アルスは、白い花束をふたつ持って王家の墓に向かった。今日は母の月命日に当たる日だ。墓参の度に大臣ギガメスや執事が供を申し出るが、毎回断っていた。
 入口で門番と言葉少なに挨拶を交わすと、そっと門をくぐる。途端にズラリと並んだ墓がアルスを迎え入れ、思わず全身を凍りつかせた。三歳のころから参っている場所とはいえ、この光景には未だ慣れることは出来ない。祖先に対する侮辱行為ともとられかねないが。
 墓場の中央に当たる場所に、国王のみが葬られることを許された墓がある。その墓標の一番下に刻まれた名は、まだ新しい。
 アルスは膝を落としてその名を見つめると、おもむろに花束を置き、両手を合わせ、目を閉じた。
 ――父上・・・私は、王に相応しい人間なのでしょうか・・・?
 答えが返ってこない質問を繰り返すのは、もう何度めになっただろうか。アルスは立ち上がると、今度はマキス――実の父親に当たる人物だ――の墓に向かった。
 マキスの墓前に花を供えると、再び目を閉じる。
 ――父上のことは尊敬しています。でも、やっぱり私はあなたの息子として生まれた方がよかったのかもしれません・・・。
 空は、アルスの心中とは対照的に、よく晴れていた。

 ユウ、メグを先に宿に行かせ、ジョーは、竜騎士の塔を上っていた。塔の中は、街のにぎわいとは裏腹に冷たく静まり返っている。前回と違い、魔物が出現することがないから余計そう感じるのかもしれないが。
 最上階の祭壇は、前回来たときと比べてかなり綺麗な状態になっていた。サロニアが元に戻ってから、定期的に掃除がされているのだろう。
 ジョーは、そっと祭壇に手を触れた。ペンダントは何の反応も示さないが、体内の血が熱く騒ぐのを感じた。
「オレは、あのとき竜になった・・・」
 ガルーダと戦ったときのことと、サロニードの言葉を思い出してみる。自分はサロニードの子孫で、前王の実子で、本名はヒリュウで・・・。
「冗談じゃない・・・」
 ジョーは激しく頭を振った。それがまぎれもない事実だとしても、今更それを知ってどうなる?
 自分だけではなく、アルスの人生をも変えてしまうことになる。
 そうさ、オレが一生黙っていれば済むことなんだ・・・。
 そう決めて振り向いたとき、はじめて背後に誰かが立っていたことに気づいた。
「アルス・・・!?」
「すみません・・・声、かけづらくて・・・」
「いや・・・」
 気まずい沈黙があたりを覆い、ジョーはそれから逃れようとするかのように顔をそらした。アルスの顔を見ずに、
「ご先祖さまをお参りに来たのか?」
「いえ・・・扉が開いてたから入ってみただけで・・・」
「そうか・・・オレはもう行くぞ。アルスも早く帰れよ」
 ジョーが階段に足をかけたとき、アルスの口が動いた。自分の意志とは関係なく動いたのだ。
「ヒリュウ王子!」
 ジョーははじかれたように振り向いた。
「そうなんでしょう?あなたは行方不明になったヒリュウ王子なんでしょう?これを見てください」
 アルスはペンダントを取り出した。
「これは王の証です。あなたのペンダントはこれとそっくりだ。もともとこれは対になっていて、もうひとつはヒリュウ王子が生まれたときに父上が渡したものだそうです。それに、この間のことだって・・・」
「やめろ!」
 アルスの言葉をジョーは遮った。
「ペンダントがそっくり?十字架のペンダントなんて、この世にゴマンとあるさ!ヒリュウ王子は火事でとっくに死んでるんだ、死人の面影を追いかけてどうすんだよ!お前はここの王なんだ、死んだ奴より今生きてる国民のことを考えろ!」
 アルスの目には一瞬、ジョーの姿と父親の姿が重なって見えた。国民のことを第一に考えろ。それが、王の務めなんだ――父は常にそう言っていた。
「いいか、二度とそんなことを言うんじゃないぞ!」
 最後まで言い終える前にジョーは階段を駆け下りていた。残されたアルスは脱力してその場に座りこんだ。
「どうして・・・」
 その双眼から涙が流れていた。

 外に飛び出したジョーは、オレンジ色がかった空を見上げた。
 少しきつく言ってしまったかもしれないが、あれはアルスの迷いを捨てさせるためなんだ。オレは間違ったことはしていない――。
 自分にそう言い聞かせることにして、ジョーは宿に向かって歩きだした。