必要なことを済ませ、ユウたちはサロニアに戻ってきた。
「おお、やっと来たか。陛下がお待ちかねだぞ」
 カトルに案内されてユウたちが謁見の間へ入ると、アルスが満面に笑みを浮かべながら彼自ら出迎えてくれた。
 最初にアルスと会ってから半年近く経つが、その間に、彼はかなり変わっていた。顔立ちも大人びて、背丈もかなり伸びている。意志の強そうな澄んだ碧眼が、王としての威厳を強く見せていた。
「――ダルグ大陸に行って来たんですか?」
 ユウたちは、懇談の間に招かれていた。そして、その場には大臣ギガメスも同席していた。
「ああ。そこで、ノアの弟子だったドーガに会ってきたんだ。いろいろ聞いてきたよ。ノアのことも、闇の氾濫を起こしているザンデのことも・・・」
 三人は、出された茶菓を口にしながら、ウネのことやインビンシブルのことなどもかわるがわる話した。ユウとメグが不審に思ったのは、ジョーがあまり口をきかないことだった。カップを指でくるくる回しながら、物憂い顔をして何か考え込んでいるように見えた。三人がこんな風に誰かと話すとき、一番饒舌になるのは彼なのだが。
 ユウは、オーディンが、サロニアの何処かに封印されているらしいという事を話し、何か心当たりはないかと尋ねた。
 だがアルスは、
「いいえ、そういう話は聞いたことがないです。お役に立てなくてすみません」
 と、申し訳なさそうな顔で言ったとき、いままでずっと黙って三人の話を聞いていたギガメスが、僭越ながら・・・と前置きして話しだした。
「実は・・・十年ほど前のことなのですが、それがしがまだ文官付きの書生だった頃、城の地下に入ったことがあるのです。そのとき、宝物殿に迷い込んだのですが、そこで古代文字らしきものが書かれた扉を見つけました。どうしても開かなかったので、諦めて戻らざるをえませんでしたが・・・」
「そんなことがあったの?」
 アルスの言葉に、彼は頷いた。ユウはカップをおくと、
「もしかしたら、オーディンの居場所かもしれない。案内してくれませんか?」
 頼むと、ギガメスは快諾してくれた。
「ジョー、行くぞ」
 ユウに肩を叩かれて我に返ったジョーは、つまんだままのクッキーを慌てて口中に放り込み、目を白黒させた。

 サロニア城には、ふたつの地下室がある。ひとつは輜重倉庫、そしてもうひとつが目指す宝物殿。
 案内役のギガメスが、宝物殿の扉を開けると、変わった香の香りが鼻を突いた。地下室特有の埃臭さを消すために使われているのだ。
 そこには、豪華な装飾品や高価な宝石類、純金の冠や、宝石をちりばめた指輪や腕輪、名画や彫刻、美しい壺や絵皿、短剣、上等な絹であつらえたドレスなどが、所狭しと陳列されていた。燭台や置物などが置かれた棚に、竜の形の香合があり、口の部分から、焚かれた香が煙となってたちのぼっていた。
 ユウたちは、陳列されている宝を落とさぬよう、用心しながらギガメスの後をついていった。
「ぼくはここにくるのははじめてです」
 アルスが、辺りをキョロキョロ見回しながら誰にともなく言った。
 ジョーの足が、ふと一枚の絵画の前で止まった。嬰児を抱いて椅子に座っている女性と、その側に微笑みながら立っている前王。
 前王の髪は茶褐色。女性の髪は黄金色で、嬰児のそれは父親譲りの茶褐色だった。前王がお抱え絵師に依頼して描かせたものだった。絵の題名は、「永遠の宝」。
 ジョーの視線は、ごく自然に絵の中の嬰児、そして両親にひきつけられていった。だが、どうしても嬰児が自分だという実感はわいてこなかった。
「――何を見てるんだ?」
 われに帰ると、いつの間にか横にユウたちが立っていた。
「あら、この絵・・・王さまご一家ね?」
 メグの問いにアルスは頷いた。
「ええ。この赤子は、ぼくにとって兄・・・いえ、従兄弟になるはずの人でした」
 アルスは答えながら、横目でジョーを見た。
 この子はあなたです。あなたはヒリュウ王子なんです。そう言ってしまいたい気持ちを必死に抑えていた。ジョーが既に、何もかも知っているとは露ほども知らずに。

「・・・ここです」
 ギガメスは一枚の扉の前に立った。それは、扉と言うよりタダの石の板、と言った方がよかった。取っ手も何もなかったのだ。
 扉には何かの古代文字が刻み込まれている。ユウは、無意識のうちに声を出していた。
「オーディン・・・」
「え、読めるんですか?」
「心優しき騎士オーディン 目覚めを待つ・・・」
 その文字は全く知らない物だったが、頭の中に直接読み方が響いてきたような気がしたのだ。それは、ジョーとメグも同じだった。
「やっぱり、この中にオーディンがいるんだな」
 ジョーが言うと、メグが疑問を口にした。
「これ、どうやって開けるの?」
 試しにユウは、扉に軽く触れてみた。と、手の触れたところがポーッと赤く光り出した。
「あっ!?」
 驚いて手を離そうとしたが、はりついたかのようにびくとも動かない。やがて光が扉全体を覆うと、突然大きく迸りユウたちを包み込んでしまった。

「待っていた、光の戦士――」
 淡々とした声におそるおそる顔をあげると、甲冑をまとった騎士が立っていた。聖騎士オーディンだった。
「余の力を、受け取るがよい」
 オーディンの手から剣がふわりと離れ、ユウの前で止まる。手を伸ばして取り上げると、剣は白いオーブに姿を変えた。同時に、心の中に魔法の言葉が浮かび上がる。
 これが・・・オーディンの力・・・ユウは、オーブをぐっと握り締めた。新たな力がみなぎってくるのがわかる。
「儀式は、終わりだ、行くが良い。そなたらが捜しているリヴァイア殿とバハムート殿は浮遊大陸にいる。バハムート殿には気を付けてかかることだ・・・」

 オーディンの声の余韻がやむと同時に光がゆっくりと消えた。
「何があったんです?」
 状況を把握できないアルスとギガメスが側にやって来た。ふたりには、ユウたちが光に包まれてからの出来事は見えなかったのだ。ユウが最前触れた扉はいつの間にか消え、まわりと同じ無機質な壁が広がっていた。
「オーディンに、会った」
 ユウは、手の中のオーブを見つめたまま、ひとりごとのように答えた。初めて見る実体の幻獣の気迫に完全に飲まれてしまったのだ。
「なんだか、凄い力を感じる。でも、まだこの魔法は使いこなせない・・・これが、幻獣の力なのか・・・」
「あの・・・大丈夫ですか?」
 アルスの心配そうな声に、ユウはやっとわれに返った。
「あ、ああ。大丈夫だ。さあ、戻るか」
 半ばボーっとした表情でさっさと歩き出すユウを見て、ジョーは隣のメグにしか聞こえない声量でつぶやいた。
「オーディンの気に当てられたんじゃないの、あいつ・・・」

 「今夜は城に泊まっていってください」というアルスの誘いを丁重に辞退し、ユウたちは街に向かった。