闇の中。緑色の小さな光が、目の前をチラチラしていた。
 ――選ばれし者たちよ・・・洞窟の奥で、そなたらを待っている・・・
 ユウは闇の中で問いかけた。 
「おまえは・・・誰だ?」
 ――私は、風を統べる者・・・

「起きろぉーっ!」
 ジョーは、本日二度目の台詞を発した。言った相手も同じだ。
「わあっ!?」
 ユウはガバッと起き上がった。顔を横に向けると、不機嫌そうな表情のジョーと、心配そうに自分を見るメグの姿があった。その瞬間、自分たちの身に何があったのか思い出していた。
 三人は、魔物と出くわすこともなく、風のクリスタルがある洞窟までやって来た。・・・そこまではいいのだが、中を少し歩いたところで急に足場が消失した。身体が宙に浮いたような感覚を一瞬だけ感じたが、その後のことは覚えていない。おそらく、三人揃って落とし穴に落ちたのだろう。地面に勢いよく激突したらしく、全身が痛み、擦り傷やアザがあちこちにある。だが、折れたり挫いたりしているところがないのが幸いだった。
「あれから・・・どれくらい経った?」
「さあ、わからないな。でも、もう外は明るくなってるんじゃねえか?」
 ユウは頭を掻き、ため息をついた。
「参ったな・・・今日はパメラとフラニーに稽古をつける約束してるのに・・・」
 村から洞窟までは徒歩で十分ほどしかかからない。だからクリスタルを見た後さっさと引き返せば、村人たちが起きだす前に帰れると思っていたのだが・・・どうやらその考えは甘すぎたようだ。
「・・・とにかく、ここから出る方法を考えよう」
 ユウは周囲を見回した。あたりは完全に岩に囲まれている。唯一、左手の壁に人ひとり分入れそうな通路がある。早速ジョーが行こうとしたが、中に何があるかわからないのに無計画に飛び込むのは、あまり賢明なやり方とは思えない、とユウがなだめた。そして、なだめられたはずのジョーが不快感を露にした。
 次に見上げてみると、天井にぽっかり穴が開いていた。言うまでもなく、三人が落ちた穴だ。ジョーも真似をして上を見る。そして、
「あ、そうだ!」
 何か思いついた様子で指を鳴らし、嬉々とした顔で革袋からロープを取り出した。
「まさか、投げ縄でもすると言うんじゃないだろうな?」
「んなわけねえだろ!ここから穴までは、三人で肩車すれば、一番上の奴は出られそうな高さだ。で、そいつがこのロープをどこかに結び付けて穴の中に垂らす。それを登っていけば脱出できるって寸法だ」
 ユウは、ロープの長さを確かめながら、上の階の光景を思い出した。確かに上には、ロープを結べそうな頑丈な岩柱がたっていた。だが、その柱と落とし穴との距離を考えると、このロープを垂らしても穴の底には届きそうにない。おそらく、一番身長の高い自分が思い切り飛びあがったとしても、ロープにしがみつくことは到底不可能だと思われる。この考えをジョーに話すと、先程とは一転、彼はむっとした顔をした。
「じゃあどうすりゃいいんだよ!このままここでのたれ死ぬなんて真っ平だからなっ!」
「当り前だ・・・そういえば、メグは?」
「へっ?」
 ユウとジョーはまたあたりを見回した。ついさっきまでここにいたはずの少女の姿がどこにもなかった。自然にふたりの視線は、入る入らないで揉めた通路の方へと向いていた。
「なあユウ、まさか・・・」
「おれも、多分おまえと同じことを考えてると思う・・・」
 煙のように消えたり、空を飛んで穴から脱出したのでなければ、彼女の行き先はただひとつだ。ユウとジョーが脱出方法を言い合っている間に、横の通路に入っていったのだろう。そう思うや否や、ふたりは通路に飛び込んだ。
「あいつめ・・・!変なときに行動的になるんだから・・・!」
 ジョーが毒づいた。メグが自分から進んで発言することはあまりないので、ふたりの会話に割って入らなくても別におかしいとは思わなかったのだ。
 そういえば・・・とジョーは思いだした。昨夜、自分が洞窟に行こうと言い出したとき、メグは訊かれる前に、
「わたしも行くわ。あの洞窟に、何かがありそうな気がするの・・・」
 と言ったのだ。あのときは、訊く前に言うなんて、珍しいくらいにしか考えなかったのだ。「何かありそう」というのは、落とし穴に落ちることを指していたのか?分かってるならそう言えばいいのに・・・などと、心の中で文句を言っていた。
 狭い通路をやっとの思いで飛び出すと、
「メグッ!」
 正面の壁にもたれるようにして佇んでいるメグの姿を見つけた。ユウが駆け寄り、
「おい、何勝手なことやってるんだ!おれが言ったこと、聞こえなかったのか?」
 子供を叱るような口調で言うと、メグはゆっくり顔を上げた。
「洞窟の奥に行くのよ・・・いえ、行かなきゃならないのよ・・・」
「奥に?」
 その台詞で、ユウは気絶したときに聞いた声を思い出した。あの不思議な声は、「洞窟の奥で待つ」「私は風を統べる者」と言っていた。「洞窟の奥」にいて、なおかつ「風を統べる」ということは、まさかあの声は・・・?でも、なんで自分たちを・・・?
「・・・わかった。じゃ、行こう」
「おい、ユウ!」
 ユウはそれ以上責めるのをやめ、奥へと歩を進めようとした。が、すぐに足を止め、素早く鞘から剣を抜いた。ジョーとメグも同じように立ち止まり、身構えて前を睨みつける。
 薄闇の中に赤い目が八つ、不気味に光っていた。