ユウが城を探検する数時間前のこと。メグと別れたジョーとアルスは、南東街に戻っていた。既に真夜中と言ってもいいくらいの時間だ。

メグと約束したとおり、北西街でユウを捜していたので大分遅くなってしまった。図書館は閉鎖され、店の類もほとんどなかったこの街で手掛かりはつかめず、ユウはサロニア城東の塔にいる可能性が濃厚になってきた。それを確かめる意味もあったのだが・・・。

「追放されてからは、この街に住むじいにお世話になっているんです」

 ジョーはアルスに案内されながら、南東街を歩いていた。昨日ユウとメグを捜して散々歩き回ったので、どこに何があるかということは大体覚えてしまっていた。どこを歩いていても、街の中央に位置する竜騎士の塔が視界に入らないことはまずない。昼に見たときとはまったく違う雰囲気を感じる。

 ジョーは、歩きながらも塔に視線を向けることをやめなかった。そのせいでつまずきかけるということが多々あり、アルスにも怪訝な顔で見られてしまった。

「あの・・・竜騎士の塔が気になりますか?」

 その声でわれに返ると、

「ああ・・・なんだか、あそこから誰かに見られてるような気がするんだよ。あの塔っていったいなんなんだ?」

「あの塔には、怪鳥ガルーダを倒した伝説の竜騎士が奉られています。もちろん、お墓は別のところにありますが・・・」

「竜騎士、ねえ・・・」

 ジョーは顎に手をやった。水のクリスタルから授かった称号の中に、竜騎士の力があることは知っている・・・のだが、いまいちどんなものなのかがわからない。

「なあ、アルス。その竜騎士の伝説ってヤツを教えてくれないか?」

「わかりました。・・・今から約千六百年前、まだサロニアが建てられる前の話ですが・・・どこからともなく現れた怪鳥ガルーダが、人々を支配し、蹂躙して苦しめていました。ヤツを倒した竜騎士が、初代のサロニア王です。その後彼を慕った人がこの地に集まり、今のサロニアが出来上がりました」

「なるほど。で、その初代の王は、竜の力を借りてガルーダを倒したのか?竜騎士ってそういうもんだろ?」

「そうです。大空を自由に飛び回るガルーダと普通に戦おうとすれば、とても太刀打ちできるものではありません。劣勢に立たされたとき、突然現れた光る竜が彼を自分の背に乗せ、空高く舞い上がりました。そのおかげでガルーダを打ち倒すことができた・・・というのがこの国に伝わる伝説です。サロニアの者で知らない者はいないでしょう」

「突然現れた光る竜ねえ・・・なんだか、そこだけ胡散臭いような気がするな・・・」

 伝説というのは、大抵あとから作り話が足されることが多い。その目的のほとんどは、その中に出てくる人間を超人にするか極悪人に仕立て上げるかのどちらかだ。光る竜というといかにも神秘的なものを感じさせるが、これもその範疇に入るのではないかと思う。ジョーは、竜が実際にいた場合といなかった場合を想定して考えてみた。

 竜がいなかった場合、その騎士自身が空を飛ぶことができた・・・というのはあまりにも突飛過ぎるだろうか。飛空艇を使用した・・・だと、さすがに鳥のように自由自在にはいかない。実は騎士ではなく白魔道師で、超特大のエアロを使えた・・・これはさすがに脱線しすぎかもしれない。

 いる場合は、その竜は騎士が前から飼いならしていたものだった。騎士は召喚魔法の使い手で、魔法で呼びだしたものだった。今思いつくのはこれくらいだ。

「――で、その光る竜はどうなったんだ?」

「そこまでは伝わっていません。ガルーダを倒したのを見届けたあと、どこかに去っていったというのが有力的な説です。・・・あ、ここです」

 考え事や会話をしている間に、いつの間にか目的地に着いていたらしい。そこは、今にも崩れ落ちてしまいそうな三階建ての共同住宅だった。

「あれ?ここは・・・」

 ジョーは既視感を感じた。それを口にする前に、一階の部屋の前に群がる人々を見つけた。皆黒い服を着ており、闇夜も手伝って、傍目からすると一種の薄気味悪さを感じてしまう。彼らの話し声が、嫌でも耳に入ってくる。

「王さまの悪口を言っただけで死刑だなんて・・・」

「しかも、それだって噂のうちだろう?確実な証拠なんて何もないのに・・・」

「あの子たちが可哀想・・・」

「そういえばあの子たち、広場にいたお城の人に石をぶつけたようだけど・・・まさか、子供まで捕まえることはないわよね?」

「いや、今の王さまやらやりかねないよ」

「シッ!・・・どこで聞かれてるかわからんぞ」

 手遅れに等しかったが、ジョーは慌てて立ち尽くすアルスの両耳を塞いだ。アルスは首を振ると、一歩前に出た。その表情は暗かった、

「ごめんなさい、大丈夫です・・・行きましょう」

 階段を上がり、一番手前のドアをそっと叩いた。

「じい。ぼくだよ」

 待つ間もなく、枯れ木のように痩せ細った老人が少しだけ戸を開けた。ジョーは老人に自分が見える位置まで行くと、

「昨夜はどうも」

 と頭を下げた。老人は驚いた顔をしていたが、素早く辺りを見回すと、ふたりを部屋の中へ入れた。

 

「じいって、爺さんのことだったのか」

 昨日も通された居間で、ジョーは言った。昨日は家に連れてこられた早々眠りにつき、アルスの帰宅は深夜になってからだった。そして夜明けとともに働き口を探すために出て行ったので、ジョーとアルスはこの家で顔を合わせることはなかったのだった。

