気がつくと、真っ白な空間に立っていた。空に浮かんでいるような奇妙な感覚もある。なぜこんなところに・・・と思った瞬間、最後に何があったか思い出した。メグをガルーダの攻撃から遠ざけることしか頭になく、いかづちをまともに浴びてしまったのだった。
「いらっしゃい」
 声のしたほうに目を向けると、いつの間にかそこにサロニードが立っていた。塔で会ったときと違い、ヤリを持ち甲冑で身を固めている。これが竜騎士時の姿なんだろうな、と漠然と思った。
「オレは・・・死んだのか?」
「厳密に言えば、仮死状態だ。だが・・・」
 サロニードはそう言って、ヤリをジョーの胸に突きつけた。
「今ここでおまえが死を望めば、とどめをさしてやらないこともないが?」
「はあ!?なんでオレがそんなことを・・・戻りたいに決まってんだろ!こんな中途半端なところで死んでたまるかよ!」
「生き返っても、またやられたら意味ないぞ」
 ジョーはサロニードをにらみつけ首を振った。
「例えそうでも、やるとやらないとじゃ全然違えよ!何もしないで死ぬのを待つくらいなら、動く!そして戦いたい!・・・だから」
 ジョーはサロニードの前にひざまずき、頭を下げた。今も現世で戦っているであろうユウのことを思い出しながら、
「オレに、竜騎士の力をくれ・・・あいつらを、助けたいんだ・・・」
「本気か?自分の意志でそう言っているんだろうな?」
「もちろんだ・・・あ、オレは別に自分が王子だと認めたわけじゃないからな!単に借りを返したいだけだ!」
 ジョーの脳裏に、酒場の女主人やチャン老人など、サロニアで世話になった人々の顔が浮かんでは消えた。最後に浮かんでくるのはアルスの顔だった。
「生きたいか?」
「ああ生きたいさ、そのためになら死に物狂いでやってやるよ」
 サロニードはフッと笑った。昔のことを思い出していたのだ。自分の子孫とはいえ、ここまで自分と同じことを言うのがなんとも可笑しかったのだ。
「いいだろう、合格だ。だが・・・勝てよ。それだけは約束しろ」
「・・・ああ」
 サロニードに触れられたジョーの身体が、銀色の光を放ちだした。

「父上・・・」
 アルスは、冷たくなりかけた父王の身体にすがりついたまま、呆然と座り込んでいた。外ではユウたちがガルーダと戦っているのだろうが、彼らのところに行こうという気も起きなかった。哀しみとか悔しさとか、そんな感情も感じられなかった。何かを感じる、ということ自体をすでに放棄してしまったかのようだった。と、握り締めていたペンダントが光りだした。そして、アルスの手からふわりと浮かび上がると、鳥のように飛んでいってしまった。
「あっ!?」
 慌てて走るアルス。彼の頭の中に、男性の声が響いてきた。それはどこか懐かしさを感じる声だった。
 ――いくら泣いても死んだ者は生き返らないぞ。今は見ろ!これはおまえの戦いでもあるんだ!――
 アルスはペンダントを追って城を出た。その手には、父王が自らの生命を絶った短剣が握られていた。

