出発は明後日に決まった。食料や水は明日揃えることにし、帰宅したユウたちはニーナが用意した夕食をとると、早々とベッドに入った。思いもよらない出来事に遭遇して目が冴えてるかと思いきや、疲れのほうが勝っていたらしい。あっという間に深い眠りに落ちていった。

 九年前の三月下旬のこと。トパパは所用で、ウルの南にあるカズスの村に出かけた。カズスでしかとれない鉱物であるミスリルの注文と、旧友のタカに会うためだった。そして、ユウとジョーもそれについて行った。村の外に出るのは初めてのことだったので、ふたりとも興奮して騒いだり走り回ったりと、トパパの手をわずらわせた。
 ウルからカズスまでは徒歩で約一日。カズスで一泊したので、ほんの三日ほどの短い旅だったが、幼い少年たちにとっては新鮮な経験だった。だから、家に帰る――旅が終わるのが嫌になるぐらいだったのだ。
 そして、初めての旅が終わる頃になって、ユウたちは忘れもしない大きな出来事に出くわした。
 
 トパパ、ユウ、ジョーがウルに戻った日。その日は、昼頃から細かい雨が音もなく降っていた。しばらくの間木の下で雨宿りしたが、日が暮れかけても雨はいっこうにやむ気配を見せなかった。
「じっちゃん、早く帰ろうよ・・・もう少しなんでしょ?」
「家まで走っていけばいいじゃないか・・・」
 ユウとジョーは退屈を持て余していた。確かにふたりの言うとおり、雨はいつやむか予測はつかない。それどころか何日も降り続ける可能性もあるので、ここで待ち続けるのは得策ではないと思われる。それに、走っていけば夜には村に到着できるはずだ。
「仕方ない・・・急いで帰るぞ」
 トパパはユウとジョーに自分の外套を着せ、自分は上着を頭からかぶると走り出した。もちろん、子供たちの歩調に合わせて、だ。急いでふたりも後を追う。生ぬるい雨粒が三人の身体を濡らしていくが、構わず走り続けた。

 空が紺色に変わり始める頃には雨は激しさを増し、冷たい風をも伴っていた。傘代わりの外套や上着は、最早意味をなさなくなっていた。それでも三人は足を緩めようとしなかった。早く家に帰りたいという思いだけで走り続けていたのだ。やがて、遠目にもはっきりわかるほどの明かりが見えてきた。家の窓からもれる明かりだ。それを見たとき一瞬足を止めたが、
「着いたー!村だー!」
 次の瞬間には、ユウとジョーは嬉々としながらトパパを抜かして走りだしていた――が、
「あれ・・・?」
 ユウがピタリと立ち止まった。そのあおりを受けて、ジョーは足を滑らせて尻もちをついてしまった。
「バカ、いきなり止まってんじゃねえよ!」
 ジョーは怒鳴りつけたが、ユウは一点を見つめたまま反応しなかった。その視線は、村のすぐ近くにある森に向かっている。危ないから絶対に入るなと、トパパやニーナから何度も注意されていたのだ。それでも、言いつけをやぶって他の子どもたちと一緒にこっそり森に行くことも少なくなかった。ばれたときにはニーナの尻百叩きか外出禁止が待ち構えていたが、幸いにも森の中に作った自分たちだけの秘密基地は、今のところ見つからずに済んでいた。
「どうしたんだ、ユウ?」
 追いついてきたトパパが訊いた。
「じっちゃん、あそこ・・・何かある・・・」
 ユウの指すほうに目を向けると、雨に遮られてはっきりとは見えないが、何やら白っぽいものが転がっているのがわかった。トパパは最初、掛け布団か何かが、風でここまで飛んできたのだと思った。だから、持ち主に届けに行かなくてはな・・・と軽い気持ちでそれに近付いていったのだ。違和感を感じるのにそう時間はかからなかった。それに髪の毛や手足らしいものが生えているのが見えたとき、トパパは慌てて駆け寄っていた。
「ユウ、ジョー、来るな!」
 トパパが叫んだときには、既にふたりはそばに来てしまっていた。そして白いものの正体を確かめた瞬間、ジョーは叫び声をあげていた。
 それの正体は掛け布団などではなく、ひとりの幼い少女だった。村の住人ではない。布に少々手を加えただけの簡素な白い服をまとい、何も履いていない足は擦り傷だらけだ。かなり長時間雨に打たれていたらしく、身体は冷えきっている。血の気が引いているからなのか生まれつきなのか、肌は透き通るように白い。と、少女がかすかに呻き声をあげた。ユウは咄嗟にはおっていた外套を少女にかけると、
「じっちゃん、早くうちに連れて行ってあげて!ぼくたちは大丈夫だから!」
「あ、ああ・・・」
 ユウに急かされるように、トパパは外套で少女の身体をくるんで抱え上げると、家に向かって走り出した。と、地面に何かが落ちる音がした。拾い上げてみると、青い宝石に銀の装飾を施した、小さな首飾りだった。
「あの子のかな?持っていくか」
 ジョーは、首飾りを胸ポケットにしまい、ユウの後を追いかけていった。

