わたしは、誰・・・?誰が昔のわたしを知っていて、誰が昔のわたしを知らないの?
 メグは、もう何度目になるかわからない自問自答を繰り返した。当然の如く、それに対して答える者はない。
 椅子から立ち上がると、窓の外を眺めた。冷たさを感じるほどの青白い月が、自分を見下ろしているように感じてしまう。
 青い月を見つめる青い瞳から、すっと感情が消えた。彼女の手には、青い宝石のついた首飾りが握られている。自分の出自を知るための、唯一の手がかりとも言えるものだ。月光を浴びて、宝石がチカリと光った。
 メグの意識はいつの間にか、過去へとさかのぼっていく・・・。

 九年前の三月も終わりに近いある日のこと。メグは、村の近くで倒れていたところを保護された。やせ細り、雨に打たれ、この季節なのに薄布一枚しかまとっていないような状態で、見つかる前に野生の動物に食われていてもおかしくなかった。
 目を覚ましたときには、何もかも忘れていた。名前や年齢は勿論のこと、記憶のわずかなかけらさえも残されてはいなかった。それでも、字の読み書き、食事のとり方、買い物の仕方などは誰に教わるわけでもなくこなせた。記憶喪失と言うものは、自分のことはすっかり忘れてしまっていても、それまでに身に着けた一般知識は覚えていることがあるのだ。しかも、大人が読むような難しい本も絵本を読むように読破していった。これを知った村人たちは、ヒソヒソと噂しあった。噂というものは不思議なもので、いくらこっそり話していてもなぜか本人の耳にちゃんと届くように出来ているのだ。
 高名な学者の子では?という説が一番強かった。ものごころついたときから文献と羽ペンを持たされ、英才教育を施された子供。
 出来が悪くて捨てられたとか、勉強を強いる親に嫌気がさして家を飛び出したとか、村人たちは勝手な憶測を話していた。育ての親である長老のトパパとニーナは「バカらしい」と一笑に付したが。
 メグを普通の子供として扱ってくれたのは、トパパとニーナ、そして同じくふたりに拾われ、育てられたユウとジョーだけだった。村の子供たちは、大人たちが「メグは普通の子じゃない」と噂しているのを知ってか知らずか、どこかよそよそしい態度をとっていた。それだけではなく、タチの悪い三兄弟の標的にされてしまったのだ。
「わたし、わるい子なの?ふつうじゃないの?」
 いつものように三兄弟にいじめられた日、メグは助けに来てくれたユウとジョーに泣きついた。この日はこんなことを言われたのだ。
「おまえは悪い子だから親に捨てられたんだって、うちの母ちゃんが言ってたぞ」
「ふつうの子じゃないから、おまえの親はおまえを嫌いになったんだ」
「かわいそうだな、おまえって!」
 立ち尽くすメグを手製の泥団子の的にしながら、三人は口々に言い放ったとき、ユウとジョーが駆けつけて来たのだ。
「メグ、大丈夫か?」
 手を差し伸べるジョーと、ハンカチでメグの顔についた泥を拭うユウに向かって、先の台詞を言った。それに対するふたりの答えは、
「ふつうだとかふつうじゃないって、なんで決められるんだ?」
「人間は、『こせい』のかたまりなんだってじっちゃんが言ってた。だから、メグが本を読めるのも、ジョーが運動ができるのも、ぼくが剣のけいこをするのも、全部こせいなんだよ」
「こせいがあるのがふつうじゃないのかい?」
ふたりの答えに、メグは少し間をおいてからまた訊いた。
「・・・なぜ、助けてくれるの?」
「そりゃ、あいつらが許せないからに決まってんじゃん」
 ジョーはきっぱり答えた。
「ぼくらもあいつらにはよくいじめられたんだ、『親なし子』ってね。本当、嫌な奴らだよ。そんなの関係ないのにさ・・・」
「えっ?おかあさんがふたりのおかあさんなんでしょ?」
 メグはユウの意外な台詞に驚いた。
「違う。オレは村の外で拾われたんだ」
「ぼくはよそから来たらしいよ」
「そうだったんだ・・・」
 ふたりも自分と同じ境遇だったと知った瞬間、メグの中にあった疎外感が急に薄れてきたような気がした。
「だから、あいつらがいじめるのやめるまで、オレたちはおまえのこと、ずっと助けてやるからな!」
「メグは大事な家族だからね!」
「あ、ありがとう・・・」

 メグははっと我に返った。どうやら、過去の夢を見ていたらしい。朝日が山間から頭を覗かせている。間もなく、出発の時間だ。
 あのころは戸惑いばかりの毎日だった。そして今も、違う戸惑いを抱えている。
 伝説の戦士だという啓示を受け、これから自分たちは世界を救うための旅に出る。はっきり言って実感はまだない。だがふと思う。
 わたしたち三人が伝説の戦士というなら、この村に育てられることになったのも必然だったのかもしれない。たとえそれが事実でないとしても、メグはそう思うことにした。
 これから、わたしたちの前に、何が待ち受けているのだろう。もしかしたら、わたしやユウやジョーの出自も、旅の途中でわかるようになる・・・?
 そう思った瞬間、メグの胸にもやもやしたものが立ち上ってきた。
 自分の出自を・・・知ったらどうなるのだろう?わたしがわたしでなくなってしまう?環境が変わる?ふたりと離されてしまうことになる?
 そんなの・・・そんなの、絶対嫌!だってわたしは、「ウルのメグ」なんだから!わたしの家はここだけなのよ!
 メグは何度も自分に強く言い聞かせた。そのとき、
「メグ、まだか?」
 自分を呼ぶジョーの声が聞こえ、メグは荷物を持って立ち上がると、部屋の扉を開けた。そして決意した顔で言う。
「準備は出来てるわ、行きましょう」