「ゴブリン四匹か・・・」
 ユウは呟いた。体長はメグより小さく、力も大したことはないが、そのかわり数で攻めてくる厄介な魔物だ。
「さっきからイライラしてたんだ、うさ晴らしにはちょうどいいな!・・・おいメグ、おまえは回復係なんだから後ろに下がってろ」
 ジョーがヌンチャクを片手で振りまわしながら言ったが、
「ううん、大丈夫。わたしだって戦えるわ」
 メグは服の袖から、護身用に持ってきた短剣を取り出した。一応ユウから簡単な手ほどきは受けているのだ。
 先に攻撃を仕掛けてきたのはゴブリンのほうだった。前列の二匹が奇声をあげ、ユウに突進する。
「甘いっ!」
 ユウは二匹の集中攻撃を後ろに飛ぶことでかわすと、一匹の胸を貫き、次に反す剣でもう一匹に斬りつけた。不気味な悲鳴と同時に、魔物の身体が熱湯をかけられた氷のように溶け去る。ゴブリンが襲い掛かってから戦いが終わるまで、ものの数分もかからなかった。
 そして、ジョーとメグもまた、残りのゴブリンたちとの戦いを繰り広げていた。
 勢いよく振り下ろされたゴブリンの短剣を、メグの短剣が受け止める。ゴブリンはそのまま力を加えて、メグの動きを封じようとした――が、
「とっとと逝きな!」
 次の瞬間には、ヌンチャクがうなりをあげてゴブリンの頭を直撃していた。残る一匹は、ジョーの攻撃で既に消えうせていた。
「あ、ありがとう、ジョー・・・」
「楽勝、楽勝!」
 得意げになるジョーに、ユウが釘を刺した。
「調子に乗るな。クリスタルがある洞窟にまで魔物が巣食っている・・・これがどういうことか分かるか?」
「・・・クリスタルの力が弱まってるか、魔物の力が強くなったってこと?」
 メグの言葉に頷き、
「或いはその両方で、何らかの原因でクリスタルの力が弱まり、魔物が強くなったとも言えるな。もしかしたら、あの大地震はそれの兆候だったのかもしれないぞ」
「だったら、こんなところでグダグダ言い合ってるより、当のクリスタルに訊いてみるのが一番手っ取り早いんじゃねえか?ほら、行くぞ!」
 ジョーは先頭を切ろうとして、
「わっ!」
 何かにつまずいて転んだ。メグが慌てて駆け寄り、
「だ、大丈夫!?ケアルしようか?」
 と訊いた。一応白魔法を勉強中で、初期魔法は使えるのだ。
「擦り剥いただけだ、これぐらいで大げさなんだよ」
 鬱陶しげに答えながら、自分がつまずいたものの正体を確かめた。どうやら、古びて汚れた木製の箱のようだ。
「こんなところに置いてんじゃねえよ!」
 右手でぶつけた膝をさすりながら、腹立ち紛れに、左手で箱を思い切り殴った。途端にパカッと音を立てて蓋が開く。
「何か入ってるな」
 ユウが慎重に覗き込むと、中には錆びた短剣、ボロボロの絹織物、ヒビの入った磁器のポットと食器、汚れた人形、欠けた花器、金貨の詰まった袋、そして白い珠がふたつ入っていた。ジョーは白い珠を取り上げ、
「これは・・・魔法のオーブ?何の魔法だろう?」
「それは魔法じゃないわ、『南極の風』よ。冷気魔法の力がこめられてるのよ」
 メグの説明に、
「へえ、よくわからないけど便利そうじゃねえか、持っていこう。・・・ついでにこれも」
 と言いながら、ジョーは珠と金貨の袋を革袋に入れた。
「や、やめようよ、泥棒みたいよ」
 メグが慌てて止めるが、ジョーは「こんなところにあるより、オレたちが有意義に使った方が意味があるってもんだ」と聞かなかった。
 ユウは箱の中身を見ながら、
「何でここにこんなものがあるんだ・・・ん?」
 ユウは中のものを順番に手に取り、まじまじと見つめた。どこかで見たことがあるような気がする。それも、つい最近・・・。その疑問は、花器の底にある落款を見たときにとけた。
「あ、そうか、本で見たんだ。『伝説の宝』の、『盗難品』の項目だったな。・・・ということは、ここにあるものは全部盗品?」
「じゃあこの洞窟って、元は盗賊の根城で、盗んだ物をここに隠していたのか?でも、なんでこんなボロいものを盗んだんだ?」
 ユウは短剣を見た。黄金で出来た柄に、見たことのない紋章が彫られ、指の爪ほどの大きさの赤い宝石が象嵌されている。特別に作られたものであることは容易に察しがついた。
「元からボロだったわけじゃない。もともとはお宝だったんだろうが、洞窟にずっと放置されてりゃこんなになって当り前さ。地震もあったしな」
「確かに・・・」
 ジョーが、合点がいったように頷いた。
「じゃあ何で盗賊はお宝をここに置いていっちまったんだろうな?」
「さあな。もしかしたら、追手が来たのでお宝を持たずに逃げたのかもしれないし、或いは、お宝を巡って仲間割れで殺しあったのかもしれない。・・・お宝が置きっぱなしということは、後者かもな」
 一方メグは汚れた人形を取り上げていた。元は絹の豪華なドレスをまとっていたのだろうが、土で汚れきってただの襤褸にしか見えない。黄金色の髪も土まみれで強張っている。
「ねえユウ、これ持って帰っていい?このままじゃ可哀想よ」
「ああ、好きにしろ」
「ありがとう!」
 メグは嬉しそうに人形を抱きしめた。
「行くぞ」

 三人は更に先に進み、盗賊が作ったと思われる、岩に似せた巧妙な隠し扉を見つけて開けた。すると、すぐ目の前に下り階段があった。螺旋状の長い階段を降りきったとき、ユウは何かの匂いを感じた。
「水の・・・匂いがする。こっちだ」
 匂いが流れてくる右の道を曲がってみると、突き当たりにユウの言った通り小さな泉があった。不思議なことに、そこに湛えられた水は微かな白光を放っている。
「水だ!」
「待て、ジョー!」
 嬉々として泉に行こうとするジョーを、ユウが止めた。
「何だよ!?」
「こんなところにある水なんて、何が入っているかわからないだろうが・・・」
 言いながら、持参してきた毒消しの草を取り出し、少し千切って泉に浮かべた。少し待ったが、毒消しは何の反応も示さなかった。もし毒におかされた水なら、草は黒く変色してしまうのだ。三人は安心して水を飲んだ。と、水が喉を通り過ぎた瞬間、急に身体が軽くなり、今までの疲れが嘘のように吹っ飛んだ。それだけではない。穴に落ちたときに出来た傷も、転んで出来たジョーの擦り傷も、すべてが綺麗に塞がってしまったのだ。
「すごいわ・・・!もしかして、これもクリスタルの力・・・!?」
 メグは驚きを隠せないでいたが、不意にその表情が一変した。そして、
「・・・行きましょう。もうすぐ奥に着くわ」
 先程と同じような口調で言い、反対方向に向かって歩き出した。