「――メグ」
 目を覚ましたジョーは、夜の散歩に出ていた。村の入り口を通りかかったとき、張り巡らされている丸太の柵に身体を預けるようにして立っているメグを見かけ、声をかけたのだ。
「あら、ジョーも散歩?珍しいのね」
 今度はすぐに反応した。「珍しい」と言ったのは、彼は一度眠ると、朝になるまで起きることはまずないのだ。
「ちょっと・・・夢を見たんだ。村のそばでおまえを見つけた日のことを見て・・・それで目が覚めちまったんだ」
「そう・・・わたしもそのことを思い出して眠れなくて・・・倉庫であの話を訊いたからかな」
 言いながら、メグは森を指した。
「わたし、あそこに倒れてたんでしょ?」
「ああ。三日位すごい熱で下がらなくて・・・正直な話、死んじまうんじゃないかと思ったぜ」
 ジョーは話しながら、当時のことを思い出していた。四日目の朝にようやく目を覚ましたかと思ったら、名前も年齢も、どこに住んでいたかも忘れてしまっていたのだ。少女が眠っている間に、トパパはカズスやパルメニア山脈一帯を治めるサスーン城、さらには谷を越えたところにあるカナーンの街にも問い合わせてみた。だが、行方不明になった子供はいないとの回答だった。少女はメグという名を与えられ、新しい家族の一員になったのだ。
「・・・ジョーは、自分のこと、知りたいと思う?」
「いや、あんまり。オレの故郷はここだと思ってるから。・・・まあ、知りたいとは思うけど、正直どっちでもいいという感じだな。メグは?」
 ジョーは、メグの胸元で輝く首飾りを見ながら訊いた。あの日自分が拾ったものだ。彼女が目を覚ました日、
「これ落ちてたんだけど、おまえのか?」
 と差し出したら、
「それ、あたしのっ!」
 血相を変えたメグに、すごい勢いでひったくられたのだ。それ以来、ユウとジョーは首飾りについて言及することはなかった。
「――わたしは・・・知りたい。少なくとも、ここに来る前の数年間は、家族と暮らしてたはずだわ。だから、何で離れ離れになっちゃったのか・・・すごく知りたいよ。たとえ、真実がどうであっても・・・」
 ジョーは、黙ってメグの答えを聞いていたが、言い終わると同時に大きなクシャミをした。
「だ、大丈夫?そんな薄着だから冷えるのよ・・・もう帰ろうよ」
「うるさい。クシャミ一回くらいで大げさなんだよ。大体オレは生まれてから風邪ひとつひいたことないんだ」
「そういえば、ユウが言ってたわね。『あいつは一生風邪ひかないな』って・・・」
 どういう意味だ?ジョーは思ったが、あえて考えないことにした。
「ああもうわかったよ、帰るぞ」
 ジョーは身を翻して足早に歩き出した。メグも急いでそれについて行く。家の前に着いたとき、
「ねえ・・・」
 メグが口を開いた。
「ん?」
「わたしたち・・・明後日から旅に出るのよね」
 メグの問いに、ジョーは、何を今更、といった表情を見せた。
「当たり前じゃないか」
「うん、分かってるよ。分かってるんだけどね・・・」
 メグはジョーに向き直ると、
「ジョーは、なんで戦うって決めたの?クリスタルに選ばれたから?それとも・・・」
 その問いに、ジョーは少し考える素振りを見せ、
「それはだな・・・」
「うん」
 メグはジョーの言葉を待ち構える。だが次の瞬間彼女が聞いた言葉は、
「――これから考えるわ」
「・・・えっ?」
「だってさ、今すぐ答えなきゃならねえことじゃねえだろ。試験じゃないんだから」
「あ、あのね・・・」
 ジョーは真剣な表情から一転、
「じゃ、そういうことで。おやすみ」
 さっさと歩き出したジョーは、手をひらひらと振ってみせ、呆気にとられているメグを残して家の中へ入っていった。
「もう・・・」