「青空」
「赤」
「秋」
「アリ」
「あいさつ」
「青リンゴ」
 ジョーの言葉を聞いた瞬間、ユウはニヤリとして言った。
「ジョーの負け。さっき、おれが『青空』って言っただろ?だから、青のつく言葉はもう使えない」
 ジョーはムッとした顔で言い返した。
「なんだよ、青空と青リンゴは全然別物じゃないか!」
「でも、決まりは決まりだ。おれの勝ちさ」
 ユウはそう言うと、ジョーの皿に乗っていた焼き菓子を一個取り上げ、自分の皿に乗せた。ユウの皿は既に焼き菓子が積み上げられ、ジョーの皿に残った焼き菓子はあと一個だけだ。
「く、くそ、もう一回だ!次は・・・」
 と、ジョーが言いかけたときだった。
「ねえ、何してるの?」
 いつの間にか、食堂にメグが入ってきていた。買い物から帰ってきたばかりらしく、手に野菜と果物の入ったカゴを下げている。
「ゲームだよ、簡単なヤツさ。『頭取り』とでも言うのかな」
 ユウが答えると、メグは興味を持ったような表情で目を輝かせ、
「メグもやりたい、混ぜて!」
「ダメだ。おまえみたいなガキには早すぎるよ」
 ジョーははねつけたが、
「それ、負けまくってるヤツの台詞じゃないぞ」
「うるさい」
 ユウの突っ込みに、ジョーは不機嫌そのものの表情で、一個だけ残っていた自分の焼き菓子を頬張り、飲み物で流し込んだ。
「ねえユウ、どうやってやるの?」
「簡単だよ。誰かが字を指定して、その字で始まる単語を順番に言っていくんだ。十数えるうちに言えなかったり、前に言ったのと同じ言葉や、同じ言葉が含まれる単語を言ったら負けだ。さっきのお題は『あ』で、『青空』を言ったあとに『青リンゴ』と言ったからジョーが負けたんだ」
「『青』がかぶったから、ジョーは負けたの?」
「ああ」
 やり方を聞くと、メグの目がさらに輝いた。
「面白そう!やりたい」
「オレは降りるぞ。やりたきゃ、おまえたちでやるんだな」
 ジョーは立ち上がると、さっさと二階に上がっていってしまったが、ユウの皿から先程取られた焼き菓子を取り返すのは忘れなかった。
「じゃ、やるか。お題はメグに任せるよ。何の字にする?」
「『あ』でやりたい。ダメ?」
「いや、別にいいけど」
「じゃあ、最初はね・・・」
 この後、ユウとメグの「頭取り」は二十分ほど続いた後、引き分けとなった。

「『あ』からいこうよ」
 数日後。ユウ、ジョー、メグの三人で「頭取り」をすることになったとき、メグはまた「あ」を提案した。
「また『あ』?そんなに好きなのか?」
 ジョーが呆れたように言ったが、メグは真顔で言い返した。
「うん。『あ』ってね、一番最初の字だから、字を書くのに大事な『ようそ』?ってものがほとんど含まれてるって聞いたことあるの。『あ』が上手に書けたら、ほかの字も上手に書けるんだって」
 この台詞を聞いたとき、ユウとジョーの脳裏に、村に住む元学者のジェイド老人の姿が思い浮かんだ。豊富な知識と学識の持ち主だが、言っていることがどこまでが本当でどこからがウソなのかがわからないときがある。まあ、ウソだと決め付けるだけの根拠もないし、メグに今それを教える必要もないだろう。
「いいよ。じゃあ、おれから。『朝』・・・」
 ゲームを楽しみながら、メグは別のことを考えていた。「あ」に固執する理由は実はほかのところにある。自分には、言いたくても言えない「あ」から始まる言葉がある。その気持ちを、ほかの「あ」から始まる言葉を言うことで紛らわせているのだ。
 メグは、頭をひねって必死に考えるジョーを見ながら、心の中でそっとつぶやいた。
 アイシテル――と。