ユウとジョーは、魔物に備えてまわりの気配をうかがいながら、メグの後をついていった。
 静寂に満たされた空間に、三つの靴音だけが響き渡る。そして、五分ほど歩いて見つけた階段をおりたとき、そこには木製の古い扉があった。扉には古代文字で「風を培うクリスタル」と彫られている。

「おい、この中にクリスタルがあるのか?」
 ユウの問いに答えず、メグは扉をそっと開けた。途端に清々しい香りを含んだ、さわやかな風が三人を出迎えた。
「あ、あれだ!」
 ユウが指したほうを見ると、探し求めていたものが――風のクリスタルが、台座の上で輝いていた。メグがその光に引き寄せられるように近付こうとした、そのときだった。
 どこからともなく現れた橙色の光が、メグに激しくぶつかった。
「キャッ!」
 メグの身体は吹っ飛び、壁に嫌というほど激突して動かなくなった。
「メグッ!」
 ジョーはメグに駆け寄り、ユウは剣を抜いて橙色の光を凝視した。
 ふたりの眼前で光は大きく膨らみ、やがて巨大な亀――ランドタートルに姿を変えた。ただならぬ邪悪な気配は、ユウとジョーを圧倒するのに充分だった。
「この気・・・ゴブリンなんかとは大違いだな・・・」
「ジョー、油断するなよ。少しでも気を抜いたら一巻の終わりだ・・・」
 ランドタートルは、その外見とは想像できない素早さで突進してきた。ユウと、メグを抱えたジョーが左右に飛んでよける。
「くそっ!」
 ユウは魔物の顔めがけ剣を振り下ろしたが、刃が当たる寸前、ランドタートルは顔と手足を甲羅の中にサッと引っ込めてしまった。刃と甲羅がぶつかる冷たい音が虚しく部屋に広がる。
「亀のクセに素早いなんて反則だぞ!」
 メグの身体を壁際に横たえると、ジョーはランドタートルに向かって跳躍した。彼が一撃必殺と自負している、強烈な飛び蹴りが、魔物を直撃する――が、
「痛てええっ!」
 悲鳴をあげたのはジョーのほうだった。足を抱えてあたりを跳ねまわる。
「くそ、何て硬さだ・・・!」
「そりゃ、亀だからな。よりによって、一番硬い甲羅を攻撃する奴があるか」
 涙目で毒づくジョーに、ユウが呆れたように言った。その間にも魔物は容赦なく攻撃を加えてくる。今度は長い尾がムチのようにしなって襲いかかってきた。それを何とかかわしながら、
「亀のクセに尻尾が長いなんて生意気だあーっ!」
「少し黙ってろ。上からの攻撃は無意味だ、なんとかしてあいつの身体をひっくり返すか上げるかして狙うしか・・・
 ユウがそこまで言いかけたとき、魔物の尾が足元を直撃した。床の破片が飛び散り、顔を掠める。
「くっ・・・おい、メグを頼んだ!」
 言うや否や、ユウは剣を構えてランドタートルの前に飛び出していった。
「あいつ、まさかひとりで・・・」
 ジョーが呟いたとき、後ろのほうで呻き声が聞こえた。振り向くと、メグが起き上がろうとしているところだった。
「メグ、気がついたのか!」
 メグは、ランドタートルによって劣勢に立たされているユウに気付くと革袋を指し、
「ジョー!さっき拾った『南極の風』を使って・・・!」
 彼女の言葉に、ジョーは急ぎ白い珠を取り出した。とはいっても、生まれてから十六年間魔法に興味を持ったことはなく、当然魔法書などただの一度も開いたことはないので、
「使えったって、何をどうすればいいんだよ・・・!」
「難しく考える必要はないわ。心で念じればいいのよ・・・!」
「そんなのわからねえよ!」
 言い返したとき、魔物に吹っ飛ばされたユウが床に叩きつけられた。よほど強い衝撃を受けたらしく、甲冑は大きくへこみ、口の周りは吐血で真っ赤に染まっている。それでも剣を杖代わりに立ち上がろうとする。

「ユウ、無理するな!」
 ジョーがユウを止めようとしたとき、再び魔物が三人に向かって突進してきた。よけられない!
「くそっ!」
 ジョーは咄嗟にユウの前に飛び出した。南極の風を掌にのせると、心の底から不思議な言葉が湧き上がって来た。それを口にする。
「汝、氷の翼纏いて冥界に旅立たん!」
 言い終えた瞬間、ジョーの手と南極の風から凄まじい冷気の渦と氷の粒が放たれた。それは今しも三人にぶつかろうとしていたランドタートルを覆い尽くした。
 冷気が止んだとき、甲羅以外の部分はすべて凍りついていた。
「よし、今だ!」
 ユウは体勢を立て直すと、魔物の首に一気に剣を突き立てた。悲鳴ひとつあげず、ランドタートルの身体は消え去っていった。
「た、倒した・・・」
 ユウはその場にへたりこんだ。ジョーとメグが駆け寄る。
「ユウ、大丈夫か!?」
「ああ、おかげで助かったよ、ありがとう」
「礼ならメグに言うんだな。『南極の風』を使うように言ったのはメグなんだから」

 急に名前を出されたメグは驚いて、
「そんなことない。あれは元々ジョーが拾ったものだし・・・そういえば、さっき魔法の詠唱してたけど、いつ魔法の勉強したの?」
 メグは先程生じた疑問を言った。ジョーはきょとんとしながら、
「オレ知らねえよ。あれを持ったら、急に言葉が浮かんできたんだ。それを言っただけさ。あれも『南極の風』効果なんじゃねえか?」
 メグは首を横に振り、
「南極の風は、珠そのものに魔力がこめられているから、別に詠唱も魔力も必要としないわ。それにあの冷気は、ジョーの力も合わさっていたように見えたの」
「どういうことだよ、それ?」
 ジョーがわけのわからない様子で考え込むと、ユウが補完した。
「つまり・・・ジョーには黒魔法の資質がある。そう言いたいのか?」
「あくまでもわたしの推測だけど・・・」
 メグがそこまで言ったときだった。突然クリスタルが目映い光を放ち、三人は思わず目を覆った。と、
 ――よくぞ来た、光の戦士たちよ――私は、おまえたちがここに来るのを待っていた――
 その声は語りかけてきたというより、三人の頭の中に直接響いてきた、というほうが合っていた。そしてユウには聞き覚えのある声だった。
「やっぱりあの声は・・・『風のクリスタル』、あんただったのか」
 ユウは目を開け、クリスタルをじっと見つめた