「あんたが本物のデュオだったとはな・・・」
 リリーナの助けを借りて立ち上がったユウは、変装をといたセキト――デュオを見た。
「この島に私が来ているという噂をある港町で聞きました。私の名を騙る不届き者の顔を拝んでみたくなり、老人の格好をして船に乗ったわけですが・・・旅の一座にいたとき身につけた変装の腕と演技力が、こんなところで役に立つとはね」
「だから、他人になりすまして探っていた?」
 ユウの問いに、デュオは頷いた。
「なんとかヤツの居所を知ることは出来ましたが、私ひとりではそれが限界で、どうやって尻尾をつかむかいい案が思いつきませんでした。結果的にあなたたちを利用するような手を使ってしまったことは申し訳ないと思っていますが・・・」
 ユウは息をついて首を振った。
「まあ、それはいい。ヤツの正体を知ることが出来たし、助けてもらったことだし」
 おそらく、自分たちとナイトメアーの会話を盗み聞きし、正体を現したあとでリリーナを呼びに行ったのだろう。宿で居所を教えたときは、まさかヤツが魔物だったとは思いもしなかっただろうが・・・。
「そのことに関しては礼を言うよ。こいつはおれが倒すから、下がっていてくれないか?」
 ユウは剣を拾うと、ナイトメアーの前に進み出た。デュオは竪琴を持ち直しながら、
「巻き込んだお詫びと言ってはなんですが、それなりの援護はさせていただきますよ」
 ナイトメアーは怒りの表情で三人をにらみつける。
「こうなったら、あなたたち全員に死んでもらうしかないようですね・・・」
「厄介な竪琴がなくなりゃこっちのもんだ!」
 ユウは魔物に斬りかかった。同時にナイトメアーも牙の剣を構え、ふたつの剣が激しくぶつかりあった。白い火花が飛ぶ。その間にデュオはリリーナのほうを向き、
「リリーナさん、お願いです。どうか私と一緒に歌っていただけませんか?」
「え・・・っ」
 以前「あなたの演奏で歌いたい」と頼んで断られたことを思い出し、リリーナは躊躇した。と、デュオは深々と頭を下げ、
「あのとき断ってしまったことに関しては謝ります。虫のいい話ですが、今はあなたの声が必要なんです。それがなければ、この歌は、彼に力を与える『騎士の歌』は成立しない・・・」
 それでもリリーナは即答を避けていた。そうしている間にも戦いは続いていた。ユウはナイトメアーを押さえ込もうとしたが、渾身の力に吹っ飛ばされ、
「わああっ!」
 地面に叩きつけられた。間髪いれずにナイトメアーが剣を突き出してくるのを左に転がりながら避け、一瞬前まで倒れていた場所の土がザク、ザクと音を立てて次々に抉れる。それを数回繰り返したあと、魔物は次にユウがたどり着く場所を先読みし剣を振り下ろしたが、その動きは既に見切られていた。右に身体を捩っておいて、
「フッ!」
 ナイトメアーが剣を引き抜いた隙を狙って、ユウは自分の剣を横に薙いだ。勢いで立ち上がろうとしたとき、脇腹に鈍い痛みが走った。魔物の鋭いヒヅメがかすっていたのだ。思わず傷口に当てた指の間から、血が滴り落ちる。
「ぐ・・・!」
 魔物からすれば咄嗟の行動だったが、この僥倖を利用しないわけがない。膝をついたユウに襲い掛かる。ユウは痛みを堪えながら攻撃を受け止める。腕を浅く斬られ、血が迸った。
「ユウ!」
 それを見たとき、リリーナの頭の中にユウとの会話が蘇ってきた。自分の歌を聴きたいと言ってくれ、歌っているときは真剣な表情で聴いてくれた。彼は大切な恩人だ。だから・・・。
 リリーナはデュオのほうを向き、大きく頷くと同時に、形のいい唇を開いた。そして、ナイトメアーが剣を振り下ろそうとしたとき。
 「『騎士は立つ。黒き牙を研ぐ者に勇気の剣で挑まんとす』・・・」
 デュオの竪琴の音と同時に、リリーナの澄んだ歌声があたりに響き渡る。デュオも朗々とした声でそれに加わり、美しい旋律と高らかな二重唱はユウに不思議な力を与えていった。彼の身体が淡い黄金色の光で覆われ、脇腹や腕の傷がふさがっていく。逆にナイトメアーは、聖なる歌に頭を抱えて苦しんでいた。
 ――ありがとう、デュオ、リリーナ!
