「地震だっ!」
 その日の深夜、大木の下で休息をとっていたユウとメグは、突然襲ってきた揺れに飛び起きた。ユウはそばに置いてあった剣をつかむのを忘れなかった。
 息をひそめ、しばらくあたりの気配を伺っていたが、魔物が襲ってくる様子はなかった。
「ふう・・・」
 ユウは剣を鞘にしまうと、額の汗を拭った。メグが近寄ってきて、
「ねえ、今のはどう思う?ただの地震だったのかしら?」
「だと思うが・・・気にはなるな。取り越し苦労ならいいが・・・」
 ふたりは腰をおろした。ふとメグが思い出したように訊いた。
「ねえ、ジンが復活したことと、クリスタルが言っていた『闇の力が世界を覆いつくそうとしていること』とは関係あると思う?」
 ユウは頷き、
「ああ。魔物が出てきたのもジンの封印がとけたのも、あの大地震がきっかけだった。これをただの偶然で片付けてしまうのはどうにもすっきりしない。・・・いや、これらのことが起こった要因は他にありそうな気がするんだ。そもそも、普通の地震程度で封印の力が弱まるとも思えないしな。実はあれも闇の力が働いていたのかもしれない」
 メグは少し考える仕草をしてみせ、
「ということは・・・あの大地震は、闇の力が来た合図みたいなものだったってこと?」
「そう考えたほうがいいかもな。問題は、なぜ闇の力がこの世界に現れたかということだ。まあ、何らかの意図があったということだけは断言していい。・・・おい、寝直そうぜ。早めに城に行きたいし、魔物が出ても寝不足の状態じゃ、ろくに戦えないぞ」
「そうだけど・・・なんだか目が冴えちゃったよ」
 ユウは構わず横になった。
「目つぶってりゃそのうち眠れるさ。考えごとはしないほうがいい。・・・だからジョーはすぐに寝られるんだろうな」
「ジョー・・・今頃どうしてるのかな。大丈夫かしら・・・。やっぱりひとりは危ないよ・・・」
 ユウは身を起こし、からかうように言った。
「なんだ、随分あいつを心配するんだな。あ、そういえば別れた後も、十秒に一度の割合で振り返っていたな。今にも首を痛めそうだったから、後ろ歩きを勧めようかと思ったくらいだ。そんなに気になるのか、あいつのこと?」
 この質問に、メグはあからさまに動揺した。弱い月明かりの下でもはっきりわかるくらい赤面していたのだ。一瞬にして高熱を出したようにも見えた。
「べ、別にそんなんじゃないわよ!旅に出てから別々になるのって初めてだから、単に不安なだけよ!ほら、やっぱりわたしたちは光の戦士だから、ひとりやふたりより三人揃っていたほうがずっと強いわけでしょ?だ、だからつまり、わたしが言いたいのはね・・・」
 自分の感情をごまかすため、しどろもどろになりながらまくしたてるメグの前に、ユウは薬草の煎じ薬を差し出した。
「わかったわかった。変なことを訊いたおれが悪かったよ。これは鎮静効果のある薬だ、飲んでおけ。そんなに興奮してちゃ眠れないだろ」
 メグは言われたとおり、やや辛そうな表情で薬を飲んだ。そして数分後には、安らかな寝息をたてていた。

 サスーンに到着したのは、翌日の昼前のことだった。城門の前に立ってみたが、カズスと同じく人の気配は感じられなかった。それでも城が破壊された形跡はなく、血の臭いもしないことから、ジンに呪いをかけられた可能性は濃厚だった。
 カズスのときとは違い、中にいることがわかっているからか、ユウはためらわずに城門を開けた。と、奥のほうからけたたましい足音が聞こえ、幽霊になっていない兵士が姿を現した。ふたりがそのことに驚いていると、いきなり剣が突きつけられた。
「何者だ!?」
 その声を聞きつけたのか、兵士らしき集団が集まってきた。こちらはちゃんと――というのも変だが、幽霊にされていた。
「あ、あの、わたしたちはサラ姫さまが持っている、ミスリルの指輪を借りに・・・」
「ミスリルの指輪だと!?おまえたち、なぜそれを知っている!さては城の宝を狙った盗賊だな!?この私が直々に成敗してやる!」
 呪われていない兵士が剣を構えなおした。すると、集団の中のひとりが叫んだ。
「よせ、その者たちを謁見の間に通すのだ!これは陛下の命令だ。そのふたりは、クリスタルに選ばれた光の戦士だそうだ!」
 その言葉に、まわりがどよめいた。兵士は少しの間唖然としていたが、我に返って剣を引っ込めると、ふたりを城の中へ案内した。

 ユウとメグが謁見の間に入ったとき、玉座には白線と化したサスーン王ダウが腰を降ろしていた。玉座の両端には、やはり呪いがかかった兵士がひとりずつ立っている。ふたりがひざまずいた後、王は話し出した。
「待っていたよ、おぬしらを・・・」
「あの・・・なんでわたしたちが光の戦士だと?」
「実は今朝方夢を見た。『間もなく、選ばれし者たちがここを訪れる』というクリスタルのお告げだった。それでわかったのだよ・・・」
 ユウたちを案内した兵士は、後ろで気の毒なくらい小さくなっていた。彼は十日前から今朝まで城の使いで外出していて、幸いにも難を逃れることが出来たのだった。
「おれ・・・いや、私たちはジンを封印するために必要な、ミスリルの指輪をお借りするために参りました。サラ姫がお持ちと伺いましたが・・」
「うむ、そのことか。サラは、ミスリルの指輪のおかげで、呪いにはかからなかった。私は、対策をたてるまでおとなしくしているようサラに言い聞かせたが、三日前『ジンを封印する』という書き置きを残して城を抜け出し、ひとりで封印の洞窟へ行ってしまった。あまり考えたくないが、ジンにさらわれたということも十分ありうる・・・」
「封印の洞窟は、どこにあるんですか?」
「ここから北だ。頼む、光の戦士。ジンを封印し、サラを連れて帰ってきてくれ。・・・そうだ、これを持っていくがいい」
 国王は一端立ち上がると、壁にかけてあった一振りの細身の長剣を取り上げ、ユウに差し出した。
「我がアルテニー家に代々伝わる『ワイトスレイヤー』だ。封印の洞窟には、悪しき力で蘇った亡者がはびこっている。この剣には、死霊を浄化する魔力が込められているのだ。きっとおぬしらの役に立つだろう」
「ありがとうございます」
 ユウは剣を受け取り、深々と頭をさげた。メグも慌てて真似をした。
ジョーと城前で合流する約束をしていたが、サラ姫が行方不明とあっては悠長にしていられない。案内役の兵士に伝言を頼み、ふたりは城を後にした。

「メグッ!」
 ユウは叫ぶと同時に剣を抜いていた。背中合わせになり、注意深くあたりを見回す。どうやら、囲まれたようだ。ゴブリン、ウェアウルフ、キラービー、バーサーカーの群れだった。そして筆頭にいるのは、
「待っていたぞ、光の戦士・・・おまえたちはここで死ぬ運命にあるのだ・・・」
 さびた鎧をまとった白骨、スケルトンだった。