ガルーダのくちばしが、大きく開かれた。
「来るぞ!」
 ユウの合図とともに、ユウは右、ジョーは左に大きく飛んだ。直後にくちばしから放出されたいかづちが地面に突き刺さり、あたり一面黒焦げになる。
「ブリザガッ!」
 地面に転がったままの体勢で、ジョーが氷の魔法を放った。特大の氷柱がガルーダに襲い掛かる・・・が、ガルーダのくちばしが輝くと、現れたいかづちの矢が、氷をいともたやすく砕いてしまう。飛び散った無数の氷のかけらが、月光で宝石のように光った。
「どうした、光の戦士の力はこんなものか?ふははっ」
 上から、ガルーダの耳障りな声がびんびん響いてくる。そして、休む間もなく降り注ぐいかづちの雨。ユウとジョーは、避けるのが精一杯だった。それでもユウは、ガルーダの行動から目を離さないでいた。何が攻撃を加える手掛かりになるかわからないからだ。
 ガルーダは自由自在に飛びまわれるため、普通に攻撃したのでは避けられやすい。伝説の竜騎士は竜の背に乗り、上空から奇襲攻撃をかけて倒したというが、自分たちにはこの攻撃方法はムリだ。それでも、何か別の手段があるはずだ・・・。
 ユウは、召喚魔法のオーブを取り出した。右手に剣、左手にオーブを握ると、
「ジョー、ヤツの気を引きつけていてくれ!」
 叫んでおいて、ユウは走り出した。
「お、おい・・・」
 ユウが何を考えているのか想像つかなかったが、それでもジョーは言われたとおり魔法の詠唱を始めた。彼の両手が赤く輝く。
「ファイガ!」
 手から飛び出した白色の混じった火球が、魔物の口の中に吸い込まれる。
「グオッ・・・」
 くちばしから黒煙と同時にうめき声がもれた。それでもその巨大な体躯がバランスを崩すことはない。大したダメージを与えられなかったことにジョーは舌打ちするが、ユウはそれを気にとめていないかのように走り続けていた。ガルーダの近くまで来ると、剣を構えて一気に跳躍する。
「効かぬわ!」
 ガルーダは、研ぎ澄まされたカギ爪を突き出してきた。飛び上がっている状態で避けることは到底不可能だ。
「ユウッ!」
 ジョーが焦りをあらわにした瞬間、上空からなだれ込むように降ってきたいかづちが、ガルーダの頭に直撃した。ラムウの召喚魔法だった。
「グハアッ!」
 悲鳴を上げたガルーダに、すかさずユウが斬りつけ、紫色の血液が飛びちる。ガルーダの気をこちらに引かせておいて、召喚魔法を唱えているのを感づかれないようにしたのだ。
「へえ、やるじゃん」
 ユウの作戦に、ジョーが感嘆の声をあげた。攻撃を終えて着地したユウが、親指を立ててみせたそのときだった。いきなり背後から両腕をつかまれた。
「わあっ!?」
 振り向くと。額から血を流したふたりの男が、ユウの腕に自分のそれをがっしり絡めて、自由を奪っていたのだ。さらに首にも腕をまわされ、ギリギリ締め上げてくる。
「な、なんだおまえら!?」
 気配もなく自分たちに近づいていたことに驚愕する。男たちはユウの問いに答えることもなく、濁った目で虚空を見つめている。ユウは必死にもがくが、自分を捕らえる男たちの腕は微塵も動くことはなかった。
「離せーっ!」
 声のしたほうを見ると、ジョーもまた、ふたりの男に羽交い絞めにされていた。男たちの顔は土気色で、胸から血を流している。ジョーにとっては初めて見る顔ではなかった。酒場でアルスに絡んでいた男たち――つまり、自分が叩きのめした張本人だったのだ。あのあと、仕返しと礼金目当てでメグとアルスを城に連れて行き、消されたのだが、そんなことまで知っているはずもなかった。
「く、くそ、どうしてこいつらが・・・」
 ジョーは、なんとか自由を保っている足で応戦しようとするが、いくら蹴り上げようが踏みつけようが、相手は痛痒をまるで感じないかのようにさらに力をこめてくる。ユウは不意にアンデッド系の魔物と戦ったときのことを思いだしていた。そのときの状況と似ているのだ。
「ガルーダ・・・まさか、こいつらは・・・」
 ユウの問いに、笑声が返ってきた。
「そうだ。死の世界から魂を呼び戻し、実体化させて作ったアンデッドだよ。余の命令ならなんでも聞くし、いくら斬っても痛みを感じないから、消滅しない限り動きをとめることはない・・・」
「とことん、悪趣味な野郎だな・・・」
「なんとでも言うがいいわ!」
 ガルーダはその悪態に、いかづちを返してきた。青白い光がユウとジョーの身体を射抜く。ユウたちを捕らえていた男たちも一緒にいかづちを浴びることになり、少量の煤を残して消えるように散ってしまった。ガルーダからすれば、ほんの少しだけ、ふたりの動きを封じることができればそれでよかったのだ。
「うわああっ!」
 衝撃で吹っ飛ばされて倒れたふたりを容赦なくいかづちが襲い、彼らの意識とは無関係に全身が痙攣する。口の端や鼻から赤黒い血が流れ出ていた。ガルーダはユウに近づく。立ち上がろうとするが、全身がバラバラにされたような感覚がまだ残っており、身体がいうことを聞いてくれない。
「なぶり殺しにしてくれる!」
 言うなり、カギ爪でユウの背中をえぐるように引っ掛けるとそのまま高々と吊り上げ、地面めがけて投げ落とした。
「ユ、ユウ・・・ブリザド!」
 なんとか動くようになった手をかざし、ジョーはブリザドの魔法をかけた。弱い吹雪がユウの下に滑り込むように吹き上げ、落下の衝撃を幾分か和らげる。とはいっても、まるっきり無傷ではすまなかったが、死ぬよりマシだろう。気絶したユウは、その場に崩れ落ちた。
「う、うまくいった・・・」
 ジョーは安堵のため息をもらした。以前、ジェノラ山で上空から不意打ちをしかけられたとき、メグがエアロの魔法でとっさに対処した。それを思い出しての行動だった。
「こしゃくな・・・貴様から殺ってやる!」
 ガルーダのカギ爪が、まだ完全に立ち直れていないジョーの脇腹をすばやく、的確に切り裂く。
「うっ・・・」
 血で濡れる傷口を押さえ、ガクリと膝をつくジョーに再びカギ爪が迫る。今度は彼の心臓を狙っていた。
「死ねえっ!」
「危ないっ!」
 カギ爪が突き刺さった。ジョーにではなく、彼の盾になって立ちふさがったメグの肩に。
「メグッ!?」
 血の尾を引きながら倒れこむメグの身体を、なんとか支えるジョー。赤い血がみるみるうちにあたりを汚すが、メグはそれに構うことなく胸の前に手をかざした。ケアルラの白い光がユウとジョーにパラパラと降りかかると、最前負わされた脇腹の傷が塞がり、ユウが意識を取り戻す。だが、メグの傷は癒えなかった。それでも微笑むと、
「大丈夫?ケガ、ない・・・?」
「あ、ああ・・・」
 ジョーが頷くと、メグはそのまま目を閉じた。自分に治癒魔法をかけないことで、ひとりあたりの回復量を増やしたのだ。
「フン、バカな小娘だ・・・仲良くあの世に行くがいい」
 ガルーダがこう言った直後にいかづちが迸り、そこでジョーの意識は途切れた。ユウの叫び声がやけに遠くから聞こえたような気がした。