三人がウルから南方に位置するカズスの街門にたどりついたのは、その日の夜だった。今のユウたちの足なら、半日ほどで到着できるのだ。数年前からトパパに代わり、ウルの使いで何度も来ているので迷うこともなかった。

 カズスには、ミスリル鉱山がある唯一の土地で、上質のミスリルが採取できる。そして、武器や防具、装飾品などに加工され、他の城や街に輸出されている。街の人口はウルより少ないが、常に商人や旅人や観光客で賑わっていた・・・といってもそれは地震の前の話だが。

「静かね・・・」

 メグが言った。三人が前にカズスを訪れたのは、地震が起こるほんの数日前のことだが、そのときとは比べものにならないほど活気がなかった。人通りも皆無だが、明かりがチラホラと見えるのが辛うじて街に人がいるということを証明していた。

「これも魔物の影響なんだろうか・・・?」

 ユウがそっと呟いた。そして噂で聞いたことを思い出していた。ある小さな村に、ひとりの旅人がやってきた。村人が歓迎したところ、その旅人は突然襲い掛かってきた。その正体は変装した魔物で、村人のほとんどがその魔物の手にかかってしまったとか、更に、不信のあまり訪れる者すべてに疑いをかけ、警備のために城から派遣されてきた兵士を集団で襲おうとした村があるとか・・・事実とも魔物への恐怖感が作り出した風説ともつかない話が、ウルに来る旅人や商人の口から語られていたのだ。それを話す者のほとんどが調子がよさそうな感じの人間だったので、ユウは全面的には信用しないことにしていた。

「工業都市なのに、こんなんで生活していけるのか?」

「いや、単に用心してるだけかもしれないぞ。それに、カズスの人たちとは面識があるから心配ないんじゃないか?」

「そうかもしれないな。じゃ、さっさと宿に行こうぜ。誰かさんのせいでこっちは飢え死に寸前だ」

 ジョーの言葉に、ユウはぐっと詰まった。日が高く昇った頃、休憩して昼食をとることにし、ユウが食事当番になった。ジョーは魚を釣りに行き、メグは食用の野草や果物を探しに行った。結局魚と野草は入手できず、果物もお情け程度に取れただけ。落胆したふたりが戻ってきたとき、ちょうどユウの料理が出来上がった。が・・・。

「砂糖と塩を間違えるなんて、今どきそんな失敗するか?味見はしろといつも言ってるだろ!」

 その料理はとても食べられた代物ではなく、三人はメグの取ってきた果物と、幸いにも調理されるのを免れた保存食を少々かじっただけで昼食を済ませた。今日中にカズスに着くだろうからいいやと思い、僅かな食料しか持参してこなかったのだ。そして歩いてる間、ユウは戦闘のとき以外はジョーの愚痴や嫌味を延々聞かされることになった。わかりやすいことに、空腹時は特に機嫌が悪いのだ。それを戒めるのはメグの役目だったが、あまり効果はなかった。そして、ユウは空腹感とはまた別の胃痛をも感じていた。運がいいのか悪いのか、ウェアウルフと戦ったときを除けば魔物と出くわした回数は、片手の指で数えられるくらいしかなかった。

「ジョー、街に着いたんだから、もうやめようよ。宿に行けば夕食にありつけるし、運がよければライヤおばさんのチーズケーキが食べられるかもしれないわよ」

「・・・わかったよ」

 ジョーはそれ以上言うのをやめた。メグはユウの視線に気付くと、そっと微笑んでみせた。そのまま門をくぐる。と、ユウが何かに気付いたように立ち止まった。

「おい、何してんだよ」

 ジョーの問いかけに、ユウは無言のまま一点を指した。街外れの、あまり人が寄り付かないところに明かりが灯っている。その明かりは、時折吹いてくる風にあわせるように変幻自在に動きを変える。明かりの正体は焚き火だった。近付いてみると、旅装束の男が顔を伏せるようにして眠っていた。足元には、空の食器と、食べ終えた後の鳥の骨が置いてある。

「こんなところで焚き火?まさか、街中で野宿してるのかしら?」

「それか、人嫌いだからわざわざ野宿してるのかもしれないぜ。本当は街にすら入りたくないけど、魔物がいるんで仕方なくここにいるとか・・・」

「本人に聞いてみればいいだろう・・・すみません」

 ユウは男の傍にかがみこみ、肩をゆすった。男は身じろぎすると目をうっすらと開けた。そして次の瞬間には目をパッと見開き、

「うわああー!来るな、幽霊ーっ!」

 今まで眠っていたとは信じられない敏捷さで走り出していた。

「ゆ、幽霊・・・?」
 三人はポカンとして立ち尽くしていた。
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