出発の日。うっすらと夜が明けたころ、三人はトパパとニーナあての書き置きを残して家を出た。早朝家をぬけ出すのはおとといと同じだが、目的は全く違っていた。
「いいのかなあ・・・黙って出てきちゃって・・・」
 メグが後ろを振り返りながら呟くように言った。村はまだ眠りの静寂に包まれている。もうすぐパン屋の夫婦が起きだす頃だ。
「いいんだよ。村中の人間に見送られて出発なんて、大げさでこっちが恥ずかしくなるからな」
 ジョーが言った。昨夜、ユウがトパパに、出発時間を遅めに伝えておいたのだ。
 それ以来三人は言葉も交わさず、一度も立ち止まらず村の入り口にたどり着いた。と、
「じっちゃん、母さん!」
 ユウが驚きの声をあげた。まだ寝ているはずのトパパとニーナが、身支度を整えて立っていたのだ。ニーナは腕組みをしたままいつもの口調で、
「あんたたちの考えてることくらいお見通しよ。全く、水臭いんだから!」
「そんなにわしらと顔をあわせたくなかったのか?」
 ふたりの言葉に、ユウたちはしどろもどろになりながら、
「そ、そういうわけじゃなくて・・・やっぱりちょっと別れを言うのは辛いからで・・・あ、それに、そうしようって決めたのはオレじゃなくてユウだからな!」
「おい待て、おれに全部なすりつける気か!?じっちゃんに時間を遅く伝えたほうがいいと言ったのはおまえじゃないか!」
「やめんか、別に責めとるわけじゃない」
 口論になりかけたふたりを、トパパがいさめた。
「言っておくけど、別れるなんてこれっぽっちも思ってないわ。あんたたちは、ただちょっと長く留守にするだけじゃない」
「そうよね、お母さん・・・わたしたち、しばらく旅に出るだけだもんね・・・」
 メグの言葉にニーナは頷き、
「たとえ光の戦士でも、あなたたちは私たちの大事な家族だわ。すべてが終わったら、必ず帰ってくるのよ。待ってるからね・・・」
 三人の子供たちを見つめた。いつの間にか、ユウたちの心は大分軽くなっていた。先程まで、心の中は使命感の重大さに対する圧力と、これが今生の別れになるかもしれないという思いで一杯だったのだ。
「ありがとう、母さん。おれたちも、母さんとじっちゃんのことを家族だと思っている。もちろん、村のみんなも・・・」
 三人は初めて微笑んだ。
「ジニーじゃないけど、約束するぜ。いつになるか分からないけど、オレたちは絶対世界を元に戻してみせる!」
「わたしたちが帰ってくるまで、身体に気をつけてね。それと・・・」
 メグは荷物袋から、一体の人形を取り出した。風の洞窟で見つけた、あの人形だ。今は汚れが綺麗に取れ、泥まみれだった服も、新しい明るい色のドレスに変わっている。
「これ、パメラとフラニーに渡しておいて」
 ニーナは人形を受け取ろうとして、メグの指がバンソウコウだらけなのに気がついた。バンソウコウを巻かれていない指の方が少ないくらいだ。
「わかったわ。きっと喜ぶわね、あのふたり」
 昨日、メグは食事のとき以外部屋にこもりきりだったことを思い出しながら、ニーナは人形を受け取った。
「じゃ、行ってきます」
 ユウが留別したのが合図のように、三人は背中を向けてゆっくりと村の外に出て行った。そしてそのまま、一度も振り返ることなく、トパパとニーナの視界から消えていった。
 ユウたちの姿が完全に視界から消えると、ニーナは堪えきれなくなったかのようにその場に膝をついて嗚咽をもらした。トパパは何も言わず、ニーナの肩にそっと手を置く。
「なんで、あの子たちが・・・わたしは、今ほど運命を残酷だと思ったことはありません・・・」
「ニーナ・・・わしは、何もかも運命だの宿命だのという言葉で片付けてしまうのは嫌いじゃ・・・だが・・・」
 トパパは言葉を切った。あの三人がこの村にやって来てクリスタルの啓示を受け、光の戦士になった。その現象は正に、自分の嫌いな「運命」「宿命」としか形容しようがなかった。最早認めざるを得ないのかもしれない・・・。
「ニーナ・・・信じるんじゃ、あの子たちを・・・わしらにはそれくらいのことしか出来ぬ。何より、あの子たちと一緒に暮らしたわしらが信じないでどうするんだ?」
 その言葉に、ニーナは弾かれたように顔を上げて、涙のたまった目でトパパを見つめた。
「さあ、帰ろう・・・もうすぐ、朝の祈りの時間じゃ・・・」
 ニーナは頷き、そこここで人が起きる気配がしだした村の中を、トパパと並んで歩き出した。祈るべき事柄は既に決まっていた。
 ――どうか、あの子たちの光と心をお守りください――

「なあ、本当によかったのか?」
 少し歩いたところで、ユウはメグに訊いた。
「あの人形やっちまって・・・おまえ、随分気に入ってたじゃないか。昨日だってずっと人形に着せる服を作ってたんだろう?」
 ユウは、人形の服の形状を思い出していた。硝子玉が縫いつけてあったりとかなり凝っていて、メグの腕からすると、短時間では作れない物だった。
「おれに頼めばよかったのに」
「そんなこと出来ないわ。あれは、わたしが拾った物なんだから、自分でやるって決めたの」
「そのわりには、あっさり手放しちまったじゃねえか」
 ジョーの鋭い指摘に、
「本当に欲しがっている人にもらわれるのが、一番いいことだからね。それに、人形もふたりのところに行きたがってるような、そんな気がしたのよ」
 メグの言葉に、ユウとジョーは怪訝な顔をした。が、後方の茂みからガサッと言う音がした途端、表情が一変する。
「敵だっ!」
 ユウが剣を抜いて叫んだときには、既にふたりとも戦闘態勢に入っていた。現れた魔物――ウェアウルフは、雄叫びを上げながら三人に飛びかかってきた。