は薄絹のように空間を舞い、天井に向かって立ちのぼり消えていく。それと同時に、あたりに立ち込めているべっとりとした重い空気が、澄んだものに癒されていくように思えた。
 ユウとジョーはしばしぼんやりとして、その様子を見ていた。そのときだった。
「あなたたち、一体何者なの!?」
 奥のほうから、武闘着を着た女性が走ってきた。
「キャッ!」
 その拍子に、メグの身体を包んでいた光が消失する。三人は女性のほうに目を向けた。
 二十歳前後と見られる女性だった。背丈は、ジョーより少し低いくらい。肌は健康そうに日焼けしていて、艶やかな薄紫色の髪を後ろでまとめている。化粧っけはないが、気品のある顔は生気に満ちていた。手には皮を巻きつけて作られた鞭を持っている。そして右手の中指には、珊瑚色の玉を飾った銀の指輪が填められていた。
「もしかして、サスーンのサラ姫ですか?」
「ええ、もしかしなくてもそうよ。で、あなたたちは?」
 メグの問いに、女性――サスーン王女サラは、怪訝な顔をしてユウたちを見た。