倉庫には、干した薬草、長旅用の革靴、皮の盾、帽子、短剣などの旅の必需品が揃っていた。かさばらない程度に革袋に入れると、

「――こんなものかな」

 ユウは革袋を持って立ち上がった。両手にいくつかの武器を抱えたジョーが、

「たったそれだけ?足りないんじゃねえか?」

「おいおい、そんなに持っていったって意味無いぞ。重いだけだし、他にも食料や水もいる。荷物は小さいほうがいいし、必要なものがあったら途中で買えばいいだけのことだ。・・・それより、おまえは武器を使わない主義じゃなかったのか?」

 珍しい、というような口調でユウは訊いた。

「いや、これだけあるんだから、売れば当座の金になるかなと思って・・・」

「そっちかい・・・」

 ユウは呆れたようにため息をついた。メグはといえば、ふたりのやりとりも耳に入らない様子で本に目を通している。ランタンに顔を近づけているので、下手すれば肌を焦がしてしまいそうだ。

「おい、こんなところで読むと目を悪くするぞ。帰ってから読んでも遅くないだろう。・・・おい!」

 ユウに肩を叩かれて、

「キャッ!?」

メグはビクッと身体を震わせ、本を取り落とした。よほど集中してたらしい。

「・・・相変わらずだな、そういうところ」

 言いながら、ユウは本を拾い上げ、表紙を見る。白魔法の書物だった。

「ちょっと見せてくれ」

試しにジョーはパラパラと頁を繰ってみた。が、ほんの数秒後には、こめかみを押さえて本をメグに返し、受け取ったメグは読書を再開していた。

「・・・降参」

「早っ。魔道師の資質を持っているのに、そんなんでいいのか?」

「オレはいいんだよ、魔法よりこっちのほうが性に合ってるんだから!」

 ジョーは反論しながら、正拳で空を勢いよく突いてみせた。ユウの髪が、風圧で一瞬そよぐ。

「・・・でも、黒魔法は必要だと思うけどな。あいつは、あれだし・・・」

 メグに聞こえないように注意しながら、ユウは囁くように言った。ジョーは何かに気付いた表情になって、

「あ・・・そうだったな。おいメグ、おまえは白魔道師になるんだろう?」

 メグは本を閉じると、

「うん・・・わたし、白魔法のほうが好きだから・・・」

「そうか。まあ、この中で白魔法が使えるのはおまえだけだもんな。じゃ、これからよろしく頼む」

 ユウの言葉に、

「うん、わかった。頑張るよ」

 メグは頷いてみせた、そのとき。

 トン。屋根を叩く音が聞こえた。少ししてトン、トン。音は不規則な間隔をおいて続けざまに聞こえてくる。少しすると間隔すらなくなり、無数の音が激しく交錯して、うるさい合唱を聞かせた。

「雨かよ・・・!こんなときに・・・!」

 ジョーは忌々しげに舌打ちした。それとは対照的に、冷静な様子のユウが、

「通り雨だ、すぐやむさ。それまでここにいよう」

 

「あのね・・・」

 雨がふり始めて十分ほど経ったとき、メグは本から顔を上げて話しかけてきた。ユウは目を開けると、

「何だ?」

 と返事をした。床に寝っ転がっていたジョーも身を起こす。

「あ、別に大したことじゃないんだけどね・・・ユウとジョーが、ウルに来たいきさつが前から気になってて・・・よかったら、教えてくれないかなと思って・・・」

「そんなこと聞いてどうするんだ?ま、いいけどさ。オレの場合は――」

 先に話し始めたのはジョーだった。彼は十六年前の夏の日、村のはずれに捨てられていたところをニーナに拾われた。まだ産まれて間もない嬰児で、左肩に大きな火傷を負い、瀕死の状態だった。あと一時間見つけるのが遅かったら手遅れになっていたかもしれない、と後に村に住む薬師から聞かされたのだ。

「――そのとき着ていた産着には、こいつが挟まっていたんだ。オレの正体を知るための、唯一の手がかりってヤツだな」

 言いながらジョーは、肌身離さず身につけているペンダントをメグに見せた。美しい銀の十字架のペンダントだ。少なくとも十六年以上前に作られたはずなのに、黒ずんだり色褪せたりしている様子はない。そして、中央部には翠の宝石が埋め込まれている。と、ふとメグは何かの気を感じた。このペンダントには、特別な力がこめられているような気がする。それが何かは分からないが・・・。

「――どうした?」

 メグは急いで笑顔を作り、

「なんでもないよ。ありがとう」

「じゃ、次はおれだな」

ユウの場合は、十七年前顔を隠した男性がウルを訪れ、ニーナに赤子の彼を預けて立ち去ったという。「この子は、この世界にはなくてはならぬ存在。どうか成長するまで守っていてくれないか」という言葉を残して。奇妙なことに、トパパが急いで男を追おうとしたときには、既に男の姿はどこにもなかったという。「立ち去った」というより、正に「消えた」のだ。

「不思議な話ね。その人誰だったのかしら?ユウのお父さんじゃない?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない・・・」

 ユウはぼんやりと答えながら、男とクリスタルの言葉を思い出していた。「運命の子」、「選ばれし者」、「この世界にはなくてはならぬ存在」。今思えば、自分は生まれながらにして光の戦士として戦うことを宿命づけられていたのかもしれない。それは勿論、ジョーとメグにも言えることだ。自分たち三人がウルに集まったのは、もしかしたら偶然ではなく必然だったのかもしれない・・・。

 などと物思いにふけっていると、

「起きろぉーっ!」

 本日三回目の台詞を聞かされた。当然声の主は・・・。

「起きてるよ!ちょっと考えごとしてただけだ!・・・で、何だよ!」

 ユウは、負けじと大声で言い返した。

「雨、やんだ。帰るぞ」

 ジョーがランタンを持ってさっさと倉庫を出て行き、ユウとメグも後に続く。

「メグ、本持って行かなくていいのか?」

「大丈夫。全部覚えたから」

 さらりと言ってしまうメグを見て、ユウとジョーは同じことを考えていた。

 ――やっぱり、こいつが一番普通じゃない!――

 


 

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