三人は改めてクリスタルを見た。緑色の美しい姿を台座の上に構えている。その四方には、クリスタルを守るように、翡翠の柱が一本ずつ立っている。と、また声が聞こえてきた。
 ――選ばれし運命の子供たちよ、私は風のクリスタル。おまえたちをここに呼んだのはこの私だ――
「呼んだって・・・どういうことなの?わたしたちは呼ばれて来たわけじゃないわ。探検しようってみんなで決めたからここまで来たのよ」
 ――私がそうするように心を操ったのだ。不自然にならないように注意を払いながら――
 それを聞いたジョーは驚いて、
「えっ、じゃあ昨夜洞窟に行こうって言ったのは、オレ自身の意志じゃなくて・・・」
 ――その通り。私がおまえの心に呼びかけたのだ――
「まあ、それなら確かに不自然にはならないな。もし言い出したのが、ジョーじゃなくてメグだったら絶対変だしな」
 うんうんと納得したように頷くユウを、
「おまえなあ・・・」
 ジョーが睨みつけた。と、思い出したようにユウが、
「そういえばあんた、おれの夢の中でも言ってたな、『選ばれし者』って。それはどういうことなんだ?」
 ――あの大地震の後、私たちクリスタルが地中に沈み、魔物が現れたのは知っているだろう?あれは、暗黒の力によるもの。このままでは、世界は闇に覆い尽くされてしまう。それを阻止するため、私たちは強き心を持つ光の戦士を選んだ。それがおまえたちなのだ――
「オレたちが――世界を救う戦士!?」
「なぜ、わたしたちなの?」
 メグの問いにクリスタルは、
 ――おまえたちの心には、光が見える。とても強い、希望の光が。だから、私たちは選んだのだ――
「オレたちが強いなんて・・・冗談よせよ。あんな亀程度に手こずるくらいなんだから・・・」
 ジョーは悔しさのあまり、両手の握り拳を震わせながら言い返した。先の戦いで、自分がただの身の程知らずだったことを、嫌と言うほど思い知らされたのだ。それはユウも同じだった。「村随一の剣士」という呼び名にいい気になって慢心していた自分に気付かされ、自己嫌悪に陥っていた。
「わたしだって・・・ろくに戦えなかったわ」
 メグもまた、ゴブリンと戦ったときや、ランドタートルに攻撃されたときのことを思い出していた。自分のしたことといえば、ゴブリンの攻撃を受け止めたこととジョーに南極の風の使い方を教えたことくらいだ。
 クリスタルはそんな三人を諭すように、
 ――最初から強い者などどこにもいやしない。確かに、今のおまえたちはまだ弱い。だが、これから強くなることは出来る。光の力を受け取ること、希望を失わないこと、最後まで信じぬくことも出来るのだ。なぜなら、おまえたちは、誰よりも強い心を持っているから――
「強い・・・心ですって?」
 ――おまえたちはランドタートルとの戦いのとき、仲間を思い、そして助けたいがために剣と魔法と知恵を駆使して勝った。それこそが心の強さ。見かけだけの強さではない、本当の強さなのだ――
「おれたちの、本当の強さ・・・」
 三人は自分の掌を見つめた。いつの間にか、そこに小さな光が灯っていた。すぐにその光は吸い込まれるように消えていった。
 ――光の戦士よ、闇を振り払い、世界に光を取り戻すのだ。それはおまえたちにしか出来ないことなのだ――
 ユウはクリスタルの言葉を聞きながら、色々なことを考えていた。正直な話、自分が光の戦士とか運命の子とか言われても実感はないし、納得も出来ない。だが、既にユウの心は決まっていた。
「わかった。・・・戦う!」
 今朝見たあの夢は、何かの導きだったのかもしれない。風変わりな夢と言ってしまえばそれまでだが、ユウにはそうは思えなかった。
「勿論、オレも行くぜ。いつまでも魔物どもにうろちょろされたくねえからな!」
 ジョーが両手を打ち合わせながら言うと、
「わたしも行くわ。・・・強くなりたいもの!」
 三人が決意してクリスタルに向き直ると、
 ――ありがとう。きっとそう言ってくれると信じていた――
その声が終わると同時に、クリスタルから放たれた柔らかな緑色の光の雨が、三人に優しく降りかかった。光は三人の傷を癒し、へこんで欠けたユウの甲冑と剣をも元通りにしたが、それだけではなかった。
 なんだか身体の奥から、自分の知らない力が湧きあがってくるような気がする。今までに感じたことのない、未知の力だ。はるか昔、どこかで似た感覚を経験しているような、そんな気がした。
「すごく・・・あったかい光ね・・・」
 ――「風の力」だ。残りの力は、他のクリスタルが与えてくれるだろう――
 その声を聞き終わった瞬間、ユウたちの意識はすーっと薄れていった。

 闇に包まれた空間。その中心に、ひとりの男が座っていた。黒い長髪で顔の左半分を隠し、右目を閉じて微動だにしない。男の前にある黒い宝珠から絶え間なく放たれている黒光が男の額と宝珠とをつないでいる。と、黒光が不意に途切れた。
「――ザンデさま」
 宝珠から自分の名を呼ぶ女の声が聞こえてくる。男は目を開け、
「どうした」
「申し上げます。光の戦士がクリスタルの啓示を受けました」
 ザンデ、と呼ばれた男はやや間を置いて返答した。
「そうか。私はまだここを動くわけにはいかない。頼んだぞ」
「はっ」
 声が消えると、男は再び目を閉じて、宝珠の黒光を自らの額に受け続けた。
 その唇の端に、自嘲めいた笑みが浮かんでいた。