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この世界には、三人の幻獣が存在するといわれている。

聖騎士オーディンは、自分の力が悪用されることを恐れ、自らの魂を人知れぬところへ封印したという。

聖蛇リヴァイアサンは、竜王バハムートとともに、大魔道師ノアによって浮遊大陸に封印されたという。

これらのことは、ある吟遊詩人によって詩となった。その詩は、この一文でしめられている。

「幻獣たちは、闇を光に、絶望を希望に変える者が現れるまで、永遠に待ち続ける」

 

 闇の中から揺りかごで眠る嬰児が現れた。そして、同時に女性が現れ、嬰児を抱き上げる。女性の顔はよくわからない。

「古代サロニア語で、ヒリュウという言葉は『自由』や『風』を意味するの。あなたが何ものにも捕らわれない、風のような自由な人になってもらいたいとあの人が付けたの。あなたは、私たちの宝よ・・・」

 女性が、すやすやと眠る嬰児の頬にそっと触れる・・・。と、突然現れた真紅の光が、ふたりをのみ込んだ。

 女性の悲鳴と嬰児の泣き声が交錯する。

 唐突に、白銀の光が真紅の光を切り裂いた。

 そしてふたつの光がやんだとき、残っていたのは泣き続ける嬰児。産着には、見覚えのある銀の十字架がはさまれている。その左肩は、無惨に焼けただれていた。

                                

「うっ・・・!」

 目が覚めた。額は汗でぐっしょりだ。

またあの夢を見た、と思った。サロニアを発ってから、うっとうしいほどよく見る夢だ。

少し離れたベッドでは、ユウが眠っている。他人の過去を見ているかどうかは定かではないが、珍しく熟睡しているようだ。自分が眠れないのに、他人がぐっすり眠っていることへの苛立ちを初めて感じた。

 ドラゴンの塔での出来事以来、竜騎士サロニードの言葉がいつも心にのしかかっていた。自分はサロニードの子孫であり、サロニアの王子ヒリュウであると。ペンダントという歴然とした証拠もあるから、そうなのかもしれない・・・が、今更それが判明したところでどうなるというのだ?仮に、「自分はヒリュウだ」と名乗ったところで何かが変わるわけでもなく、詐欺師呼ばわりされるのがオチに決まっている。前王が死に、その息子アルスがあとを継いだ。ただそれだけのことだ。無意味に国を引っかきまわす必要などどこにもない。

「そうだよ、オレはウルの村のジョー、それだけだ・・・」

 ペンダントを握りしめながら、ジョーは今までに何回言ったかわからない台詞をつぶやいた。

 

 サロニア王アルスは、眠れぬ夜を過ごしていた。その指は、もう何度読み返したかわからないサロニアの歴史書をめくり続けている。ほとんど機械的な動作だが、ある項目までたどりつくと、その手はピタリと止まるのだ。

「竜騎士・・・サロニード・・・ガルーダを討伐・・・」

 いつも思い出すのは、ガルーダと戦うジョーのことだった。竜騎士の装備を身につけて敵に挑む姿は、本の挿絵にある竜騎士サロニードとうりふたつだ。状況が同じだったからとか、雰囲気が似ているからとか、そんな言葉で片付けてしまうのは腑に落ちない。

 もしかしたら・・・あの場にいたのは、ジョーではなく、サロニード本人だったのではないか?そう思ってから、アルスは自分の考えをすぐに打ち消した。それより、ジョーがサロニードに似ているのは他人の空似などではなく、彼の血をひいているからでは、と考えたほうが余程筋が通っているではないか・・・。

ここまで来て、アルスはふとあることを思い出し、急いで本をめくった。「サロニアの大火」の項目を読むためだ。

 今から十七年前の八月の夜、サロニア王国は大規模な火事に襲われた。巨大な炎の嵐は三日間猛威を振るった後、三日間降り続いた雨のおかげで消えた。だが、失われたものはあまりにも多かった。城は半分以上が焼失し、サロニア国民の四分の一が犠牲になり、前の王妃ノインと、お七夜を迎えたばかりの王子ヒリュウの生命が消えた・・・と思われる。ノインの遺体は全身が無残に焼け爛れた状態で発見されたが、ヒリュウはどこを捜しても見つからなかったのだ。嬰児だったから、骨も残らず焼けてしまったのでは、という結論に達するのにさほど時間はかからなかったが、王を含む一部の人間は、生存を信じていたようだ。その考えも、十七年と言う時の流れに消え去ってしまったようだが・・・。

 もし、ジョーが行方不明のヒリュウだったら?ヒリュウが生きていたら現在十七才だ。アルスは、以前ジョーと交わした会話を思い出していた。

「――オレ、夏生まれなんだ。といっても本当の誕生日はわからないけどさ」

一緒に行動しているとき、彼はこう言わなかっただろうか。また、生まれてすぐに、ウルの村のはずれに捨てられていたところを拾われたとも。

 もし、行方不明になったあと、何らかの過程を経てウルの村に来たとすれば辻褄は合う・・・が、だとすれば、一体何があって彼は遠く離れたウルに移動したのだろうか?

「考えすぎかな?でも・・・」

 アルスは本を閉じると、自分がかけているペンダントを手のひらにのせた。父王の形見であり、サロニア王の証でもある品だ。

「似てるんだ・・・これと」

 ジョーがかけていたペンダントと自分のペンダントは、金と銀の違いを除けばほとんど同じといっていい。もちろん、十字架のペンダントなどどれも似たようなデザインだろうが・・・。

「もしそうだとしたら、ぼくはどうすればいい?」

 「あなたは父上の息子ヒリュウです」と打ち明けるのか?今更そんなことを言ったところでどうなる?