 竜騎士の塔に奉られている篭手が、突然銀色の光を放ち、消滅した。そして、倒れたままのジョーのもとに現れると、そのまま彼の腕にはまる。
「うっ・・・」
 ジョーは身を起こした。いかづちで倒されてから目を覚ますまで、ほんの数秒しかたっていなかった。気がつくと、篭手のはまった両手を頭上にかざしていた。
「甦れ、竜騎士の力よ!」
 交差させた篭手の銀色の光が黄金色に変わり、ジョーの身体を包み込んだ。熱い奔流のようなものがジョーの身体の中に流れ込み、全身を駆け巡る。そして黄金の光がやむと、ジョーはサロニードが着ていた甲冑を身につけて立ち、彼のヤリを握って立っていた。この光景に、ガルーダもユウも驚愕していた。父から託されたペンダントに導かれるように駆けつけたアルスもまた然りだった。と、ジョーの心に、ガルーダが語りかけてきた。
 ――また現れたか、目障りなヤツめ・・・だが、本当にその力を使う気か?――
 ――なんだと?何を今更・・・―
 ――竜騎士は今でこそ伝説の英雄として語り継がれているが、悪の力として恐れられていた時期があったのだ。もしその力で余を倒して人間どものところへ戻ったとしても、ヤツらがおまえに感謝の目を向けると思うか?むしろ、その逆かもしれんぞ?人間を超越した力を手にしたおまえを畏怖の目で見、迫害の対象にする可能性だってないことはないだろう?クリスタルの力だって同じことなのではないか?――
 ジョーはその問いかけに少し黙りこんだが、フッと笑みをこぼし、
 ――なんだ、何を言うかと思えばそんなことか、くだらねえ――
 ――なんだと?変な強がりはよせ――
 ――教えてやるよ。オレたちは別に感謝してほしくって戦ってるんじゃない。オレたちはオレたちの理由で戦ってるんだよ!――
 ――わけのわからないことを・・・では見せてもらおうか、甦りし竜騎士の力とやらを!――
 ガルーダのくちばしがまた大きく開くと、いかづちの閃光がジョーめがけて落下してきたと同時に、ジョーの姿が消えた。いや、空に向かって上昇したのだ。一瞬にして、ガルーダを見下ろすところまで辿りつく。
「これが・・・竜騎士の力か・・・」
 大きく飛んだジョーは、その力に唖然としていた。甲冑の背中からは、竜のそれを思わせる翼が生えていた。アルスから伝承を聞いたとき、騎士自身が空を飛ぶことができたのではという推測はしてみたが、突飛過ぎるとすぐに否定した。だが、これが正解だったとは・・・。地面に着地するとすかさず、
「ユウ!ラムウをオレに向かって召喚してくれ!」
 言うなりまた飛び上がった。ユウはその言葉に一瞬戸惑ったが、彼の考えを悟ると動かない左足を必死に立て、オーブを構えた。ありったけの魔力をこめてラムウを呼び出すと、ジョーのちょうど真上の位置に雷神ラムウが現れる。そして、白い雷光が降り注いだ・・・ガルーダではなく、ジョーに。
「バカめ!」
 ガルーダは雷光に押されるように落下するジョーに向かってくちばしを大きく開けた・・・が、ヤリを構える彼の姿を見て愕然とした。たくらみの内容を悟ったからだ。気づいたときにはすでに遅く、
「バカはてめえだっ!」
 雷光で速度と勢いをつけたジョーは、一気にガルーダめがけて突っ込んだ。ヤリが口の中に突き刺さると同時にすばやく甲冑の翼をはためかせ、その場を飛んで離れる。刹那、鋭い雷光がヤリに落雷した。その轟音は、サロニア国全体に響くほど凄まじいものだった。ヤリを伝わった雷撃が、ガルーダの体躯を襲う。
「グガアアアッ!」
 全身を痙攣させ、ガルーダは絶叫した。
 その姿を見て、アルスの胸の奥に怒りと憎悪が燃え上がってきた。こいつのせいで、こんなヤツのせいで、父上が犠牲になり、サロニアの人々があんなに苦しんだんだ・・・!
「う・・・うわああっ!」
 剣を構え、怒声とともに瀕死のガルーダに突っ込もうとするアルス。だが、それを止めたのはユウだった。腕をつかみ、
「よせ!こいつはもう死ぬんだ、こんなヤツのためにおまえが手を汚すことはない!・・・その力は、別のことに使え」
 アルスはわれに返ったようにユウを見た。その手から、黒い剣が滑り落ち、それに反応するようにガルーダの巨体が消えていく。アルスは、余計なことをするなとばかりにユウの腕を振り払い、睨みつける・・・が、それは一瞬のことで、その目から涙があふれ出て来た。ユウも、駆けつけたジョーも、声を殺して泣くアルスを無言で見ていたが・・・大きくよろけると、ふたり揃って声も上げずその場に崩れ落ちた。気絶すると同時に、ジョーの身体から甲冑が消えた。
「しっかりしてください!」
 アルスが慌ててふたりの傍にかがみこんだとき、
「アルスさま!」
「お怪我はありませんか!?」
 メグを抱えたカトル、フェイ、アレックスたちが駆け寄ってきた。ガルーダの死とほぼ同時に、黒騎士とゴールドナイトの集団を駆逐することに成功したのだ。アルスが立ち上がると、血まみれの服を見た兵士たちはギョッとした表情を見せたが、それに構うことなく毅然とした声で言った。
「私は大丈夫だ。それより、ジョーさんたちの手当てをしてくれないか」
「はっ・・・」
 カトルたちの目には、どことなく、追放される前のアルスとは違っているように感じられた。と、アルスはポツリと言った。
「父上が・・・亡くなられた。私は、息子として父上を見送ろうと思う・・・」
 東の方向を見つめるアルスの漆黒の瞳に、夜明けの白い空から頭を出そうとする陽が映っていた。
 それは、サロニアの新たなる出発を象徴しているようにも見えた。

 サロニア城の屋根に立ち、様子を伺っている男女がいた。男はティターンで、女はヘキナだった。
「口ほどにもないヤツだったな。所詮は死に損ないか・・・代わりにザンデさまに報告しておいてやろうか?」
「そうしてくれると助かる。私はまだ、やり残していることがあるからな」
「ああ、侍女の仕事か」
 ティターンが手を開くと、魔法のように黒い短剣が現れた。刃先には、王の血がべったりついている。それをチラリとなめると顔をしかめて、
「人間の血なんて、大して美味いものでもないな・・・こいつは持っていくぞ。何かに使えるかもしれないからな」
「好きにしろ」
 ティターンが音もなく姿を消すと、ヘキナは紫色の腕輪を取り出してはめた。直後、豊かな黄金色の髪が風に波打つ。先程までヘキナがいたところには、侍女のアンが立っていた。白い髪飾りを髪にさすと、冷たい笑みを浮かべ、
「フン・・・本当、バカみたいに単純なヤツだな。だからいたぶる面白さもあるのだがな・・・」
 自分のものとはまったく違う声で呟いた。