「起きろぉーっ!」
 いきなり耳元で叫ばれ、

「わあっ!?」

それまで夢の世界を旅していた少年はガバッと飛び起きた。声のした方に視線を向けると、

「いつまで寝てるんだ、待ちくたびれちまったぜ。・・・まさか、忘れたわけじゃないよな?」  
 武闘着を着、腰帯にヌンチャクを挟んで、すっかり身支度を整えた茶褐色の髪の少年が、髪と同じ茶褐色の目で自分をにらんでいた。不機嫌と苛立ちを隠そうともしていない。

「わかってるよ・・・風の洞窟だろう?」

少年は頭を振った。さっきの大声の影響で、まだ耳がキンキンする。

外はまだ暗い。夜明け前なのだから当然といえば当然だ。寝ぼけ眼でベッドから出ながら、

「何だか・・・変な夢を見ていた」

「夢だって?おまえでもそんなものは気にするんだな。で、どんな夢だったんだ?」

 少年は、ベッドの傍に置いていた着替えを取り上げながら答えた。

「・・・忘れた」

「は?変な夢だったことは覚えているくせに、肝心の内容は忘れちまったのか?」

「とにかく、綺麗さっぱり忘れたんだ!だからこれ以上聞かれても答えようがない・・・それよりジョー、メグはどうしたんだ?」

 少年の問いに、ジョーと呼ばれた少年は肩をすくめて、

「支度中だと。後どれくらいかかるかちょっと訊いてくる」

「なら、扉をちゃんと叩いて、許可を得てから開けろよ。この間みたいに椅子を投げつけられてもそれは自業自得ってものだ。あれは声もかけずにいきなり開けたおまえが悪いんだからな」

「ふん・・・」

 ジョーは荷物袋をひっつかみ、不貞腐れたような表情で部屋を出て行った。開け放された扉を、音を立てないようにそっと閉め、少年はやおら着替え始めた。

昨日は少年の十七回目の誕生日だった。その祝いにと、育ての親であるトパパとニーナから、特別にあつらえた甲冑を贈ってもらった。今、初めてそれを身につける。

 村の外に出るときに着る革の鎧とは質感が全く違うので、思いのほか手間取ってしまい、着終える頃にはうっすら汗をかいていた。そのせいか、かすかに金気臭さを感じる。

去年の誕生日にトパパから贈られた愛用の長剣を手に取り、柄をグッと握り締めた瞬間、彼は夢の中での戦いを思い出した。夢の内容を全て忘れたわけではなかったのだ。他は忘れても、なぜかあの戦いの場面だけはしっかり頭の中に焼きついていた。

 彼は、夢の中で銀髪の男性になって戦っていた。不思議な剣の感触、光を斬ったときの手ごたえ、攻撃に成功したときの興奮と達成感、光の渦に巻き込まれたときの衝撃・・・それらだけはいやにはっきり覚えていた。鮮やかに、と言いかえてもよかった。

 まるで、自分があの男性になったかのように。そこまで考え、すぐに否定した。

・・・まさかね。おれはおれじゃないか。

 少年は窓に視線をやった。そこに映っている、紫がかった黒髪と、赤みがかった鳶色の双眸の少年が、自分をじっと見つめている。間違いなく、十七年付き合ってきた自分の姿だった。これで違う姿だったら大変だ。

 手ぐしで軽く髪型を整えると、やっと部屋の外に出た。足音を殺して階段をおりる。ニーナはもともと眠りが深いほうだし、トパパは昨夜の宴で飲みすぎたようなので、多少の物音では起きないとは思うが、それでも用心に越したことはない。自分の心臓の鼓動の音が、家中に響くのではないかと思うくらいうるさく聞こえる。少年たちが早朝に家を抜け出すのは初めてのことではないが、今日は目的が違うこともあり、ひどい緊張を強いられた。

 玄関の扉を開けると、

「遅せえぞ」

 仏頂面のジョーと、もうひとり――手に杖を持った、オレンジ色がかった金髪の少女が待っていた。

「おはよう、ユウ」

「おはよう、メグ」

 少年――ユウと、少女――メグは朝の挨拶を交わした。

「じゃ、さっさと行こうぜ」

 ジョーが村の外に向かって足早に歩き出し、ユウとメグは彼の後を追った。

 東の空がうっすらと明るくなりかけていた。

 

 ユウ、ジョー、メグの三人は孤児で、辺境の村ウルの長老トパパと、母親代わりのニーナと共に暮らしていた。

 ウルは風のクリスタルを祭る村だった。だが半年ほど前、未曾有の大地震に襲われた。

地震は一昼夜続き、村はクリスタルの加護で被害を免れることが出来た。が、当のクリスタルは地中に沈み、後には暗く深い洞窟だけが残された。

また、地震と同時にどこからともなく現れた魔物たちが徘徊するようになったため、滅多なことでは遠出が出来なくなった。だから、三人が地震後にクリスタルのところに行くのは、これが初めてだった。クリスタルのことは皆気になってはいたものの、魔物への恐怖で誰も近付こうとはしなかったのだ。

 きっかけになったのは、昨夜――酔いつぶれたトパパとニーナが眠った後、ジョーが「洞窟に行こう」と言い出したことだった。それにユウが賛同し、メグもそれに続いた。

 このときは、ちょっとした度胸試しのつもりだった。

  だが――この探検が、彼らの運命を大きく変えることになろうとは、このときまだ誰も知らなかった。