残るは二匹。最前自分を刺したキラービーと、メグを捕らえていたウェアウルフだ。
「・・・逃げるのは今のうちだぞ。さっきは油断してしまったが、おれがおまえらを倒すことなんざ赤子の手をひねるようなものなんだからな!」
 ユウは余裕しゃくしゃくといった表情で笑みすら浮かべ、先ほどスケルトンに言われたことをそっくりそのまま返してみせた。
 だが、実はこの態度はただのハッタリだった。敵をあざむくのに逃げるフリをしたとき、錯乱したように見せかけるため毒を受けたままの状態で走り続けた。それだけでかなり体力を消耗してしまったのだ。だが、ユウは逃げる気など毛頭なかった。いざとなれば刺し違えることも厭わないつもりだった。
 ユウは昨夜のことを思い出しながら、何とかメグだけでも助けようと決意していた。
 一方、予期せぬ事態に魔物たちはうろたえた様子を見せていたが、気を取り直したように突進してきた。ユウが剣を構えなおす。そのとき、突然あたりを強風が襲った。
「うわあっ!?」
 頭上から叩きつけてくる風に魔物たちが吹っ飛ぶ。ユウは右腕を近くの木にしっかりと巻きつけ、左腕でメグを抱え込むようにした。目を細めながら顔を上に向ける。そこに見えたものは、
「船が・・・飛んでる!?」
 白い船体と帆柱。「小型船」としか形容できないものがそこにあった。船との決定的な違いは、プロペラがまわりについていることと、空を飛んでいるということだった。
「もしかして、『飛空艇』ってヤツか・・・?本当にあったんだ・・・」
 ユウは、なんとか冷静さを取り戻すべく、小さいとき読んだ絵本の内容を思い出そうとしていた。そんなユウの目の前で、飛空艇はゆっくりと地面におりる。ほぼ同時に船室の扉を開けて甲板に飛び出してきたのは――。
「ジョー!」
 別れて行動していたのはほんの一日半ほどなのに、随分久しぶりに思えてしまう。
「よっ」
 ジョーは、地上のユウに向けて軽く右手を挙げてみせると、助走をつけてへさきから一気に飛び降りた。そのまま、まだ呆然としていたウェアウルフに強烈な飛び蹴りを食らわせる。
「グゲアアーッ!」
 ウェアウルフは不気味な悲鳴を残し、あっという間に消え去ってしまった。蹴りで勢いを殺してうまく着地したジョーは、立ち止まることなくユウたちのもとに駆け寄った。
「悪りい、遅くなって。メグは大丈夫か?」
 あれだけ動き回ったにも関わらず、息ひとつ乱れていない。
「ああ。それより、その船は・・・」
 と言いかけたとき、ジョーの背後にキラービーが突進してきた。ユウがはっとなって、
「危ないっ!」
 と叫ぶのとほぼ同時に、振り向いたジョーが右手を突き出して叫んでいた。
「裁かれよ、ファイア!」
 ジョーの手のひらから一筋の炎の帯が生まれ、キラービーを襲った。直撃こそ免れたが、羽を無残に焼かれた魔物は地面に落下し、ジタバタともがいた。が、その動きは胴体に突き刺さったユウの剣によって阻められた。
「やばいな・・魔物の気配がする。船に乗れ、詳しい説明はそれからだ」
 ユウたちが飛空艇に乗り込んだときには、先ほどの轟音に反応したのか、数十匹の魔物の群れが集まってきていた。ジョーが操縦室に素早く飛び込み、操縦桿の前に立つ。その間にも、何匹かの魔物たちが船に飛びついて這い上がろうとする。         
「しつこいんだよっ!」
 ユウは剣をふるい、蹴落とし、必死に応戦した。と、
 ズゥゥン!船体に強い衝撃が走った。その拍子にバランスを崩した魔物たちが外に落ちていく。そして、飛空艇は上昇を始めた。
 地面が遠ざかっていくのを見届けると、ユウはほっとして甲板に座り込んだ。強い風が一気に吹きぬけ、汗がひいていく。
 しばらくして息切れがおさまると、ユウはメグを寝かせた船室に入っていった。

「落石?」
 ユウは聞き返した。「それはいつだった?」
 飛空艇の船室で、ユウとジョーは別れてからの出来事を話し合っていた。部屋のベッドには、頭と首に包帯を巻かれたメグが眠っている。
 サスーンにもカズスと同じ呪いがかけられていたこと、サラ姫がジンを追って城を出たこと、ジンが封印の洞窟にいることをユウが話すと、今度はジョーが話しはじめた。
「昨夜。大分遅かったが、せっかく谷に着いたんだから先に越えちまおうとしたら、いきなり上から特大の岩が降ってきて・・・あと少し逃げるのが遅れていたら確実に下敷きになってたな。ありゃ絶対魔物の仕業だ」
 それを聞いて、ユウは昨夜の地震を思い出した。あの揺れは落石のせいだったのか・・・。
「で、仕方ないからオレたちはカズスに戻った。そこであのじいさんに会ったのさ」

