ユウが口を開く前に、メグが一歩前に進み出て礼を言った。
「先ほどは、助けて下さってありがとうございました」
 メグの言葉に、リヴァイアサンの表情がわずかに動いたように見えた。が、それもすぐ元に戻り、
「大したことはしていない。手短に済ませようか」
 リヴァイアサンが右手を突き出すと頭の飾りが光り、青光の帯が彼の掌に突き刺さった。光が消えると、輝く青いオーブが現れていた。
「私の力を凝縮したオーブ。必要なとき、私の名前を呼んでくれ」
 リヴァイアサンの手からオーブが消え、次の瞬間にはユウの手の中に収まっていた。ユウはそっとオーブを握り締める。ジョーはオーブを一瞥して、
「で?バハムートとやらはどこにいるんだ?」
「兄者は浮遊大陸を転々としているはずだ。今どこにいるか通信してみる」
 再び頭の飾りが光る。リヴァイアサンは目を閉じ、立ちつくした。彼が目を開けたのは、しばらく経った後だった。
「兄者は今、アルード大陸の南の山にいるそうだ。今連れていってやるから、少し目をつぶっていろ」
 ユウたちは、言われたとおりにした。足元がグラリと揺れたがそれも一瞬のことで、風が髪を吹き上げ、まわりの空気が涼しいものから暖かいものへと変わった。
 目をそっと開けてみると、暗い湖底とは全く違う光景が視界に入った。
「山の麓・・・リヴァイアサンが言っていた、『バハムートがいる山』か?」
「そうみたいだな」
 ユウたちの背後にはインビンシブルが腰を据えていた。
 三人が、山を見上げる。と、
「よく来たな、光の戦士!我が名は竜王バハムートだ。私の力が欲しくば頂上に来い。そして、見事私を倒してみよ!」
 威厳のある声が響いてきた。それに対抗するように、ジョーが思い切り息を吸い込むと、
「バハムート、待ってろよっ!」
 と叫んだ。

 三人は、襲いかかる魔物と戦いながら、ひたすら頂上を目指した。
 前に進むにつれ、魔物の攻撃も激しさを増す一方だった。
 山に登り始めてから半日。
 魔物の気配がようやくなくなりかけた頃には、度重なる戦闘で、三人はすっかり疲弊していた。
「ごめん、ちょっと休ませて・・・」
 メグの言葉に、
「そうするか・・・。正直、こっちもクタクタだ」
 ユウとジョーはその場に座りこみ、そのまま自然に休憩になった。
 メグが、地面に魔物を寄せつけないという魔法陣を描き、三人はその中に座りこんだ。少し経って、
「頂上までどれくらいあるのか見てくるよ」
 ジョーが疲れを感じさせない足取りで走っていくと、ユウが粗朶を集め、メグが汲んできた湧き水でお茶の支度を始めた。
 メグは、黙々と人数分のカップを並べ、焚き火にくべたポットの蓋がコトコトいうと、慣れた手つきでふたつのカップにお茶を注ぎ、ひとつを取り上げた。ユウもそれに倣い、もうひとつのカップを手に取る。お茶の馥郁たる香りが鼻腔を擽ると、全身の疲労がとけて流れ出ていくような気分になった。
 一口啜って、ゆっくりと唇を湿す。顔を上げると、メグが無言でカップを傾けている。
 ユウはゆっくりと唇を開き、
「メグ・・・ちょっと訊きたいことがあるんだけど・・・」
「え、何?」
「あのな・・・ジョーと何があったんだ?」
「・・・」
 メグは俯いた。
 ドールの湖を発ってから、ジョーとメグは顔を合わせようとも、口をきこうともしない。ふたりの間になにかあったことは、はっきりとみてとれる。
「何でも・・・ない」
 俯いたまま、蚊の鳴くような声で答えた。
「そうか?俺はそうは思わないけどな」
 更に突っ込んで訊くと、メグは急に顔を上げて、
「本当に、何でもないんだってば!」
 思わず払った手がポットを倒し、残りのお茶が勢いよく地面に零れ出た。
「あ・・・」
 メグが慌ててポットを拾い上げるが、中はほとんど空になってしまっていた。
「ジョーの分、なくなっちゃった・・・」
 と、そのとき当のジョーが行きの時と同じように走って戻ってきた。
「あ、どうだったんだ?」
「もう少しだよ。本当に目と鼻の先ってところだ。・・・さっさと行かないか?」
「そうだな・・・」
 ユウが腰を上げ、メグもそれに倣った・・・が、突然眩暈を感じ、よろけた。
「メグ!?」
 支えようとするユウを制して、
「大丈夫。ただの立ちくらみだから」
 とは言ったが、顔は蒼白で、額には汗粒が浮き、呼吸は浅い。どう見ても普通の状態ではない。
「顔色悪いぞ。空気も薄いし、もうちょっと休んだ方が・・・」
「本当に大丈夫よ」
 ふたりのやりとりを聞いていたジョーが舌打ちすると、
「先行くぞ」
 さっさと歩き出した。
「あ、待てよ!」
 慌てて後を追うふたり。

 ジョーの言葉通り、それから三人が頂上に着くまで、三十分もかからなかった。
 久々に来たジェノラ山の頂上。あの時と違うのは、竜の卵が全く見当たらないということだ。
 周りを見回すが、竜の姿はない。と、
「バハムート!来てやったんだから、さっさと出てこいよ!」
 ジョーが威勢良く啖呵を切ると、
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
 重圧のある声と同時に、闇が辺りを覆いかぶさり、バサバサと翼をはためかせる音。
 あの時と同じだ――。だが、今回は逃げるつもりなどなかった。
 竜を直視したまま微動だにしない三人の前に、竜――竜王バハムートは、ゆっくりと降り立った。額の赤い徴が一瞬きらめくと、竜は人間の形に姿を変えていた。
 炎のように赤い髪を首元で束ねている。額には、赤い宝玉が埋め込まれた飾り。臙脂色の衣に、真紅のマント。尖った両耳。感情が読めない黄金の双眼。リヴァイアサンと容貌は違うものの、瞳の奥底にどこか似たものを感じる。
「光の戦士・・・弟から話は聞いている。私の力を欲しているのだな?」
「ああ」
 ユウが頷くと、バハムートは腕を組み、
「そのまえに、戦士の力を試したい。私の力を使えるだけの器かどうか・・・な」
「やってやろうじゃねえか!」
 ジョーが一歩進み出ると、
「いや・・・私が戦いたいのは、ユウ、お前だ。私と一対一で勝負してみろ」
「俺と?」
 頷くバハムート。ユウは剣を勢い良く抜いた。
「ユウ・・・」
 歩み寄ろうとするメグを制して、
「ふたりは下がってろ」
「気をつけて・・・竜王の力は半端じゃない・・・」
 呟くメグに軽く手を振り、ユウはバハムートと対峙した。
 竜王が額飾りに手を翳すと、瞬くうちに彼の姿は竜のそれと変化していた。