ユウが街での用事を済ませていた頃、ジョーとメグは、サロニア北西の街の図書館にいた。
 再開されたこの図書館には世界の歴史書から、希少価値のある古書、子供向けの絵本まで、ありとあらゆる書物や文献がそろっている。研究を続ける城勤めの学者、暇を持て余している老人、夢中で絵本を読む子供たちなどがいた。

「・・・ほらよ」

 ジョーは、本棚から取り出した数冊の分厚い本をドサッと机の上に置いた。少量のほこりが舞うが、メグはそれには反応せずにひたすら本に目を通し続ける。ページがめくられるペースは、ユウのそれより遥かに早かった。

 ――理解できん。ジョーは椅子にかけると、とくにやることもないので目をつぶった。あの夢のせいで寝不足続きだ。

 

 肩を強く揺すぶられて、ジョーは目を覚ました。熟睡しかけたところだったのに・・・。

 口を開けた瞬間、今自分がどこにいるかを思い出し、ギリギリのところで声を抑えることに成功した。メグに椅子ごと近づき、

「どうした?何かわかったか?」

「うん・・・ね、とりあえず外に出ましょう。ここでうるさくするのはまずいわよ」

 図書館前の広場に着くと、メグは二冊の本を差し出した。題名は、「光の氾濫」と、「吟遊詩人の詩」。どちらも、かなり古いものらしい。

ジョーはまず、「光の氾濫」の本を開いた。何百年も前に記された文献を、サロニアの学者たちが解読にとりかかったのだが、中身が晦渋すぎるのと、破損が酷いのとが重なって、結局一部しか判明しなかった。そのほんの一部の内容を、再び書き直したものだった。

 内容を要約するとこうだった。約二千年前、古代人が光の力を酷使したことにより起こった光の氾濫で、世界は滅亡の危機にさらされた。だがそのとき、闇のクリスタルに選ばれたという闇の四戦士がどこからともなく現れ、光の暴走をくい止めた。彼らの名は、アシュトン・ティサーナ、セリファ・グレナデン、リセリタ・トルク、ジルフェイド・ファゼル。アシュトンは最後の敵と相討ちし、他の仲間は、光の氾濫がおさまったのち姿を消した。闇の世界に帰ったとも光の世界に留まったとも伝えられているが、詳細は不明のままだ。

 

「古代人の村で聞いたこととほとんど同じだな。闇の戦士の行方はわからずじまいか・・・」

「もし、闇の戦士が光の世界に留まったとしたら、子孫がこの世界のどこかにいるかもしれない・・・そう考えたんだけど、どうかな?」

「そりゃ飛躍しすぎだ。二千年も前の話だし、第一、闇の戦士が全員結婚したとは限らないだろ。あ、もしかしておまえ、自分たちがその子孫だと思ったのか?」

 メグは頷いた。

「だったらクリスタルがそう言うはずだ」

 仮に子孫がいたとしても、オレじゃないことは確かだな。ジョーは心の中でつぶやきながら、「吟遊詩人の詩」を取り上げた。栞が挟んであるページをめくったとき、

「ん?湖の大きな影 リヴァイアサン・・・」

 ダスターで買った本と同じ詩が載っていた。あの本は酒場でユウと一度目を通したきり、枕にも盾にもすることなく部屋の隅に放っておいた。その後、サロニアの砲撃で跡形もなくなってしまったが、メグには読ませていなかったので、この詩のことを知らないのは当然といえば当然だ。

「リヴァイアサンは、湖に封印されたってことよね」

 メグはジョーのつぶやきを違う意味に解釈したようだ。

「そうなるな。その湖がどこのことを指すのかわかればなあ・・・おまえにもわからないだろ?」

「そのことなんだけどね、もしかしたら・・・って思うところはあるのよ。浮遊大陸の地図持ってる?」

「浮遊大陸の地図?あれなら、ユウが持っていたと思うけど・・・浮遊大陸にそいつがいるっていうのか?」

「もうちょっと待って。はっきりさせたいから」

 単なる勘じゃないのかとジョーは思ったが、手かがりが皆無に等しい以上、勘でも頼らずにはいられなかった。

 

 ジョーとメグがあらかじめ待ち合わせ場所に決めていた宿屋に入ったとき、ちょうどユウが宿帳に名前を書いていたところだった。

「剣はどうなったの?」

「新しい剣は買えなかったが、腕のいい研ぎ師を教えてもらったんだ。ここからちょっと離れた村にあるそうだ。明日行ってもいいか?」

「構わないよ。どうせあと三日時間を潰さなきゃいけないんだから。それより、メグが浮遊大陸の地図を見たいとさ」

 あてがわれた部屋に入ると、ユウは荷物袋の中から浮遊大陸の地図を引っ張り出した。地図は、すっかりくしゃくしゃになってしまっていた。

「ここが、グルガン族の谷よね」

 メグの白い指は谷を指さず、そばに位置する湖を指した。

「『ドールの湖』?ここにリヴァイアサンがいるってのか?」

「根拠はなんだ?」

 ジョーが懐疑的な口調で、ユウが冷静な口調で訊いた。

「実は・・・以前ここに行ったとき、近くから気配を感じたの。人間でも魔物でもない、大きな気配だったわ。今思えば、それが多分・・・」

「リヴァイアサンかもしれない、か。まあ、行ってみてもいいか。違っていたらグルガン族に訊く手もあるし」

 ジョーは未だ半信半疑の様子だったが、ユウはメグの言う通りかもしれない、と考えていた。

 

 光のささない真っ暗な湖底に、小さな空間があった。

 空間の中にいるのはひとりの若い男。ただひとつ人間と違うのは、その耳が大きく尖っていることだった。

 男はじっと瞑目していたが、不意に目を開けると、薄い唇の端をかすかに上げた。

 ――待ち人、来たり。