「おまえさんかい、ジンを封印しに行くってのは」
 落胆してカズスに戻ったジョーとアルベルトを待ち受けていたのは、老人の声を発する白線だった。一度聞いたら忘れられない特徴的な声だ。
「そうだけど・・・あんたは?そんな声、カズスの住人にはいなかったような気がするが・・・」
「そうじゃ。わしはシド・ヘイズ。カナーンから来たんじゃ」
「ふーん。で、そのシドさんがオレに何の用だい?」
「話せばちと長くなるんでな、とりあえず宿屋に行こう。詳しいことはそれからじゃ」
 ジョーとシドは、やはり街に入りたがらないアルベルトを残して宿に向かった。

 宿の卓につくと、シドは経緯を話し出した。要略すると、シドは旧友タカに会いに、数日前カズスにやってきた。昔話に花が咲き、そのまま宿に泊まった。が、朝になってみればこの姿。帰るに帰れず困り果てていたところに、ユウたちが宿を訪れたので、タカとの会話をこっそり聞いていた。そして、ジンの呪いをといてくれると約束するなら、自分が使っている飛空艇を貸してやってもいいという。
「わしの飛空艇なら、サスーンなんてあっという間じゃぞ!」
 得意げに言うシドに、ジョーは疑問をぶつけた。
「あんた、タカじいさんとオレたちの会話を聞いてたんだろ?だったら何でそのときに出てこなかったんだ?」
「あのときはいまいち信用できなかったんじゃよ。おまえさんたちのような子供にジンがどうにかなるわけないと思ってたし、この姿を見て気絶してしまった軟弱者もいたことだし・・・」
 それを聞いて、ジョーは昨日のことを思い出して頭を抱えた。
「あいつのせいか・・・!わかったよ、ジンは必ず倒してみせる。だから・・・」
「よし、じゃ西の砂漠に行け。飛空艇はそこにある。操縦の仕方は・・・」
 そのあと、シドから操縦の仕方やコツを簡単に教えてもらい、夜明けを待って飛空艇で出発した。そしてサスーンに向かう途中、魔物と対峙するユウを発見したのだった。

「それにしても、間に合ってよかったよ。メグは倒れてるし、おまえは足元がおぼつかなくていかにもやばそうな雰囲気だったしな」
「確かに・・・正直おれひとりじゃどうにもならなかった。助かったよ、命の恩人!」
 ユウは笑いながらジョーの肩を強めに叩いた。
「ウッ・・・」
 途端にジョーが顔をしかめて呻く。ユウは何かに気づいたように、無理やりジョーの上着を捲り上げた。胸に薬草をはさみこんだ布が巻きつけてある。訊いてみると、諦めたように答えた。
「谷からカズスに戻る途中、ウェアウルフの群れに襲われたんだよ。思い切りぶっ飛ばされて・・・どうやらアバラにひびが入ったらしい。薬草も気休め程度ってだけだ。左腕もロクに動かねえしな」
 言いながら、だらりと下がった左腕を見せた。そのときになって、ユウは初めて、先の戦いでジョーが左腕を使わなかったことに気づいた。だから黒魔道師になっていたのだ。
「アルベルトに背負ってもらって、なんとかカズスまで帰れたんだ」
「そうか・・・じゃあ、カナーンに行ける方法を考えないとな。ジンを封印してからの話だけど・・・」
「ああ、絶対成功させようぜ!」
 と新たに決意したとき、ベッドからふたりを呼ぶ声がした。メグが目を覚ましたのだ。首がまだ痛むらしく掠れた声で、
「ジョー・・・無事だったのね、よかった・・・ユウも、戻ってきてくれたのね・・・信じてたよ・・・」
「当たり前だ。仲間を見捨てるなんて真似は死んでもしないよ」
「オレは死なないように出来てるんだよ」
 メグは、ジョーの左腕の状態に気づくと、
「でも・・・ジョー怪我してるじゃない。今治すわ・・・」
 咳をしながら身を起こそうとするが、ユウとジョーに止められた。
「そんな身体で白魔法が使えるか!おまえのほうが先だ、たまには自分を大事にしろ!」
「それに、精神集中だってまともに出来ないに決まってる!明日でいい、明日で!・・・今回、魔法を使うのがいかに大変だってことを思い知らされたよ。それだけじゃない・・・」
 ジョーは暗い表情で唇をかんだ。
「オレは自分の力を過信していた。クリスタルの力さえあればすべてうまくいく・・・そう思ってたよ」
「それはおれだって一緒だ。やっぱり、おれたちは三人揃ってなきゃだめということなんだ、いい勉強になったよ。特に今は未熟もいいところだしな。だからよほどのことがない限り、離れるのはやめにしよう」
「そうだね・・・。だから、これからもよろしくね・・・」
 ユウとジョーは頷き、メグが伸ばした右手に、自分の右手を重ねて、笑顔を作ってみせた。
 外は既に夜が訪れていた――。