その日の夕方。カズスの街門をくぐったユウたちを、待ちかねていたように元の姿に戻った住人たちが取り囲んだ。
「あら?・・・いない」
 メグは群集を見回してみたが、そこにアルベルトの姿はなかった。と、三人の人間がユウたちの前に進み出た。
「よかったわ、無事で・・・」
「本当にありがとう!」
 そのうちのふたりは、タカとライヤだった。そしてもうひとりが、
「見直したぞ。まさか、本当にジンを倒してしまうとは・・・はっきり言って無理だと思ってたのじゃが、人は見かけによらないと言うのは嘘じゃなかったんだな!」
 特徴のある声で話しかけてきた。それは、ジョーには聞き覚えのある声だった。
「その声は・・・シド!」
「そうじゃ!」
 シドは、六十歳位の小柄な老人だった。しかし、顔の血色はよく、腰はしゃんとしていた。ユウはシドにアルベルトのことを訊こうとしたが、それより先にライヤが口を開いた。
「さあさあ、立ち話もなんだから、宿に行きましょう。昨夜から用意をしていたのよ」
 三人はライヤに連れられて宿の食堂に行った。数人だけの食事会のつもりが、便乗した街の人々が酒や料理を持ち込んで輪に加わり、そのまま宴にもつれこんだ。
 この日、カズスの街は久しぶりに歓声や陽気な笑い声で満たされた。

 とっぷり夜が更けると、あたりはいっぺんに静かになった。大半の街人が家路につき、酒量をユウと競って完全に酔いつぶれた者たちはそのまま客室に直行した。ライヤとメグ、宿の従業員が宿の後片付けを始めるのを見計らい、ユウたちはやっと本題に入ることができた。
「アルベルトのことを知らないか?ほら、オレと一緒に街に戻ってきた・・・」
 ライヤ手製のチーズケーキをたっぷりと堪能したおかげで機嫌のいいジョーが、シドに尋ねた。
「ああ、あの臆病者か。あの男なら呪いが解けたあと、すぐに出て行ったぞ。『他に用事が出来た』と言ってな」
 意外な答えにふたりは愕然とした。ユウは思わず杯を乱暴に置き、
「まだ谷はふさがれているのにか?・・・それで、行き先は!?」
「わからん。それだけ言ってさっさと行ってしまったからな。わしが後を追おうとしたが、すでにどこにもいなかった。・・・あ、そうそう、これを預かっていたんじゃ。世話になった礼だそうだ」
 そう言って、シドは懐から小瓶を取り出した。人差し指ほどの大きさで、中には血のように赤い液体が少量詰まっている。ユウは瓶を取り上げ、じっくり見てみた。
「なんだい、これ?」
「なんでも、『万病に効く聖水』だそうだ。これを飲めば、余命いくばくもない病人も次の日にはピンピンするらしい。本当かどうかはわからんがな」
 ユウは蓋を開け、慎重に中の匂いをかいでみた。自分が知っている薬草などは入っていないようだ。今までに体験したことのない匂いだったが、不快なものではなかった。むしろ一種の爽やかさや甘ささえ感じる。
「ふん・・・悪いものは入ってないようだな」
「万病に効くだなんて・・・信じられないな。ほら、よくウルに『幸運を呼ぶペンダント』とか、『村が繁栄する壷』とかを売りつけてきた行商人がいたけど、これもその類じゃないのか?単なるガラクタに決まってるさ。こんなもの捨てちまおうぜ」
 ジョーは薬を偽物と決め付けていたが、ユウにはそうは思えなかった。逆にアルベルトを信じたいという気持ちすらあったのだ。ユウは無言のまま瓶を荷物袋の中にしまった。
「おい、まさかそんなものを本物だと信じてるんじゃないだろうな!?」
「別にそういうわけじゃないが、持ってても害はないだろ?」
 抗議の声をあげるジョーを無視して、ユウはもうひとつの本題に入った。
「それで、カナーンに行く方法だが・・・おれ、ちょっと考えてみたんだが、飛空艇でぶつかって岩を崩すというのはどうだ、出来そうか?」
 彼らしからぬ突飛な発想に、ジョーは驚いた。と、シドが楽しそうに笑い声をあげ、
「いや、偶然じゃのう。実はわしも同じ方法を考えていたのじゃよ。で、昨日タカに頼んで、飛空艇を強化するためのミスリルの船首を作ってもらったんじゃよ。それが今日の昼に出来上がったので、あとは取りつければ準備完了じゃ。・・・もう作業も終わったころかな?」
 ユウとジョーが、宴の最中にタカが席をはずしたことを思い出したとき、食堂に当の本人が入ってきた。
「取りつけ、終わったぞ。・・・疲れた!」
 身体を投げ出すように椅子に座ると、そのまま突っ伏して眠ってしまった。

 翌朝。ユウたちはタカとライヤにお礼を言い、カズスを発った。やがて谷が近づいてくると、船は低空飛行にうつった。
「もう少しだぞ!」
 シドは鼻歌を歌いながら飛空艇を操縦していた。彼の今の状態を表すように、速度もぐんぐん上がってくる。やけに上機嫌なのは、やっとカナーンに帰れるうれしさからなのか、それとも成功を確信しているからなのか・・・。
「シド・・・うれしそうなのはいいけど、大岩にぶつかったら飛空艇が粉々になっちまうんじゃねえか?」
 ジョーがふとわいてきた疑問を口にするが、シドはお構いなしに、
「なあに、気にするな。壊れたってまた新しく作り直せばいいんじゃよ!そろそろだから、何かにつかまったほうがいいぞ!」
 と余裕たっぷりに言い返したが、次のメグの台詞で空気は一変した。
「あの、飛空艇を岩にぶつけて壊すのはわかったんだけど・・・わたしたちはどうすればいいの?」
「え?・・・!」
 一瞬にしてその場が凍りついた。既に大岩は目と鼻の先に迫っている。
「だ、脱出じゃーっ!」
 シドが言うまでもなく、全員が操縦室を飛び出した。その直後、轟音と共に大岩が吹っ飛んだ。・・・先の轟音は、大岩が砕ける音と飛空艇が大破した音が混ざりあったものだった。

「い・・・いででで・・・」
 ユウは頭を押さえながら起き上がった。メグが心配そうに、
「大丈夫?」
 間一髪。本当に間一髪だった。飛空艇から飛び降りた瞬間、爆風で吹き飛ばされたのだ。それでも全員大したケガがなかったのが幸いだった。ただし、爆発の影響で服も顔もすっかりすすけてしまったが。
「生きてるだけで十分だよ・・・」
 独り言のように言いながらユウが顔をこすったとき、彼を見たジョーが大笑いし始めた。
「ははは、顔中ヒゲが生えたみたいだぜ!」
「おまえだって人のこと言えないだろうが!特に鼻の下が黒いからちょびヒゲみたいじゃないか!」
 子供のように言い合いを始めるふたりを見て、ふさふさの白髪とヒゲがすっかり黒くなったシドが、メグに同情するように言った。
「お嬢さんも大変じゃのう・・・」
「い、いえ、そんなことありません。今はああだけど、普段のユウはもっと大人っぽくて冷静なんです。ジョーは思ったことがすぐ口に出ちゃうだけで、悪気は全然ないんですよ・・・」
 メグは必死に弁解を続けている間も、ユウとジョーは口論を続けていた。

 その後、メグがなんとかその場をおさめ、四人は近くに流れていた湧き水で顔と手を洗った。服はまだ黒いままだったが、少しさっぱりした気分になると、西に向かって歩き始めた。
 日が暮れるころになって、四人はようやくカナーンの街門に到着した。