「わしだけでなく、アルスさまも助けていただいて・・・感謝のしようもありませぬ」

 事情を聞いた老人――チャンは今にも涙を流さんばかりに感激していた。そのままだと土下座までしかねない様子だったので、彼をなだめジョー、アルス、チャン老人は席についた。

「とにかく、アルスさまが無事で何よりじゃ」

 ジョーとアルスに湯気の立つハーブティーを出して顔を綻ばせると、

「これから、どうなさるおつもりですかな?」

「明日城へ行って、もう一度父上と話し合ってみようと思うんだ。そして・・・戦争をする理由を聞きたい。今のままじゃ到底納得いかないから・・・」

「そうですか・・・」

 チャン老人は深いため息をついた。城に行ったとしても中に入れる可能性はほぼゼロに近いが、アルスの心情を思って反論を避けているのだろう。

そしてジョーは無言のまま、腕を組んで考えていた。アーガスのときのように、魔物が絡んでいると断定してもいいだろう。そんなところに、アルスひとりを行かせるのはあまりにも危険だ。

「・・・アルス。オレも一緒に行っていいか?」

 ジョーの質問に、アルスは意外そうな表情をした。

「よろしいんですか・・・?」

「アルスが構わないなら。あ、メグもいたほうがいいかもしれないな。あいつは城に世話になってるから、一緒にいたほうが信用されやすいかもしれないし」

 結局、翌朝メグと合流した後で城に向かうことに決まり、三人は眠ることにした。ジョーは、昨夜ベッドを借りていたので、今回は居間の長椅子で眠ることにした。春とはいえ、夜は冷えるので、毛布をしっかりかぶって目を閉じた。労働と格闘の疲れのせいか、あっという間に夢の中に吸い込まれていった。

 

 炎の海に沈む城と街。耳の奥にいつまでも残るような悲鳴と泣き声。

 逃げ惑う人々をかき分けながら、必死に城に向かう。

 城門にたどり着いたときには、既に城は炎塊と化していた。中から微かに泣き声が聞こえてくる。

 ――助けなきゃ。

 意を決して思い切り息を吸い込むと、そのまま城内に駆け込んでいった。だが、ガラガラという音を立てて城が崩れだし、頭上から燃えさかる天井が一気に落下してきた。

「うわあああ!」

 

 われに返ると、窓のない真っ暗な一室に立っていた。指先を突き出しファイアの火球を灯らせると、それを松明代わりにして辺りを見回した。

室内はさほど広くはないが、壁も床も灰色の石を積んで作られており、生活臭がなく寒々しい。そして、自分の真正面には小さな祭壇があった。上には何も置かれていない。不審に思い触れてみると、不意に祭壇が光を放った。

「わっ!?」

 最初は小さな光だったが、どんどん強さを増し、目を開けていられないほどになった。と、頭の中に不思議な声が響いてきた。

 ――竜騎士の塔で待つ――

 

 ジョーは、掛け布をはがさんばかりの勢いで身を起こした。

「夢・・・か?」

額は汗でぐっしょりぬれ、背中は冷たい。窓の外を見ると、まだ暗かった。

 頭を振り、再び目を閉じたが眠りが訪れる気配は来ない。何度か寝返りをうつうちに、すっかり目が冴えてしまった。

「なんだ、今のは・・・?」

 あの不思議な声は、はっきりと耳に残っている。竜騎士の塔とは、この街にある塔のことだろう。仲間を捜して街を歩き回っていたときから、塔の上から誰かに見られているような気配を感じていた。その誰かが、自分に語りかけてきたのか?

「まさか・・・幽霊なんてことはないだろうな?まあ、誰かさんと違って別に怖くはないけど・・・」

 ぶつぶつ言いながらも、ジョーは掛け布をかぶりなおし、酒場からこっそり持ち出してきた角砂糖を、飴玉のように舌の上で転がしながら、再び眠りにつくのを待つことにした。

 

 サロニア国王ゴーン五十九世は、自室の椅子にかけたまま、微動だにしなかった。

瞬きすらしない、氷のように冷たい目。不気味なほどに紫色の唇。不健康な青黒い肌は、腐った果肉のようだ。窓からさした真っ青な満月の明かりに照らされ、王の顔をさらに不気味なものに仕立て上げる。と、そのときドアを叩く音が聞こえた。

「・・・失礼します、陛下」

 入室してきたのは大臣ギガメスだった。ユウたちと対面したときと同じく、感情のない目で王を見ているが、その口元には冷たく不快な笑みを浮かべている。

「間もなく、アルス王子が城にお戻りになるでしょう・・・早ければ、明日にでも・・・」

 その言葉を聞いても、王の表情に変化は見られなかった。

「あのときは、まだあなたの心が残っていたからやり損なった・・・でも、今回はそんな心配は無用ですね。今のあなたは完全な人形なのですから。実行の際には、これをお使いください」

 ギガメスは、一振りの短剣を取り出して王に差し出した。王の腕が機械のようにゆっくりと動き、受け取った。そっと鞘から抜いてみる。黒い刃が月光に反射して光った。黒いのは刃だけではない。柄も鍔も、象嵌されている宝石も、全てが黒で出来ているのだ。

「これなら確実に目的達成できます。では、ごゆっくりお休みください・・・」

 ギガメスが出て行くと、王は短剣をそばのテーブルに置き、服の袖から何かを取り出し、握り締めた。すべてが拳におさまりきらず、こぼれた金色の鎖がきらりと光る。口がゆっくりと動いたが、声が発せられることはなかった。だが、口の動きは王がこう言っていることを示していた。

 たすけてくれ――と。