竜の鋭い爪が、ユウを襲った。それを紙一重の差でかわし、体制を整える。間髪を入れず、バハムートの口がカッと開くと、真っ赤な炎がユウ目掛けて襲いかかった。それをすんでの所で横っ飛びにかわす。灼熱の炎がユウの身体を掠め、後方の岩を直撃した。岩は、粉々に砕け散った。
「うっ・・・!」
 ユウは、バハムートの炎の威力に慄然となった。が、すぐに疾風のように突進し、巨大な竜に斬りつけた。
 だが、竜の強固な鱗は、鋼鉄をぶつけたような音をたてて刃を跳ね返した。一瞬呆然としたユウに、バハムートは容赦なく、幾度も炎を吐きかける。ユウは、地面を転がりながら必死に避けた。それが精一杯で、バハムートに接近することすら出来なかった。
 炎を避けながらも間合いを計ろうとしたとき、顔面を強烈な衝撃が襲った。ユウが炎に気を取られている間に、バハムートが前足で殴りつけたのだ。更に炎を吐きかける。
「うわあああっ!」
 炎をもろに浴びたユウはそのまま、ジョーとメグの側に転がり落ちた。地面に嫌と言うほど叩きつけられて、全身が軋み、更に激痛が蝕んだ。頬には、鋭い爪痕がざっくりと残っていた。
「ユ、ユウッ!!」
 駆け寄ろうとするメグを、ユウは制して、
「手を出さないでくれ!」
 と言って立ち上がったが、激しい眩暈を覚えて膝を突いた。こめかみを締めつける痛みが吐き気をもよおす。最前の攻撃と、空気の薄いところで動き回ったのがこたえたらしい。
 この戦闘は、長引けば長引くほど自分が不利になる――ユウの脳裏を、そんな言葉が駆けめぐった。
 バハムートは、冷たい目でユウを見下ろした。と、バハムートの双眼が真っ赤に光る。ユウははっとした。
 竜の全身から、ただならぬ気が放たれている。それに、ジョーもメグも気付いていた。
「あ・・・あれは!?」
 唖然とする二人に、メグは叫んだ。
「メガフレア!竜王の位を持つ者にしか使えない高等魔法よ!」
 メグ自身が言ったのではなく、彼女の口が自然に動いていたのだ。その言葉に、ユウの身体がピタリと止まった。
 メグ。なぜそんなことを知っているんだ・・・?
 その間にも、バハムートは精神を集中させ、不意に口をカッと開けた。と、ユウが、
「ジョー!メグ!伏せろーっ!」
 次の瞬間、バハムートの口から、青いまでに真っ白な火球が幾つも幾つも飛び出し、ユウに容赦なく襲いかかる。
「うわああっ!」
 岩陰に身を潜め、伏せているジョーとメグにも、強烈な熱風が吹きつけてくる。ふたりは、吹き飛ばされないよう地面に必死にしがみついていた。
 そしてユウは、バハムートに正面から突っ込むという、一見無謀な行為に出た。
「馬鹿め、血迷ったか・・・!」
 バハムートは、再び火球を吐きかける。ユウは、傷の痛みを堪えながら地面を蹴って高々と跳躍した。
 ジョーとメグは目を瞑った。が、そのときバハムートは、信じられない光景を目の当たりにしていた。
 自分が吐いた火球が、まっぷたつにたち割られていた。そして、ユウは赤い光に包まれていたのだ。そのまま驚愕するバハムートに切りかかり、鈍い音とともに鮮血が飛び散る。
 だが、その光が消えると、ユウの身体から急速に力が抜けた。そして、受け止めるものもないまま地面に落下する。バハムートは容赦なく火球を吐きつける。そのままだと、確実に火球はユウの身体をのみこんでしまう。そのとき、
「やめてーっ!」
 メグが岩陰から飛び出し、ユウの前に立ちはだかった。
「メ、メグ!?」
 ユウが起きあがろうとしたとき、火球が爆発した。
「うわああっ!」
 ジョーは、熱風の直撃を受けて吹っ飛ばされ、更に地面を転がった。最悪の事態を予期した。
 と、突然ユウとメグがいたところから光があふれた。光は瞬時にして炎をかき消す。
「な・・・?」
 ユウも、ジョーも、そしてバハムートも目を見張った。
 光のもとはメグだった。彼女の全身から発する目映いばかりの光が、ユウをも包み込んでいる。メグの両耳はバハムートやリヴァイアサンのそれと同じように大きく尖り、髪も肌も色が抜け落ちていた。その姿には神秘的なものすら感じられ、ジョーの頭の中で、最前ユウが深紅の光に包まれたときの姿と重なった。そしてユウは、バハムートの口が呟くように動いたのを見た。
 不思議な光が徐々に薄れ、完全に消えると、メグはその場に昏倒した。色はもとに戻ったが、尖った耳はそのままだった。
「だ、大丈夫か!?」
 ユウがメグの身体を支えたとき、メグが呟いた。
「兄・・・さま・・・」
「えっ?」
 ふと気が付くと、バハムートがすぐ側まで来ていた。バハムートの瞳からは冷たさが消え失せ、暖かな光が湛えられた孔雀色と化していた。ユウがつけた腕の切り傷からは血が滴り落ちているが、それを気にする素振りも見せず、戦士たちを――いやメグをじっと見ていた。
「リュウア・・・」
 ユウとジョーは一瞬混乱した。
「兄さま?リュウア?おい、じゃ、まさか・・・」
 ふたりは、信じられない、という想いで、メグとバハムートを交互に見た。
「そのまさかだ。リュウアは私とリヴァイアサンの妹だ。もっとも、母親は違うがな」
「マジかよ、おい・・・」
「こんな事で嘘をついて何になる?」
「そりゃそうだけど・・・いきなりそんなこと言われてもなあ・・・」
 ユウは首を振った。
「信じろと言う方が無理だよ」
 と、メグが身じろぎして目を覚ました。
「あ、ユウ・・・。無事だったの?」
「おかげさまで」
 メグは、バハムートを見ると、
「兄さま・・・!」
「リュウア・・・思い出したのか・・・」
 バハムートはかがみ込むと、妹を優しく抱きしめた。
「ここで過ごした時。長かったのか短かったのか・・・」