 ジョーは一緒に行動している間、自分を育ててくれたウルの人たちや兄弟同然に育ったユウやメグのことをよく話してくれた。「血のつながりはないけど、大切な家族なんだ」とも。それくらい「ウル」という場所は、彼にとって特別なところなのだ。それをぶち壊すのは、故郷を奪うことにも通じる。そんなことをして彼に、自分に何の得があるというのだろう。

「父上・・・あなたならどうしますか?」

 アルスはペンダントをじっと見つめ、答えが返ってくるはずのない質問を繰り返した。

 

「――陛下?夜更かしはお身体に毒ですよ」

 アルスの部屋からもれてくる明かりに気がついた大臣ギガメスは、数度扉を叩いた後、そっと部屋に入った。

「陛下、明日から大事な会議ですから・・・ん?」

 アルスは、机に突っ伏した姿勢のまま眠り込んでいた。ギガメスは少し考え込んだあと、ベッドから取ったかけ布を、そっと少年王の背にかけてやった。

 

 インビンシブルがサロニア領地に到着したのは、それから二日後の夕方のことだった。

「あーあ、やっと着いた・・・遅いから、いつになるかと思ったぜ・・・」

 最初に降りたジョーが、開口一番に言った。ノーチラスの速さに慣れきっていたせいで、インビンシブルの速度を遅く感じてしまったのだ。

「じゃ、さっさと城に行って、オーディンとやらを手に入れようぜ」

 ジョーが城門に向かって歩き出し、ユウとメグもそのあとに続いた。その姿は傍目には、遊び好きな御曹司とその従者のように見えた。そのままサロニア城に行き謁見を申し込んだが、

「――会議?」

「一昨日から、陛下は大臣や城の学者たちと会議に入られている。あと三日間は会議室に缶詰だろう」

 カトル兵士長は申し訳なさそうに答えた。

「三日!?そんなに待てるかよ、なんとかならねえのか!?」

「すまない。国の方針を決める大事な会議なので、その間は何人たりとも謁見はかなわないのだ。たとえ光の戦士でも・・・そこのところは了承してもらいたい。むろん、おまえたちが来たことを陛下には伝えておくがね」

「それにしたって・・・」

 ユウはまだ何か言いたそうな顔をしているジョーを制し、

「それなら仕方ないな・・・三日後にまた来るよ」

「そうしてくれ。あ、なんなら、会議が終わるまでの間、城に滞在するか?客室は十分に空いているぞ」

「いや、それには及ばないよ。・・・それじゃ」

 カトルの誘いを辞退し、ユウはふたりを促すようにきびすを返した。去り際ジョーは振り向き、気になっていたことを訊いてみた。

「そういえば、結婚式の日は決まったのかい?」

 不意に投げかけられた質問にカトルは赤面し、明らかに狼狽した様子を見せたがすぐに平静を取り戻すと、

「まだハッキリとは決まってない。なんせ式を挙げるのは、おまえたちが闇の氾濫を止めたあとということにしたからな」

「えっ?」

「へっ?」

「まあ・・・」

 今度はユウたちが驚く番だった。

「そういうわけだから、しっかり頼んだよ、戦士さん?」

「・・・わ、わかりました、頑張ります!」

 白い歯を見せてニヤリと笑うカトルに、メグが引きつった笑いを浮かべて答えたときには、すでにユウとジョーは城門を飛び出していた。

 

「・・・これからどうしようか?」

 ふたりに追いついたメグは、突然空いてしまった三日間の予定について意見を求めてきた。

「うん・・・出来ることなら、残りの幻獣を探しに行きたいけど、居場所がわからないんじゃどうしようもないよなあ・・・」

 ユウは、ダスターで読んだ本の内容を思い出していた。リヴァイアサンが湖にいることは判明したが、やみくもに世界中の湖を探しまわるという手はあまり合理的とは思えない。

「観光でもするか?」

 ジョーが言ったが、当然のように無視された。と、メグが思い出したように、

「あ、図書館に行けば何かわかるんじゃないかしら?」

 サロニアには、ありとあらゆる資料や文献を集めた、世界最大規模の図書館があるのだ。大抵の調べ物ならここで済ませられるというのが専らの評判だ。ただ、あまりにも数が膨大なため、目的のものを見つけるのに時間がかかってしまうという欠点もあるが・・・。

「そうだな、手分けすれば時間も節約出来るだろう。じゃあ、先に行っててくれないか?ちょっと武器屋に行きたいんだ」

「ああ・・・そういえば、ユウの剣大分使いこんでるものね、いいわよ。ジョー、行こう」

 活字と相性が悪いジョーは、あからさまに嫌そうな顔をしていたが、「全部わたしが読むから、ジョーは本を探してくれればいい」というメグの台詞に渋々了承した。

 ジョー、メグと別れたあと、ユウは鞘からキングスソードを抜いて見た。今までに数え切れないほどの魔物を斬ってきたため、刃がかなり欠けてしまいほとんど役に立たない。だからといってアーガス王から授かった大事な剣を船倉に放り込んでしまうのもためらわれた。今では身体の一部と言ってもいいくらい使い慣れていて、愛着があるのだ。

「待てよ・・・研いでもらえばいいのか」

 剣を研いでくれる武器屋は珍しくはない。まず、剣をいくつか物色してみて、いいのが見つからなかったら研ぎを頼もう。そう決めたユウは、商業街に向かって歩き出した。