「貴様、ジンの手先か!?」
 ユウが語気するどく問いかけた。スケルトンは骨と骨がぶつかる、カラカラと耳障りな音をたてて笑うと、
「ジン?そんな奴に仕えるほど余は愚かではない。あんな精霊風情と一緒にされるのは迷惑な話だな」
 その言葉を聞いて、メグは昨夜ユウと交わした会話を思い出した。
「まさか、闇の力を呼び出した・・・」

「お喋りは終わりだっ!かかれっ!」
 メグの言葉を遮るように、魔物が襲い掛かってきた。
「メグ、これを使え!」
 ユウは真っ先に飛びかかってきたゴブリンを一息に切り倒し、枝を切るための短剣をメグに放った。間髪をいれずにバーサーカーが斧を構えて突っ込んでくる。
「くそっ!」
 ユウは咄嗟にメグを突き飛ばして斧の攻撃をかいくぐると、隙を見て左手首を思い切り蹴り上げた。バーサーカーはたまらず大型の盾を落とす。素早く地面に伏せてそれを拾い上げると、
「とっとと眠れっ!」
 盾を勢いよく顔面めがけて突き出した。ガン、という重い音とともに、バーサーカーの体躯が倒れる。あとはとどめをさすだけだった。そしてユウが魔物の胸に突き刺さった剣を引き抜いたとき、メグの悲鳴があがった。
「キャーッ!」
「メグッ!?」
 弾かれたように顔を上げるユウの目に、ウェアウルフに首を絞められているメグの姿が映った。慌てて駆け寄ろうとしたとき左腕を鋭い衝撃が襲い、
「うわああっ!?」
 もんどりうって倒れこんだ。衝撃が薄れるにつれて痛みが腕を支配し、その次に激しい痺れがやってくる。振り返ると、キラービーが勝ち誇ったような表情で宙に浮いていた。その身体からユウの血がついた毒針が突き出していた。毒に侵されてしまったのだ。
「うっ・・・」
 痛みをこらえながら毒消しを探そうとして――。
「しまった!」
 気づいた。回復用の道具はジョーと別れる際、「白魔法が使えないんだから余分に持っておいたほうがいい」と、少しの薬草を除いて全部渡してしまっていたのだ。薬草には解毒効果はないので、使ってもあまり意味がなかった。
 治療を諦めたユウは、剣を杖代わりにして立ち上がった。それを見たスケルトンは、
「ほう・・・まだ立つ力が残っていたか」
「メグを離せ」
「光の戦士よ・・・冷静に考えてみるがいい。そんな身体で我らに勝てると思うか?仲間を見捨てて逃げたほうが得策に決まっているじゃないか。今のうちなら見逃してやってもいいぞ。おまえひとりが逃げて生き延びるのと、ふたりともここで死ぬのと、どちらを選ぶ?・・・そうだ、今逃げるなら、こいつをやるぞ」
 ユウの足元に、スケルトンが放った毒消しが落ちてきた。
「言っておくがバカな真似はするなよ。小娘ひとりの首をへし折るなんて他愛ないことなのだからな」
 ユウはメグを見た。その視線に気づいたメグは顔を横に向けると、必死に叫んだ。
「ユウ・・・わたしに構わないで、早く逃げて・・・!うっ・・・!」
 余計な口をきくなとばかりに、ウェアウルフはメグの首を絞める手に力をこめた。メグの顔が青ざめる。
・・・」
 ユウは無言のまま、足元の毒消しとメグを交互に見た。毒のせいか、緊張と焦燥のせいか、額は冷や汗でびっしょりだ。沈黙が少しの間続いたあと、ユウはついに行動を起こした。
「メグ、許してくれ・・・おれはまだ死にたくないんだよ!」
 叫ぶなり、ユウは毒消しを引っつかむと、そのまま走り去ってしまった。

ユウ・・・」
 ユウの姿が見えなくなると、メグは涙をこぼした。それを見たスケルトンがせせら笑うように、
「仲間に見捨てられた気分はどうだ?光の戦士といっても、所詮は人間。自分のことしか考えていない弱い生き物でしかなかったということだ。ああ心配するな、おまえはすぐ楽にしてやるから・・・ぬっ!?」
 スケルトンはメグの表情を見て驚愕した。彼女が微笑んでいたからだった。見捨てられた悲しみや息苦しさで泣いていたのではなかったのだ。
「何がおかしい!?気がふれたのか!?」
「安心したのよ・・・ユウさえ無事なら・・・それでいいんだもの・・・ここでわたしが死んでも・・・ユウとジョーは生きている・・・それはまだ、希望が残っているということよ・・・」
 予想外の返答にスケルトンは動揺を隠せなかった。思わずメグの肩をつかんで揺さぶり、
「な、何だと!?自分さえよければいいと逃げた腰抜けに希望を託すというのか!?正気で言っているのか!?」
 メグはキッとスケルトンを見返すと、凛とした声で言った。
「信じるわ・・・!」
「ほざけ!」
 スケルトンは剣の柄で、メグの頭を殴りつけた。
うっ・・・」
 その身体がぐったりと弛緩するのを見て、ウェアウルフはメグを地面に放り投げた。
「・・・何が信じる、だ。おまえはお人よしを通り越しておめでたいだけだ!今それを思い知らせてやる!」
 スケルトンは気絶したメグに近づき、剣を振り上げた。
 だが、その動きは背中に刺さった細身の長剣によって阻められた。骨だけの手が力なくさがり、剣が落ちる。振り返ってみて、初めて魔物はメグの言葉の意味を知った。
 そこにはユウがいた。逃げたフリをして魔物の後方に移動したユウが、ワイトスレイヤーを投げつけたのだった。
「そんな・・・なぜ、戻ってきたんだ・・・?」
 ユウは答えた。
「ふたりとも生き延びるのが一番いいからさ・・・」
 突き刺さったままのワイトスレイヤーが浄化の光を放った。その光がスケルトンを包み込むと、魔物の姿は若い男の姿に変わった。と同時に、驚くユウの頭の中に男の中の記憶が流れ込んできた。

 遥か昔、大規模な洪水が世界を襲ったことがあった。溺れた男は、運良く通りかかったイカダに乗っていた親友に助けを求めてすがりついた。だが、イカダが沈むのを恐れた親友はその手を振り払って行ってしまい、男は絶望の津波に飲み込まれて死んでいった。彼こそがスケルトンの正体だったのだ。
おまえの身に、そんなことが・・・」
 ユウはその光景を呆然と見ていたが、我に返ると急いでメグのもとに駆けつけた。傷の状態を確かめ、安堵のため息をつく。と、男の声が聞こえた。
信じるというのはこういうことだったのだな。思えば、あいつもきっと辛かったのだろう・・・ありがとう、それに気づかせてくれて・・・ぼくはあいつを許そうと思う・・・」
 言い終わると同時に光も男も弾けるように消え、務めを果たしたワイトスレイヤーが空に孤を描き、ひとりでにユウの手元に戻った。ユウはメグをかばうように立つと、残った魔物をにらみつけた。