 心の中で礼を言うと、ユウは剣を頭上に掲げ、大きく飛んだ。ナイトメアーにぶつかった刃先が脳天から身体を苦もなく切り裂き、ついには縦真っ二つに両断してしまった。割れた身体が左右に分かれて落ち、まわりが不気味な色の体液で染まる。そんな状態になったにも関わらず、ナイトメアーの毒々しい右目はユウをにらみつけていた。
「私の、負けだ・・・しかし、これで終わると思ったら大間違いだ。光の戦士よ、サロニアへ行くがいい。おまえたちはそこで本物の恐怖と悪夢を見ることになるだろう・・・く、く、く・・・」
 魔物のその台詞が終わると同時に、ふたつに分かれた身体は地面に溶けるようにして消えていった。
「う・・・」
 ナイトメアーが消えると、ジョーが意識を取り戻した。しばらく寝ぼけ眼であたりをきょろきょろしていたが、デュオに気がつくと血相を変え、
「てめえ、この野郎!」
 拳を固めて殴りかかろうとするが、それはユウの羽交い絞めによって阻まれた。行動が早かったのは、彼ならこうするだろうと予測していたからだった。暴れるジョーを押さえつけながら、
「待て、これにはわけがあるんだ!」
 その後ユウが今までの出来事を説明し、ジョーが納得するまで約十分を要したのだった。
「おいジョー、宿に帰ってメグの様子を見てこい。おれたちもあとから行く」
 ナイトメアーの攻撃を避ける際足を少し捻ったので、先にジョーを戻らせることにした。心配した様子のデュオとリリーナが支えようとしたが、「大丈夫だから」と言って自分の足で歩き続けた。
 空は既に青白くなっていた。

 一足先に部屋に戻ったジョーが衝立の向こうに足を踏み入れると、床に倒れているメグが目に入った。あれだけ必死になって弾いていた竪琴はどこにも見当たらず、傷だらけだった指はきれいに治っていた。呼びかけてみるが、返ってくるものは静かな寝息だけだった。
「・・・風邪ひくぞ」
 ジョーはメグを抱えあげると、ベッドに寝かせた。メグが目を覚ます気配はない。とたんに睡魔と疲労感がどっと襲ってくる。
 ベッドにうつぶせに突っ伏したとき、扉が開いてユウたち三人が入ってきた。いやいや顔を上げ、
「遅かったじゃないか・・・ああ、メグは大丈夫だ、今は普通に眠っている。オレも先に寝させてもらうぞ」
 言うなり、目を閉じて寝息を立て始めた。
「さっきまで寝ていたはずなのに・・・まあ、夢の中でいやってほど体力を使ったようだし、あれは寝たうちに入らないよな・・・」
 ユウは呆れたような口調で言ったが、そういう当人も先程から欠伸を連発していた。正直、もう限界だ。
 ジョーと同じように自分のベッドに倒れこむと、そのまま深い眠りに落ちていった。残されたデュオとリリーナは困った顔を見合わせていたが、
「あたしたちも帰ったほうが?」
「そのほうがいいですね。私はまた老人セキトに戻ることにします。無銭宿泊したと思われたらあとが厄介ですからね」
 デュオはリリーナと別れて部屋に戻ると、再び変装にとりかかったのだった。