「――わしらがこんな姿になってしまったのは、ジンの仕業なのじゃ」
 先に口を開いたのは、同じく姿を変えられたタカだった。隣に座っているライヤが、そうだと言わんばかりに頷いてみせる。
 ユウが目を覚ました後、三人は宿の応接室に通されていた。そこでタカと再会し、挨拶もそこそこに話を聞くことにした。
「ジン?それって、大昔に封印された炎の魔神のことか?」
 気がついた途端元の調子に戻ったユウが、昔読んだ歴史書の内容を思い出しながら訊ねた。
「ええ、そうよ。でもこの間の地震で封印が解けたらしくて・・・五日くらい前だったかしら、この村に呪いをかけてきたのよ。他の人たちはすっかり怯えて家に閉じこもってるわ」
「どうしてこの村が狙われたんですか?」
「ジンを封印するには、この村でしか作れないミスリルの指輪が必要なのじゃ。それを使われることをジンは恐れたのじゃろう」
 ユウは少し考えて、
「ということは・・・ミスリルの指輪でジンを封印すれば、ここにかけられた呪いがとけるってことか?」
 その言葉を聞いたジョーが、すかさずタカに訊ねた。
「で、その指輪はどこにあるんだ?」
「三年ほど前、サスーンのサラ姫の誕生日祝いに作って差し上げたことがある。今のところ、存在する指輪はそのひとつだけじゃ。だが・・・そのサスーンと連絡が取れない状態なんじゃよ。呪いをかけられる直前に飛ばした伝書鳩がおととい戻ってきたのだが、手紙が読まれた様子がないのじゃ」
 タカの言葉に、三人は一瞬最悪の事態を想像してしまった。まさか、魔物に?ユウはその考えをすぐに打ち消した。いや、そんなことがあったら、カズスやウルにその情報が入らないわけないだろう。他に考えられるのは・・・。
「・・・もしかしたら、サスーンにも同じ呪いがかけられたのかもしれない」
 ユウの推測にジョーは頷いて、
「そうか・・・サスーンにはミスリルの指輪があるんだから、狙われた可能性は十分あるな。そうだとしたら、変なところで用心深いんだな、ジンって奴は・・・」
「感心してる場合じゃないでしょ・・・。ねえ、サスーンに行きましょうよ。サラ姫に会って、ミスリルの指輪を借りるのよ」
「ああ、そうだな・・・」
 ユウとジョーは賛同しかけて――唐突にアルベルトのことを思い出した。カナーンに送るという約束をしていたのだった。
「その気持ちはありがたいけど・・・絶対に無茶はしないでね。とりあえず、今日はここに泊まっておいき」
 ユウたちは、ライヤの誘いをありがたく受けることにした。と、タカが立ち上がり、本棚についている引き出しから小さな木箱を取り出した。
「これを持っていくといい」
 タカが箱を開けてみせると、中にはオレンジ色のオーブが収まっていた。それを見たメグの表情が曇ったのを、ユウとジョーは見逃さなかった。
「ファイアのオーブじゃ。どうせわしらには使えないからな。おまえさんが持つといい」
 と、箱をメグに差し出した。
「え、あ、あの、わたしは・・・」
 狼狽するメグの横からさっと手を出したジョーが、すばやくオーブを取り上げて革袋にしまいこんだ。
「メグは回復係なんだ。だから、こいつはオレが使わせてもらうぜ」

「ねえ、ジョー・・・さっきはありがとうね」
 やり残したことがあるからと言って一端宿を出、アルベルトのところに向かう途中で、メグはジョーにお礼を言った。
「うん?何のことだ?」
「だから・・・ファイアのオーブのことよ」
 ジョーは肩をすくめてみせ、
「さっきから何言ってんだかわかんねえよ。オレは黒魔法に興味があったからもらっただけなんだぜ?それぐらいのことで、何でおまえに礼を言われるんだよ。・・・先行ってるぞ」
 早足で歩き出したジョーを、ユウとメグは慌てて追いかけた。街の入り口に近づくにつれ、空腹に訴えかけるような匂いが三人の鼻をついた。

 ユウたちは夕食をとりながら、アルベルトにこの街で起こったことを話していた。
「炎の魔神の呪い?それでこんなことになったのか」
「ああ。封印に使うミスリルの指輪を借りるために、サスーンに行かなきゃいけないんだ。だから・・・」
「ちょっと待った」
 ジョーが口を挟んできた。地図をひろげて、
「ネルブの谷は、こことサスーンの間にあるんだ。サスーンに行くついでに、カナーンに寄っても別に遅くないんじゃねえか?」
「そりゃそうだけど・・・」
 ジョーの言うことには一理ある。だが、ことの重大さではこちらのほうが上だと思われる。このままジンを野放しにすれば、被害が拡大する可能性もあるのだ。だから、ジンのほうから早めにケリをつけたほうがいい。・・・こう説得しようと決めたとき、先にジョーが口を開いた。
「あ・・・じゃあさ、二手に別れないか?オレがカナーンまでアルベルトさんを送って、おまえとメグがサスーンに行くんだ。なあに、オレの足ならすぐに追いつけるさ」
 ジョーは、自慢げに自分の膝をポンポン叩いて見せたが、ユウは反対した。
「だめだ。何が起こるかわからないんだから、離れるのは極力避けたほうがいい」
「何で。合理的でいいじゃねえか」
 ふたりが言い合っていると、
「でも・・・先に約束したのはアルベルトさんのほうだから、そっちから済ませたほうがいいんじゃないかしら?もちろん、ジンを封印するほうが大事なのはわかっているんだけど・・・」
 メグが自論を述べたことで、ユウはまた考える羽目になった。決めたのはしばらく経ってからで、
「・・・わかったよ。ジョー、おまえがカナーンまで行ってこい。寄り道なんかするなよ」
「了解」
 ジョーは親指と人差し指で丸を作った。サスーン城の前で落ち合うことを決めておき、三人は宿に戻った。幽霊の正体が判明したにも関わらず、アルベルトは野宿を選択した。

 翌朝。ユウとメグ、ジョーとアルベルトの二組はカズスを出発し、途中で別れてそれぞれの目的地へと向かった。